「骨董商Kの放浪」(9)

  この秋、東京国立博物館で開催されている『中国国宝展』に出向いた。この展覧会には、仏教彫刻を中心に、近年中国本土で出土した国宝級の文物が出品されている。なかでも、僕の目を惹いたのは、むき出しに展示されている、3メートルを超える巨大な如来三尊の石彫であった。何しろでかい。その大きさに驚く。キャプションには、「山東青州(せいしゅう)出土・東魏(とうぎ)(6世紀)」と書かれている。仏像は、何カ所かに壊れていたようで後でついであり、左の脇仏は上半身が丸々欠損している。本尊の顔は残っているようだったが、僕の眼は、聳(そび)え立つような光背に向かっていた。光背の両端には、飛天が左右三個ずつ配されている。光背部分も下の方が欠損しているので、もう少し数があったのかもしれない。彫刻の寸法が半端ないだけに飛天も自ずと大きく立派だ。いくつかは顔や腕が欠損していたりするが、衣の襞が、上方にたなびくように伸びている様は見応えがある。

 そのなかの一つに胸で両手を合わせているものがあり、その顔も含め、先日逃した鍍金(ときん)の飛天を彷彿とさせた。あのモノも、光背部分につけられていたのだろう。それを考えると、元の本尊はさぞ豪華であったことが想像される。だが、壊れてしまったあとに残ったその一部分であっても、魅力のあるモノは充分に評価され、今に伝わっている。骨董とはそういうものだ。宋丸さんの土偶の「目」も然り、その美は永遠に受け継がれていくように思った。

  次の展示会場に向かう途中で、見知った人物の姿が目に入った。長髪の白髪頭に黒縁眼鏡。上着のポケットに両手を突っ込み、背中を丸めやや前屈みに歩いている。僕は近づいていき「教授」と呼びかけた。教授は少し驚いたように振り返ると、「やあ、あなたか」と笑みを浮かべた。僕もにっこりする。教授とは、宋丸さんの店でお会いして以来だ。「ご一緒していいですか?」それに対し、教授は笑顔で頷いた。そして、僕と教授は並んで隣の展示室へと向かった。

 次々に現れる美術作品に、僕は目を凝らし、何度もガラスに頭を打ちつけながら進んでいく。一方その横で、教授は緩やかな笑みをたたえながら淡々と鑑賞。そんななか、時おり僕は、教授の眼に視線を送っていた。あの鍍金仏の頭を僕に見せたときの眼。そして宋丸さんの店で遮光器土偶の目を見つめていたときの眼。何ともいえない異様な光を宿した教授の眼が、僕は気になっていたのである。

 展示品に目を向けながら教授は、「なかなか面白い展覧会ですな」と感想をもらした。だが、その眼は、作品に対してというより、何か別の方向に向かっているようにもみえた。モノを射抜くような鋭い目つきではなかったのである。一点一点見てはいるが、それは何の感情もなく、ただ作品に対して置いているという感じなのだ。まるで事務的な確認作業をしているような、そんな感じさえした。

 まあ、これほどのひとになると、「展覧会」とはそういうものなのだろうと、僕はそのとき、あらぬことか、つい自分と比較して考えてしまっていたのである。

 しかし、最後の展示室を抜け、会場出口の案内表示が見えたときだった。「どれも優れているが、やっぱり僕の持っているモノにはかなわない」と教授はぼそっとつぶやいた。それは、低いが力のこもった声だった。この瞬間、僕に緊張感が走った。初めて感情というものが見えた気がしたからだ。僕は立ち止まったまま、教授の背中を見つめた。教授は優しい顔で振り返ると、「今度、家に遊びにきなさい」と口元を緩めた。僕は緊張感を持続しながら、「喜んで」とそれに応えた。

 11月の下旬、例年恒例のイベント「骨董ショウ」が都内の或る場所で開催された。昨年同様、ネエさんの店も出展。僕ももちろん駆り出される。そこでの目玉は、プレ・インダス文明の高さ8センチほどの小ぶりな女性土偶で、パキスタンのメヘルガル地方で出土したことから、「メヘルガル」と呼ばれているモノ。指でつまんで仕上げた簡素な造りの顔の両脇には、毛糸を編んだような独特なカールをした大きな髪が付いている。ボディの表現が刺激的で、豊満な胸を両腕で抱え、ボリュウーミーな大腿部をみせながら、膝の部分でやや直角に脚先を前方へ向けている。首から胸にかけて、ネックレスのような装飾が幾重にも紐状であらわされている。

 「メッチャすごい造形ですね」僕は、目を瞠(みは)った。「何というか、エロティシズム満載というか。まさに、プリミティブ・アートですね!」ネエさんは大きくうなずく。「紀元前3000年。いつの時代も女性は輝いてるのよ」ネエさんの笑みは絶えない。実は、このメヘルガルがもう一体あり、そして二体とも、すでに総長の電話で売約が決まっていたからである。僕は、この女性像を見たときの、総長のコメントを聞きたいと思っている。「何て言うんだろう。こんなグラマラスな女性を見て」僕はしばし想像した。

 開場までの僅かな時間に、僕は他の店舗を見て回った。ここには、45店が参加している。僕は幾つかの通路を順繰りと廻りながら、両側の店々に目をやる。すると、雑然と置かれた中国骨董のブースに目が留まった。すると、店の入口のパイプ椅子に腰かけている若者が「よう」と声をかけた。先月のイベントの帰りに会った人物である。青のチェック柄のシャツに鼠色のパーカーと裾の短い黒のパンツ姿で、足を組んでいる。濃く太い眉にやや吊り上がった細い眼は、何か翳(かげ)を含んでいるような光を放っていた。若者は組んだ足をほどいて立ち上がると僕の前に進み、「まあ、お互い頑張りましょうや」と顔を崩した。その笑い顔が妙に人なつっこくみえて、僕は「悪いやつでもなさそうだな」と感じた。

 それから少し立ち話になった。彼は、才介といった。齢(とし)は僕と同じ。高卒後知り合いの店に修行に入り、二年前から独立して商売を始めたという。今年からこのイベントに参加したとのこと。「すごいな。その齢で独りでやるなんて」僕は素直に思ったことを口にした。それを聞いて才介は、「まあ、成り行きだよ」と軽く笑って陳列品の方に目を向けた。僕が「ちょっと見ていい?」と訊くと、才介は「どうぞ」と手の平を向けた。

 小さなブース内は、机を並べその上に白い布をかけただけの簡単な設え。その上に、中国製の古陶磁、厚手の黄色いガラスの小瓶、筆と墨、奇怪な形をした石が木製の台の上に飾られている。他には、いろいろな色をした印材が並んでいた。

 「全部、中国だ。これから時代は中国。あんたもやった方がいいよ」と才介は勝気そうな眼を僕に注いだ。僕が再び陳列品に視線を落としたとき、開場のアナウンスが流れた。それを聞くや才介は「始まって30分が勝負だ」と言って、素早くパイプ椅子を横に片しブースの前に立つ。僕もネエさんのブースに戻る。と同時に人がなだれ込んできた。

 初日の人の多さは昨年以上だった。「景気が少し回復しているんですかね?」僕の問いに「骨董は、そういうの関係ないと思うよ」ネエさんはそう返すと、「でも、中国人が多くなったわねえ」と会場内を見回した。確かに昨年よりまた増えている。才介が、始まって30分が勝負だ、と言った意味もわかる気がした。

 人の流れも落ち着いたので、ブースを抜けて才介の店を見にいった。先ほどと陳列品が多少変化していていた。「結構売れてるね」僕が訊くと才介は、「まあ、予想の範囲内よ」と頬を搔きながら、自慢気な顔を覗かせた。僕が、商品のなかの真っ赤に染まった色をした長方形の石の印材を手に取ると、「鶏血(けいけつ)だ。鶏の血と書く。鮮やかだろう」と説明。確かに、鮮血をイメージさせる。鶏血にじっと目を落とす僕の姿を見て、才介は「あんた、来週、熱海でやる市(いち)に行ってみねえか?案内するよ」と軽い口調で訊いてきた。「熱海の市(いち)?」「そう。毎月3日にやる。おもろいモノが出るぜ。最近」才介の誘いを、僕は何となく承諾した。

 ブースに戻ると、ネエさんはリラックスムードを漂わせて、のんびりと椅子に腰かけている。陳列台の端に頬杖をついて、僕を見るなり「彼女、来ないの?」とニヤり。「今回は予定があるみたいで」と言ったあと、「まだ彼女って感じじゃないので」と説明すると、ネエさんは腕を組み、ふむふむと二三度顔を上下させてから、「残念だわ。超美人紹介しようと思ってたのに」と言う。「えっ」と振り向く僕に、「わたしのさ、友人の娘さん。今年大学出て社会人になって。ボーイフレンド募集中なんだって」「はあ」と答えると、「わたしもさあ、この齢になると、世話好きになっちゃうのよね」と笑う。今回はすでに売上が確定しているせいか、余裕しゃくしゃくな態度に僕は、「おいおい、もっと緊張感を持って臨んでくれ」と、内心そう思った。 

 それから1週間後の12月の初旬、僕は、朝の冷たい空気を肌で感じながら才介の車に乗り込んだ。向かうは熱海。先日話していた市に参加するため、8時に東京を出発した。「何時から始まるの?」僕の問いに、「開始は午前10時。終了時間は、だいたい2時か、荷物が多けりゃ、3時過ぎることもある」才介は揚揚(ようよう)と答えてハンドルを切る。「食事はどうするの?」「参加者は、会費を払うシステムで、一人千円。それで弁当が付く。ちゃっちい弁当だけどな」

 会場に着いたのは40分ほど前だった。場所は、市内からやや離れたところにある古びた木造のバラック。こんなところでやるのかと、僕は一瞬驚く。なかは二十畳くらいの広さがある。到着すると、才介は早速知り合いをみかけたようで、足早に向かう。「ブンさん、先日はどうも」と言って頭を下げている。革ジャン姿のブンさんと呼ばれたがたいの良い男が腕を組んだまま振り返り「おう」と言って、ちらりと僕の方に目を向けた。40代半ばくらいか。精悍な顔つきをしている。「仲間です」と才介は僕を紹介する。ブンさんは僕の方を見て腕組みのまま軽く手を上げた。才介が戻ってくる。「ブンさんって言われてて。おれの尊敬する先輩だ」ブンさんは、地方の若い骨董商を束ねているリーダー的存在で、20代からロンドンの骨董市に行き、幕末や明治時代の金工品などを盛んに取り扱い、この手の大コレクターに納め実績をつくったようで、若手の羨望の的であり、世話人でもある懐の深い人だと、才介は説明した。 

 開始時間が近づくにつれ、人々が集まってきて、場内は賑やかになる。服装は様々。ダウンジャケットにジーンズ。防寒着の下にみえる作務衣。日雇い人夫みたいな恰好などに混じって、スーツ姿まで。年齢は、大概年配者で、ステッキを手にした老人もちらほら。なかには近所のおばさん風の出で立ちの中年女性や子供連れの夫婦もいて、種々雑多な人びとが百人ほど集まっている。

 出品者は受付で登録し、床を覆う大きな敷物の上に手持ちのモノを次々に並べていく。当然早く来たひとほど中央の一番目立つ場所を陣取れるわけであり、僕らが着いたときには、すでに敷物の真ん中が出品荷で埋められていた。それは、時間の経過とともにどんどん増していき、最後は敷物からはみ出るくらいになった。荷物はぎっしりと並べられているが、それぞれの出品者がわかるように、品は少し距離をもって置かれているので、実際はいくつかのブロックに分かれている。参加者たちは、並べられたモノを手に取りながら、また新たに荷が出されると、群がるように集まって下見をしている。僕と才介も、人垣をかき分けるようにして品物を確認していく。

 「あまりなさそうだな。午前中は」と才介は見回しながらつぶやいた。才介は、この市(いち)でだいたい20万~30万ほど買うことが多いそうだ。時には50万、60万になるときもあると話す。僕は、もう少しレベルの高いモノかと想像していたので、正直がっかりしたが、モノの値段には興味があった。才介は受付から戻ってきて伝える。「今日は500点くらいだってよ。終わるのが2時くらいだろう」こうした市というのは、一度だけネエさんに連れられ見たことはあったが、実際に参加するのは初めてだった。

 10時の開始とともに、競りが始まった。競り人がゆっくりと広間の中央に立つと、「じゃあ、先ず、この口からだ」と言って、小さなブロックを手で示すと、一点一点指をさしながら声を出す。「3千円!、5千円!、1万円!」モノによって、時にはテンポよく吊り上がり、時には一声で止まってしまったりする。出品者が、入れ代わり立ち代わりして競り人の後ろに立ち、売値を確認している。競り人の大きな声と、買い手の様々な声が入り乱れ、競りは進んでいく。それにつれ冷えた会場内が、熱気でだんだんと暖かくなっていった。

 午前中一番高かったものは、柿右衛門(かきえもん)と呼ばれる色絵の十枚組の皿で、90万。才介は、中国モノの硯など5点買った。「売れるの?」と訊くと、「中国モノは、こういうところで買っときゃ、絶対儲かる」才介は自信あり気に答えた。

  昼食をはさみ、午後の荷が並べられた。才介が素早い動きで、置かれたモノの間を縫うように下見をする。そして何か見つけたのだろう、僕の方に顔を向け何度も手招きを繰り返す。僕が近づくと、「おい、これ。今日の目玉だ」と指をさした。

 それは、中国製の朱漆の丸い皿であった。30センチほどの皿の内側と外側に、蕨(わらび)のようにくるっと丸まった曲線文様が連続して彫りあらわされている。箱は、壊れかかったかなり年代物のようだ。箱の上蓋の古い貼紙(はりし)には、「堆朱屈輪盆」とある。「何て読むの?」僕が訊くと、才介は「ついしゅ、ぐり、ぼん」と言った。「朱の漆塗りを堆朱(ついしゅ)と言って、このぐるぐるした文様を屈輪(ぐり)と言って、この器形を盆(ぼん)と言ってる」と丁寧に説明。文様に切れがあって、力強さも感じる。僕が手に取ろうとすると才介は右手で制し「漆が剥がれかかってるから、慎重に触れ」と忠告した。確かに縁の部分に、朱漆が浮いている箇所があり、その他、ところどころに古い修理の跡がみえる。しかし、モノ自体の風格はあるように感じた。すると、次々とその盆を目指してひとびとが押し寄せて来たので、僕らは自然とその場を離れた。

 「これ、買うのか?」と訊くと、才介は僕の手を引き、会場の角の誰もいないところへ連れ出した。才介は顔を上気させ、「欲しい。でも、高いと思う」「いくらだ?」僕が尋ねると、才介は少し考えてから「おれは、50万だったら買いたい」と強い目を僕に向けた。そして、「思い切って80万まで競るか」とさらにその目に力を込めた。 

 30分ほどして競りが始まった。テンポのよい競り声にのって、安い金額のモノが次々とさばかれ、それに応じて床に置かれた品がなくなっていく。そして競り人は、丸盆の前に立った。

 「さあ、今度はこれだ」と言うや否や「10万!」最初の声に続き、「20万、30万、50万」とあっという間に才介の最初の踏(ふ)み値まできた。様々な方向からあがる強い声は、矢のような鋭さを感じさせた。するとまもなく「100万」を超えて「200万!」と誰かが飛んだ。その強い声で、一瞬場がひるんだ。それから10万刻みの二人の一騎打ちになり、ついに「300万」の声が出たところで、声が止まった。競り人が、「300万円!」と確認し、買い手の名を言って決まった。途端に会場から「おおっ!」という歓声があがる。その声を聞きながら才介は「マジかよ」とつぶやきながら首をひねった。落札したのは、正面右奥にいる中年の男だった。「あーあ、この市もだんだん厳しくなるな」才介が独り言ちし、落とした男に目をやる。「誰だよ」と訊くと「京都の業者だ。最近、強えんだよ。あいつ」才介はまた首をひねった。

  その後競りは進み、最後の方で才介は「しゃあねえ、これでも買っとくか」と言って、初期伊万里の皿を競り出した。「3万円」から始まって、徐々に上がり才介が「15万」と言って、いったん落ちかけたが、そのあと「20万!」という甲高い声が入り決まった。その声を聞いた才介は「来てたのかよ、ジジイ」と舌打ちをした。僕はその声をどこかで聞いた気がしていた。「今の誰?」「師匠だよ。午後から来たんだな」そうだ。あのよく通る高いトーンの声は、一年以上前にネエさんから紹介され訪ねていった、日本橋のあの師匠のそれだった。

 才介は全部で6点、計25万の買物をし、受付で現金を支払う。「現金なんだ?」と言う僕の声に才介は「現金市だからな」と当然のように答える。「300万もそうなのか?」と訊くと「現金市だからな」と再び答えた。

 品物を風呂敷で包んで会場を出ようとしたら、「おい!あんちゃん!」と、例の高い声が後ろで響いた。才介はその声を無視しようと歩き出すと、「おい、待てよ。才介!」と師匠が追いかけてくる。その途中で僕と目が合った。僕が「どうも」と頭を下げると、師匠は一瞥したあと振り返り「どっかで会ったなあ、あんちゃん」と言ったあと、「ちょうどいいや、お二人さん!来月大仕事があってな、人手が必要なんだ。頼むよ」と右手を掲げた。僕が才介を見やると、才介はいったん顔を上に向けたあと、がくっとうなだれて、師匠の方に向き直るとゆっくりと近寄ってきた。師匠は、僕らの顔を見つめにたりと笑う。「北陸の旧家だ。ちゃんと分け前出すからよ」それに対し、仕方なさそうに頷く才介の姿が僕の目に入った。

 

 (第十話につづく 5月23日更新予定です)

堆朱屈輪盆

メヘルガル女子土偶 プレ・インダス文明

 

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