骨董商Kの放浪(35)

 宋丸さんは自分の手帳を取り出すとテーブルの上に置き、Reiに渡されたメモ用紙に書き込みを始めた。「ほら」と渡された紙には、なにやら電話番号が書かれている。

  「こちらに電話したらよいのですか?」「ああ。それが会社の秘書室の番号だ。宋丸の紹介といえば、すぐに室長に取り次いでくれる。それで日程を調整してもらって、行って来いよ」「ここの会社の社長さんですか?」「今は、会長職になってるんだろう。とにかく、その方に会ってご覧に入れたら喜ぶだろう」そう言って宋丸さんはカカカと笑ったが、まったく先の読めない話に、ぼくは口を半分開けたまま「はあ」とうなずくしかなかった。

 

 先週は気温が20度近くになった日があったため薄着でやってきたのだが、本日の最高気温はなんと9度。三寒四温の陽気に入った三月初旬、ぼくと才介は身を縮めながら、ブンさんに紹介された元社長の広壮な庭のなかを、荷を担いで往来していた。かさばるモノを運びながらの移動はけっこうな運動量で、冷えていた身体はだんだんと温まっていき、最後の方は額の汗を何度も拭っていた。ここに来るのは今日で三度目。そして、本日で終了。

 「よしっ。これで最後だな」二つの風呂敷包みを隙間に押し込んだのち、才介がぼくの方をみて確認。バンのなかはいっぱいだ。「うん、たぶん。でも、最後にもう一度チェックしよう」そう言って後ろの扉を勢いよく閉めると、先ほどから側に座っていたドーベルマンが身を翻し、雄たけびをあげながら母屋の方へ走っていった。主(あるじ)に仕事の終了を告げにいったのだろう。「ああ、おっかねえ」才介はその声に顔をしかめると、ぼくとともに物置となっている二階建ての一軒家に向かって歩き出した。

 元運転手一家の住宅であった建物のなかは、すっかりと片づけられがらんとしていた。残りモノはないかと最終確認をしているところへ、ご主人が片手を上げながらにこやかな顔で現れた。

 「いやいやいや、おふたりとも、お疲れさん!」部屋着の上にダウンコート姿の禿頭の老人は、内部をざっと見回すと、「ああ、これですっきりしたわ。ご苦労さんでした」と、ドーベルマンを従えてぼくらに近寄り、それぞれに寸志袋を手渡した。「ありがとうございます」ぼくらがありがたく受け取ろうとしたその瞬間、横に控えていた黒犬が「ワン、ワーン!」と一声吠えた。主人にならい御礼を言っているのかもしれないが、このタイミングで吠えられると、非常にもらいづらい。

 玄関右の部屋とリビングらしき中央の広間はきれいさっぱりと片づけられていたが、左奥の小部屋には、50センチ四方の大きな木箱が六つ重ねるようにして置いてあった。――例の、贋作堂につかまされた、元染大皿の一群である。元染皿には、3000万円の領収証が付いていた。その他の箱のなかにも、それに比肩する額の領収証が入っているにちがいない。気恥ずかしさもあるのだろう、どうせ売ったところでたかが知れてるとご主人が言うものだから、ぼくらは手をつけずに放っておいたのである。

 リビングから左奥へ入り、いくつもの似たような白木の大箱を指して、ぼくは最後の確認をした。「ご主人、これらは持ってかなくてもよろしいんですよね?ここに置いといて」老主人ははにかんだような顔をみせ、「処分しちゃってもいいんだけどね。まあ、でも、置いといてよ。いずれゴミにでも出すわ」と軽く笑い、「しかし、寒いねえ今日は」ダウンコートのジッパーを上げながらぼくらの軽装姿をみつめ、「あんたら、若いねえ」と笑みを浮かべた。

 

 ぼくはハンドルを握りながら、才介に訊いた。後ろに積み込まれた荷物が、走行中時々揺れ小さな音を立てている。

 「その後、進展あったか? 元染?」「おう。市(いち)のあとE氏に電話したら、モノを持ってきてくれって言われたので、先週預けてきた」「それで?」「まあ、こないだと一緒よ。その場では判断しないで、香港のエキスパートに問い合わせてみるって」「返事はまだか?」「先週預けたばかりだからな。じきにくるんじゃない」才介は足を組んだまま悠然と答えた。

 「いくらくらいなのかなあ?」ちょうど信号が赤に変わり停車したところで訊いてみる。「評価額は香港ドルで80万から100万と、抑えめにした方が上に伸びるって言ってた」ぼくは即座に計算。「日本円で、1200万から1500万か」「うん。来歴を加味すると、最低そのくらいだろうって」「なるほどね」

 青信号になり車を発進。「E氏の話しによると、うまくすれば、ここんところの感じだと、評価額の下値の倍はいくかもって」「下値の倍?」ということは……。「2400万円!」ハンドルを握る手に力が入る。才介は後ろに手を組んで、「個人的には、3000万くらい売れてほしいんだけどな。今、元染超人気だし。来歴めっちゃ良いし」それを聞いて、ぼくは先日の宋丸さんとの会話を思い出した。「そういえば、宋丸さんが、元染の伝来品は見たことないって。あのひとがそう言うんだから、よっぽどないんだろう。そうしたら、国でも買うんじゃないか?」「そうかもしれんが、国の予算は限りがあるし、すぐにってわけにはいかないし。今は、中国モノは、なんといっても海外オークションが一番高い。おれはとにかく高く売りたいんだ」国公立の博物館でも貴重な作品は購入するが、手続等時間がかかるのが実状。オークションで売れば、1カ月ほどで代金は入る。お金に変えるには手っ取り早いことは確かだ。

 「売れたら、その資金で店を持とうかと思ってるんだ」ひと月前も才介はそんな話をしていた。あのときもこんなシチュエーションだった。渋滞で車が止まるとぼくは才介の顔を覗いた。その目が輝いているのをみて、なんだかぼくも嬉しくなった。

 「実は、ブンさんの友人で京橋に店を構えてるひとがいて。今ビルの2階に出しているんだけど、その1階の広い場所が空くらしくて、そこに移るらしい。なので、4坪ほどの小さい店だけど、その2階を借りようかと思っていて。ブンさんにはそれとなく伝えてあるんだ」それを聞いて、さらにぼくは嬉しくなった。「京橋かあ。最高じゃん」――東京近郊の骨董屋にとって、日本橋、京橋、南青山あたりに店を構えるということは、なんといってもステイタスなのである。憧れなのだ。

 才介の現実的な話しを受けて、ぼくもちょっと考えてみた。自分自身の店について……………。しかし、まったくイメージがわかず。「おい、前、動いたぞ」才介の声でわれに返り、ぼくは慌ててアクセルを踏んだ。

 「ところで、香港はいつのセール?」「今度は5月末らしい。だから今からだと、充分に時間があるからいろいろ作戦練れるって。E氏が」――たしかに。まだ3カ月くらい先のことだ。準備期間としては申し分ない。効果的な宣伝をしかければ、よりいっそう高く売れるかもしれない。そこはオークションハウスのビジネス次第だ。

 才介は頬を緩めると、「そして、再び、5月は、香・港・だ!」リズムをつけながら高らかに言った。「香港かぁ」そう思ったとき、ママとマダムの顔が浮かんだ。そのときまでに、マダムの件は進捗しているだろうか。才介も同じことを考えていたようで、「それまでにマダムの件、うまく解決してるといいけどな」「うん!」「またあの上海料理食べたいな」「うん!」「それと、Lioちゃんにまた会いたいな」「うん!」と、ぼくは笑顔で返答を繰り返した。

 

 美術俱楽部の前にはブンさんが待っていて、そのまま一緒に荷を台車に載せて会場へと運ぶ。空いている飾り場所に並べ終えると、ブンさんは自販機で買った缶コーヒーをぼくらに渡し、側に置いてあるパイプ椅子に腰かけた。

 「これで最後だろ。ご苦労さん」と先ずはねぎいの言葉。「がらくたばかりだけど、全部整理するのが目的だったから、社長も喜んでるだろう」「そんな感じでした。最後に心付けまでもらっちゃって」と才介は、寸志袋をチラリとみせた。ブンさんは笑顔で、もらっておけという風に手のひらを向ける。ぼくは「でも、何点かは、そのまま残してあって」と言ったところで、しまったと口に手をあてた。あの贋物は、恥ずかしいからブンさんには内緒だといっていたことをすっかり忘れていたのだ。しかしブンさんは知っていたようで、

 「あれか。玩博堂につかまされた大皿か」「はあ。最後はゴミにでも出すかって言ってましたが……」「あの社長が金持ちで鷹揚だからそれで済んでるが、普通なら裁判沙汰だぞ」とブンさんの目つきが突然厳しくなった。

 ブンさんはコーヒーを一気に飲み干すと、話題を変えるように「それにしても、元染、良かったな」と才介に微笑んだ。「いやあ、相手が降りなくって。何とか買えましたが。すみません、なるたけ早くに返しますので」――才介は自分の予算の超過分100万ほどを、ブンさんからいったん借りているのだ。

 「そんなことは、気にするな。売れてからでいいから」才介が再びすみませんと頭を掻くと、「中国人とやり合ったのか?」と訊いた。「いや、それが、贋作堂なんですよ」「えっ、あいつがか!」ブンさんは少し驚いたように、「へええ、普段は安いモノしか買わないやつがね……ふうん。よっぽど儲かるとふんだんだろう」と、またきつい目をみせた。「向こうも、いっぱい、いっぱいってとこでしたけどね」ぼくが競りの様子を振り返って言うと、「まあ、あの野郎を負かしたんだから、そりゃあ、爽快だ。はっ、は!」最後は声をあげて笑った。

 

 翌日の午後、ブンさんの荷が売り終わり、ぼくが美術俱楽部を出たときのことであった。前を歩いている三代目の姿が目に入ったので、近づいて挨拶をする。

 「お久しぶりです」「やあ、K君」いつもの笑顔が応える。「美術俱楽部にも、なかなか良い荷物も出なくなったなあ」歩きながら「とはいえ、オークションで買うと高いし」と、若き経営者は苦笑いをした。「何か最近、良いモノ買った?」その問いに、「実は、半月ほど前に、元染の玉壺春を才介が手に入れまして」すると三代目が「えっ!」と驚きぼくをみつめた。「どこで?」「別府の現金市です」二三度瞬きをしたのち「ああ、あそこかあ。最近うぶ口出るって評判だからなあ」三代目はその情報を知らなかったのが少々残念というような顔をして、「出たの? 元染?」「はい」「来歴あるの?」即座に訊く。「はい。戦前の売立図録に出ていて」「売立図録?」「はい。昭和9年の加州中山家の売立です」「そんなのあるんだ、元染で。売立図録に出てたモノが」「はい。カラー図版で載っていました」

 それを聞くなり、三代目は急に立ち止まって、ぼくの顔に目を落とした。「カラー図版?」「原色刷りっていうやつですか」「へえぇ……」三代目は少し頭をめぐらせてから、「でも、原色写真となると……売立図録のうちのわずかだけだよね?」と覗き込むように訊いてきた。「はい。350点中の10点ほどでした」「その一つが元染?」「そうです。元染なので、当時から目玉だったんでしょう。花入って名称になってました。古くに伝来したんじゃないでしょうか」ぼくは売立図録の豪勢な仕立てを思い出しながら、やや自慢げに答えた。三代目は顎に手をあて考えたあと、「その正式な名称って、わかる?」ぼくはその場で手帳を広げ、「『元染付花面取花入』です」「それが、図録に出ていた名称?」「はい。これでした」それを聞き、三代目が目を細め解せない顔をした。

 「えっ、何か、変ですか?」三代目は顎に手をあてたまま、「いや、ちょっと気になって」「何がです?」「元染付って言い方なんだけど、戦後になってから使われたんじゃないかなあと思って……その売立はいつ?」「昭和9年です」「昭和9年でしょ。その時点で元染という言い方したかなあ……」「じゃあ、どんな言い方だったんですか?」三代目は上目で考えながら、「例が浮かばないのではっきりわからないけど、たとえば、『南京染付(なんきんそめつけ)』みたいな……」「……」「それに、元染自体は、戦後になってから注目されたやきものだから、戦前期は、あったとしてもあまり知られてなかったと思うんだ」三代目は首をひねりながら、「だから、原色版になんかするかなあ」ぼくの目は三代目に注がれる。「モノクロ写真だったら、わかるんだけど……」ぼくはその頁を思い浮かべながら「でも原色でしたよ」「そうかあ、ふーん」三代目は腑に落ちないという顔をして、また歩き出した。

 

 そんなことがあったものだから、そのまままっすぐ帰る気になれず、ぼくの足は自然と犬山得二の部屋へ向っていた。売立図録のことが胸にひっかかっていて、それをただちに確認したかったからである。

 犬山は在宅していた。ぼくの顔を見るなり、「売れたか、元染」と笑って立ち上がると、冷蔵庫のなかから缶ビールと手製のポテトサラダを取り出してきた。元染入手に関しては、犬山の一助もあり、その一部始終は報告済みで。目の前に置かれた物に手をつけず、ぼくはさっそく切り出した。

 「実はさ、売立図録なんだけど。『加州中山家』の」「ほお、あれか」犬山はプルタブを開け一口飲むと、いつものように目をしばたかせながら語り始めた。「あれは、かなりの規模の売立だったようだな。なんつったって、昭和9年で総額50万だよ。今の貨幣価値に換算すると、12~13億円くらいだろうな」一瞬開いたぼくの目をみつめて続ける。「そりゃあ、そうだろう。あれだけの名家だ。当時はさぞ盛り上がっただろうよ」「そんなにか」「だから、その元染も、ずいぶんと高く売れたんじゃないか? その図録に値段、書いてなかったのか?」それを聞き「それなんだけどさ」と、ぼくは身を乗り出した。

 「その『加州中山家』の売立図録って、本当にあるんだよな?」犬山の瞬きがとまる。ぼくは三代目の反応で急に不安に駆られ、あらぬことまで考えてしまっていた。

 「どういうこと?」怪訝な顔つきの犬山に、ぼくはまだ焦点が定まっていない質問を繰り返した。「だから、その図録自体、存在するのかってこと」犬山は憮然とした表情で「あたりまえだろ」と言うと、「だって、おまえ、その図録を見たんだろ?」ぼくの顔を指でさす。――その通りだ。たしかにぼくは別府でその図録を目にしている。「うん、見た。見たんだけど……」ぼくの瞳が曇っているのを感じたのか、犬山は鋭い感を働かせた。

 「ははあ、なるほど。その図録自体が、作りものかもしれないと思ってるのか?」経年劣化で色あせていた表紙が目に浮かぶ。どの頁も自然なやつれ具合をしていた。「いや、そんなことはないと思うんだ。ただ、ちょっと気になることがあって……。だから、確かめたいんだ。どこかで手に入らないだろうか? 古本屋とかで」ぼくは犬山を見据え、「おまえの持ってる図録は、古書店から買ったんだろ」犬山は「そうだ」と答えてから、ぼくの思いに同調するように大きくうなずいた。「なるほどね。たしかに、それは確かめたいよな」

 犬山は、目をしばたかせながらくうをみつめ腕を組み、思考モードに入った。そして「しかし、本屋に置いてあるのは限りがあるし……なんたって大正時代とか昭和初期のものだからなあ。たいていは残ってないんじゃないかなあ」こちらに目を向けると、「まあ、少なくとも、おれは見たことがないね」

 ぼくはテーブルに両手をのせると、「手に入らないんだったら、せめて見たいんだ。図書館ならあるよな。知ってるか?」「図書館ねえ……」と、犬山はまた宙に視線を置くと、難しい顔をした。「うーん、かなり特殊な分野だからなあ。……、ないんじゃないかなあ」

 落胆したぼくの顔に目をやると、犬山はまたせわしない瞬きを繰り返し「うーん」とうなる。鼻の上で小刻みに上下する丸眼鏡をみつめながら、ぼくは頭のなかを整理した。「おまえの持ってる本に載っていた記録と、ぼくの見た図録の日付とタイトルが一致しているので、間違いないとは思うんだけどなあ」

 犬山はさっと顔を上げると、膝を一つ叩き勢いよく立ち上がった。「それだ! その本に、たしか書かれてあった。図録の所在場所が――」犬山は踵を返し机の横の本棚に向かうと、それを手にして戻ってきた。

 「いつだったっけ?」頁をめくりながらする犬山の質問に、「昭和9年11月26日 加州中山家展観図録 東京美術俱楽部」と、ぼくはそらで答えた。やがて、犬山の手がとまる。

 「あった!」指をさしてその箇所を読み上げる。「東京美術俱楽部だ」顔を上げぼくをみつめ、「――ここに保管されている」犬山は眼鏡の中央を指で押し上げその位置をただすと、声に力を込めた。

 

 翌日ブンさんに電話して訊いたところ、東京美術俱楽部には図書室があり、そこに大抵の売立図録が揃っていることが判明した。ただし、そこに入れるのは美術俱楽部に入会している美術商に限られるとのこと。であったが、同伴であれば閲覧可能のようで、ぼくはブンさんと一緒に美術俱楽部の図書室に出向いた。

 室内は50平米ほどの大きさ。入ってすぐ右のスペースには、スチール製のテーブルが二つ繋げて置いてあり、正面には、ハンドルによる移動式の本棚が八個連なっていた。その一角が売立図録の書架であり、そこに東京、大阪、京都、名古屋、金沢の、いわゆる五都の美術俱楽部で過去に行われた目録が、ぎっしりと納められていた。

 「東京だったよな」「はい」ブンさんが「東京」と書かれた棚に向かった。「昭和何年だ?」「9年です」ぼくも横に並んで、左右に目を走らせながら、上から順に視線を下ろしていった。

 「昭和9年」と書かれたラベルが目に入った。ぼくの鼓動が急に速まる。「ありました。昭和9年!」ぼくの声に重なるようにブンさんが訊いた。「何日だ?」「11月26日です。加州中山家」ブンさんの太い指が左から右へとゆっくり流れていく。ぼくは目を皿のようにしてそれを追う。指がとまった。

 「これだ!」ブンさんが、3センチほどの厚みのある大形の図録を取り出すや、ぼくは大声をあげた。「これです!」薄茶色の地に、銀、緑、赤の色で彩色された絢爛な装丁が目に入った。上部には家紋入りの亀甲文が左右対称に二つ、下半分には風になびくすすきの群が二段に分けて描かれている。先日別府の会場で見た図録と同じものであった。やはり、あった――

 ぼくはさっそく表紙をめくる。中央に「加州 中山家藏品展觀入札」。題字の大きな文字が鮮やかに目に入る。それを見て、「間違いないです。これです!」ぼくは首を縦に何度も大きく振った。ブンさんは「よしっ」とうなずくと図録を抱え、テーブルの上に置き側の椅子に腰かけた。ぼくも並んで座る。急いで引いた椅子の音が室内に響いた。ぼくは、ブンさんから渡された図録をめくっていく。次々と目に入る写真の感じが、まったく先日見たものと同じであった。

 

 ――図録は存在していた。当然のことだと思ったが、ぼくはほっとした気分で、ぱらぱらと頁を繰(く)っていった。そして、半ばほどで手がとまった。ぼくの目が、砧青磁香炉の原色版写真をとらえたからである。厚紙頁に付いている薄い高級和紙。そこに、「一四七 碪靑磁竹節三足香爐 銘北千鳥」と印刷されている。カラー図版にだけにある特別仕様だ。それを見るやブンさんに顔を向け、「これも、出てました!650万で売れたやつです!」と興奮気味にその写真に指をさす。「これで650か。来歴が良いせいか、やっぱり高いな」とその目が一瞬光る。中国人同士の競り合う光景が、ぼくの脳裏に蘇った。

 そしてぼくは、すぐさま次の頁をめくった。しかし気が急(せ)いたのか、いっぺんに二枚めくってしまったようだ。赤絵の水指の原色写真が目に映った。「あっ、違った」ぼくは慌てて一枚戻す。「ん……?」そこには、先ほどの青磁香炉の写真が。すかさず次をめくった。しかしそこには、再び赤絵の水指のカラー刷り写真が。「えっ?!」そして扉の和紙に目を置き、ぼくは愕然とした。その中央に「一四八 万暦赤絵人物絵水指」と記されていたからである。

 「えええっ‼」ぼくは「一四八……」と言ったきり頭が真っ白になった。「どうした!?」とブンさんの鋭い視線をよそに、ぼくは力任せに前後の頁を何度もめくり続けた。そして、「一四八」の頁を開いたまま、蒼白な顔をブンさんに向けた。

 「元染が……ありません。この頁のはずなのに。別のモノになっていて……」

それを聞くやブンさんは険しい目つきで宙を睨むと、思い切りスチールの机を叩いて立ち上がった。「はめられたか‼」

 

 ブンさんはしばらく呆然と立ちすくんでいたが、やがて、どかっと椅子に腰を落とした。ぼくは、狐につままれたような顔をして、ブンさんをみつめた。ブンさんは眉間にしわを寄せ、ぼくに尋ねた。

 「元染、玩博堂が競ってたって言ってたな?」「はい」「やっぱり……あいつの仕業だ。あの野郎」拳が震えている。「ほかに誰が競ってた?」ぼくは記憶をたどり、「たしか……350万までは声が出ていたと思いますが。そのあとは、贋作堂との一騎打ちで」「中国人は競ってなかったか?」――そうだ。不思議とあのとき、中国人たちは誰一人競りに参加していなかった。そのことを告げると、ブンさんは舌打ちをし、「あいつらも、グルだな」「えっ?」「おそらく、贋物を仕掛けて、上手く買わせようとする悪党に、才介がひっかかったということだ」そういうと再び拳で机を叩いた。

 ぼくはにわかに事態を飲み込めず、「贋物だったんですか? 元染?」「間違いない」「じゃあ、この頁に載っていた写真は?」「おそらく、作りものだ。この頁だけすり替えたんだろう」「えっ! でも、そんな風に見えませんでしたよ」「そりゃあ、偽造のプロがした仕事だ。わけはない」

 ぼくの頭は混乱していた。――あの頁だけが、ニセモノだったのか。そして思いつく。古い箱に入っていたことを。「でも、めちゃ古い箱に入っていましたよ!」「花入の寸法の古箱なんか、いくらでもある」「いや、でも、ちゃんと箱書きの貼り紙がしてありました。古びていて、上の方が少し破れていて……」「そんなものも、やつらにとっちゃあ、朝飯前だ」

 黒漆の塗られた時代箱に貼られた紙は、茶色く褪せはがれかけていた。そこに書かれた墨書も同様に、薄く退色していた。あれも、全部作りものだったのか?――

 そう思うと、ある点が一つの線に繋がっていくような気がした。――なぜ、買っても図録が付かないのか。撮影不可なのか。別府という遠方の、しかも一日限りの競り市(いち)に出たのか。

 この情報がすぐに広まってしまっては、なにかとまずかったからである。稀覯本でも、出品者の意向でも、どちらでもなかったのだ。

 ――贋物をはめ込むための手段だったのである。

 「贋作堂が、競ってたのもですか?」「そうだ。あいつは、自分の出品している贋物を誰かに高く買わそうと、できるだけ高く競ったんだ。結局それに才介が乗っかったわけだ」

 競っている間中、贋作堂がじっとこちらを睨んでいたのを思い出した。それを言うとブンさんは、「あれは、勝負を挑んでいたのではない。おまえらが競るだろう、ぎりぎりのところをあいつは見極めていたんだ」

 850万で一度才介がやめかけたとき、贋作堂はこちらを向いたまま最後に嘲り笑った。その挑発するかのような態度を見て、才介はいきり立ち、思わずもう一声発したのだ。あれは、あいつの仕掛けた罠だったのか……。何ということか。すべてやつの計算通りに、才介はまんまとはまってしまったのだ――

 そのときぼくはふと思った。「じゃあ、あの会主たちも、グルだったんですか?」それに対しブンさんは、「いや」と否定した。「あいつらは、知らなかったはずだ……元染の出品者は、会主とは無関係の、玩博堂の仲間だろうからな」と言ったあと「発句は誰がした?」鋭い目つきで訊いた。ぼくは思い出す。発句はたいがい会主がするものであったが、あのときは、たしか会場から「100万円!」という威勢の良い発句が入ったのだ。それを聞きブンさんは「やっぱりな」とうなずき、「会主の発句があまりにも安いと、みんなが一瞬贋物かと思って、次の声が出ないことがしばしばある。だから、会場から発句を出させたんだろう。そいつも、やつの一味だ」

 

 ブンさんの推測によると、「中山家」の売立図録に出ている「砧青磁香炉」が手に入ったことで、贋作堂が元染の贋物を利用して一芝居うったのだろうとのこと。昨今の元染の高騰と「来歴」の重要性を逆手に取った、極めて巧妙かつ悪質なやり方だと、ブンさんは怒鳴るように言った。

 いわれてみると、すべてのことが符合する。贋作堂が、競っていたにもかかわらず、すべて競り負けていた理由。――あれは、自分の持っている贋物を仲間の出品物のなかに忍び込ませ、自分で競り上げ、相手につかませていたのだ。東京や大阪ではすぐに見破られてしまうので、主要なひとたちの来ない、地方の小さな市場(いちば)を巧みに利用しているのだろう。宋時代の贋物を、ことごとく15万の手前まで競って負けていたのは、買えなかったのではない。自分の商品を極力高く売るための、やつの仕事だったのだ――

 競っている最中の、贋作堂の冷淡な目つきと抑揚のない声が脳裏に蘇り、ぼくに大きな声を出させた。

 「これは、酷いです! ブンさん! あまりにも酷いです!」ぼくは目の前の売立図録を持つと、「これで証拠が揃ったんですから、別府の会主に言って返品を申し出ましょう!」と声を荒げた。それに対しブンさんは、「だめだ」と力なく応えた。「な、なんで、ですか!?」「たぶん、規約に書いてあるだろう。どの会も一緒だ。返品は不可だ。余程のことがない限り」ぼくは目を丸くし、「余程のことじゃ、ないですか!」ブンさんは、詰め寄るぼくをなだめるようにして椅子に座らせた。

 「これは、余程のことではない」「えっ?」「素人が参加しているオークションは別だ。だが、今回はプロ同士の競り市だ。下見の時間が充分に設けられている以上、買った方に責任がある。騙された方が悪い。つまり、才介の負けということだ」「……」ブンさんはぼくの顔をみつめ「そういう世界だ」というと、ぼくの手から図録を取り本棚に向かって歩いていった。

 

 ぼくはやるせない思いを胸に、美術俱楽部をあとにした。数日前は真冬のような寒さだったが、今日は妙に暖かい。ぼくは上着を取ると、怒りと悔しさをにじませた形相で携帯電話を取り出した。そして開ける。「才介」と表示された画面が目に映る。しかし、それをみつめたまま、ぼくはしばし佇んだ。そして小さく息を吐くと携帯をいったん閉じた。何と伝えたらよいだろうか。才介を地獄に堕としてしまう文句を上手く伝えることなど、どうしてできようか。

 ぼくが逡巡していると、電話が鳴った。着信表示に「才介」と出ている。

 ぼくは生唾を呑み込むと、複雑な心境で受信ボタンを押した。「おう、Kか?」才介の声がきこえる。「う、うん……どうした?」返事がない。ぼくが眉根を寄せたそのとき、才介の消え入るような声が耳に入ってきた。「ははは、やっちまったあ……今、E氏から連絡きてさぁ……贋物だったよ。元染……」

 「………そうか」青空を横たわっている一筋の雲が、ぷつりとちぎれるのがぼくの目に映った。

 

(第36話につづく 4月14日更新予定です)

 

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