骨董商Kの放浪(52)

 幅3メートルはある三代目の店の床の間とは違って、約1メートルの床に飾られている青手の大皿を、宋丸さんは先ほどから5分以上みつめたままだった。腕を組み少しだけ身体をよじりソファに背をもたせかけ顎を引いている。上縁だけが黒い眼鏡は微塵も動かず、口元もなんら揺るぎがない。置かれたお茶に手を出すこともなく、まったく同じ姿勢のままで、品物と対峙している。鋭い眼光は眼鏡の奥に隠れ横からでは確認できないが、眉間の皺は動くことはなく、ただ平然とみつめているのだ。しかし、その緊迫した空気感は怖しいほどで、むやみに言葉を発せられない状況だ。Reiも息を殺しているかのようにずっと後ろに立ったままである。かすかに聞こえる古い置時計の秒針の刻む音だけが、現実なものとして耳に入った。

 さらに1分ほどしてからだろうか、宋丸さんが蘇生したかのように突如動いた。「かあぁーっ!」と叫ぶと思い切り両手を上に伸ばし身体をそらしたのである。その声にぼくはびくっとしてソファから跳ね上がった。宋丸さんは、さっとぼくに視線を投げた。「おいっ、これは、どこから手に入れたんだよ」

 これは、ぼくが何か珍しいモノや手の良いモノを持ってきたときに、宋丸さんが必ずする質問だった。今日この皿をここに持ってきたときに、間違いなく訊かれるであろうこの尋問のような問いかけに対し、用意しておいた台詞を述べた。「実は、友人の親戚の……本庄という、埼玉県にあるんですが、そこの蔵のなかにあったものでして。そこは中山道にある宿場町として栄えたところで、加賀藩の通る道筋になっていて、この皿も前田藩のお姫様が泊る家に代々伝わったと聞いています」ここでやっと宋丸さんは目の前のお茶に手を伸ばし、スローモーションのような動きでお茶を口に運んだ。一口飲むと、かたっと茶托に置く。「なるほど、本庄か……。たしかにあそこは、前田藩の参勤交代の重要なルートだ。あながちあり得ない話じゃない」「ただ、そこにあった他のモノは、たいはんが江戸後期の伊万里の食器ばかりで」ぼくもお茶に手をつけた。「これだけなんです。そこにあったのは」ぼくは飾られている大皿に手を差し向けた。「でも、真っ二つに割れていたんです。それをこの間修理して、そうしたら、見違えるようになりまして」宋丸さんが背もたれから前屈みになって皿を注視した。「おい、割れてんのかよ」「はい。中央が真っ二つに」「ほおおぉ。わからんなあ。本当に割れてんのかあ?」ぼくは立ち上がり皿の側でしゃがむと、割れている箇所に指を沿わすように素早く動かした。「ここが、こう、すぱっと」宋丸さんが更に身体を傾けたので、お持ちしましょうか? と訊くと、いや、いいと言って、茶碗を手にしたまま再び背もたれに身を沈めた。「最近の修理は、ずいぶんとうまくやるなあ」「名人と呼ばれるひとがいるんですよ」彼の実直な態度を頭に浮かべながら、ぼくは少し自慢げに答えた。「もともとは綺麗に割れてるだけで、欠損箇所はなかったみたいです。一見すると無傷にみえますよ」その言葉が耳に届いているのかいないのか、宋丸さんは無言でただじっと皿に目を凝らしていた。

 やがて宋丸さんの口元がふっと和らいだ。「キズがあろうが、なかろうが、こりゃあ、名品だ。なんてこったい」宋丸さんの笑顔がぼくに注がれる。「おい、おにいちゃん、そう思わないか?」「はあ、ありがとうございます」ぼくは素直に頭を下げた。「やっぱり、さすが前田藩だな」宋丸さんはそう言うと、後ろに立っているReiに首をよじり、「お嬢さん、渋いやつ、頂戴」と唐津風の筒茶碗を掲げた。Reiが、はいと言って茶碗を取って奥に下がる。それを見計らってか、宋丸さんがぼくに顔を近づけた。「きみ、これは、いくらって言うんだい?」特に小声でもないので、宋丸さんの野太い声は狭い部屋に筒抜けであった。しかし、ぼくも顔を近づけるようにして、強い口調ではっきりと答えた。「実は、これは、今度の骨董フェアで売るメインの品物なので、宋丸さんには売れないんです」

 先だっての車のなかで、才介は、宋丸さんに値付けをしてもらってもよいが、獲られないように気をつけろと忠告をした。半ば冗談とはいえぼくはそれを念頭に置いていた。ずるずるいくと老商の思うつぼにはまってしまうので、最初からきっぱりと断ろうと思いそう答えたのだ。「なんだい、売りに来たんじゃなかったのか?」「はい」とぼくは背筋を伸ばした。「骨董フェアの目玉商品ですから、お客さまに売りたいと思ってます」「ほおぉ、そうかい。そりゃあ、そうしたらいい」「はい。だから、宋丸さんに、値付けをしてもらいに、今日はきたんです」「値付け?」はっ、はっ、はっ、と笑う宋丸さんの前に、Reiがお茶を置いた。「これの、値段かい?」宋丸さんが茶碗に手をかける。「はい。以前、天啓赤絵の虎の絵の皿を200万と値決めをしてもらい、ぼくはその値段で売りました。それが、ふさわしい値段だと言われたので。みんなから高過ぎると笑われましたが、その値に従いました。今回この名品を売るにあたって、いったいいくらにしようかと迷ったので、この際宋丸さんの付けた値段にしたがって値札をつくろうという結論に達しました。よろしく願いいたします」ぴんと伸ばした背中を深く折り曲げた。

 宋丸さんは、再び上半身を斜めによじり、遠目でみるような恰好で青手をみつめた。そして、手にした茶碗をゆっくりと一口ごくりと飲み込んだ。「かあぁーっ」Reiの淹れたお茶が相当渋かったせいではなかろう。宋丸さんは口端を緩めながら顔をしかめると、腕を組んで皿に目を向けた。「この青手の良さは、どこにあると思うよ?」いきなり核心をついた質問が投げかけられる。ぼくは眉間に皺を寄せしかめるような顔つきで大皿を睨んだ。様々な箇所が頭に浮かんだが、一番心を打たれたところを素直に口にした。「文様の大胆さだと思います。特に、鳥の翼――」ぱっと見強烈なインパクトを与えているのが、見込み中央に描かれている二羽の鳥の異様ともいえる大きな翼の形だった。「この翼の極端に広がっているところが、なんか惹きつけられます」それを聞いて宋丸さんは軽い笑みを浮かべ「そうかい」と言って片方の手を顎の下にあて、幾度かさすりながら、眼鏡の奥の眼を細めるようにしてしばらく見入った。そして、ゆっくりと口を開く。

 「この渡り鳥は、いったいどこへ向かっているのかなあ……」自分に問いかけているような物言いに、ぼくはなんと返したらよいか戸惑ったが、とりあえず考えてみた。藍色に染まった二羽の渡り鳥の背景には、細い黒線で波濤文様を描いたぶ厚い黄色の釉(うわぐすり)が載っている。この深い黄色が塗り込まれた大海の上を、渡り鳥たちは力強く飛んでいるのである。宋丸さんは眼鏡をはずし、ぽんと放るように右手のソファの上に置いた。「ぼくの故郷は富山県の片田舎でなぁ。冬になると大雪が積もって、何か月も遠くに出れないんだよ。みんな、じっと、我慢しているんだ、狭い家のなかで。雪が溶けて春になるまでなぁ」宋丸さんの首がこちらに動いた。「おい、この色を見て、なにか気がつかないかよ?」「い、色、ですか?」相変わらず唐突な質問に首を傾げ、改めて皿を見る。一般に余白といわれる部分には濃厚な緑が敷き詰められている。だから〈青手〉というのだろうが、とにかくこの緑色が圧倒的に主張しているのだ。ぼくは、その緑からあえて眼をはずし、他の色に注目して見た。細緻且つ大胆な描線の黒、見込みに施された黄と藍と、そして、雲をあらわしているのか、若干の白色が見える。このとき、この白に目が留まった。中国陶磁にも色釉だけで構成された作品はみかけるが、多くは白磁の白が基調となっている。ぼくは答えた。「白の部分がほとんどない……。ところですか?」すかさず、あっ、はっ、はっ、という笑い声とともに、ずずっという茶を啜る音が響く。

 「もう一度、よく見てみろよ。この独特な色絵を――」「色絵……?」ぼくは〈色絵〉といわれて察しがついた。〈色絵〉は〈赤絵〉ともいう。なるほど――。素早く宋丸さんの顔をまっすぐみつめた。「赤が使われてないです」中国陶磁でも日本陶磁でも、色絵というと赤が主役である。青手には、その赤がいっさい使われていない。全体的に重々しく感じられるこの色彩のメカニズムをこのとき理解した気がした。ぼくの返答に宋丸さんは愉しそうにニヤニヤと笑いながらお茶を口に運んだ。そしてそれを飲み切るといったん息をとめ、鼻からゆっくりと吐き出し、静かながら語気を強めて言った。

 「これが、北陸の色だ――」このいわゆる寒色系の色を組み合わせた彩りは、夏であってもどこか厳しい長い冬を引きずっている、北陸の空気を纏っているように思えた。重く沈んではいるが清く澄んでいる、その独特の緑の色をみつめながら、ぼくはロンドンの空を思い起こしていた。鬱屈した鉛色のまにまに見える綺麗な青の色――。それはある種対照的な〈青〉ともいえた。しかし、青手の〈青〉も、ロンドンの空をイメージしたPDFの官窯青磁の〈青〉も、うつくしさという点においては、何ら変わりなく同じであるような気がした。

 「――それから、この黄色い海は、日本海だ。おい、きみ、日本海を見たことかるかい?」いったん青手に移していた目を再び宋丸さんに戻した。「日本海……、ですか?」大学2年の冬休みに石川県の山中温泉に行ったことを思い出した。「はい。たしか、上越から北陸本線に乗ったとき、ずっと車窓から日本海を見ていました。でも真冬の夜で、おまけに雪のような雨が降りしきっていて、それが激しく窓にあたっていたので、よく見えませんでしたよ」ぼくの苦笑いを宋丸さんは高笑いで返した。「あっ、はっ、はっ、そうかい。真冬の日本海だったかい。そりゃあ、いいもんをみたな」その光景を思い浮かべていた。暗闇のなかで吹きすさぶ風雨に、荒れ狂っているかのような波の空恐ろしさ。岩山に砕け散るその轟音が聞こえてきそうで、思わず身が引き締まった。

 「渡り鳥だから真冬ではなかろうが、晩秋の冷たい風が吹き荒れる日本海を翔(と)んでるんだろう、休みなく、南に向かって」宋丸さんは側に置いた眼鏡を再びかけるとじっと皿に眼を置いた。「だから、この極端に大きい翼の表現は、単なる誇張じゃないんだ。現実的なものなのかもしれないなぁ。頑張って翔んでるんだ、この鳥たちは――。ああぁ、泣けるねえ」そう思ってみると、番(つが)いの鳥の翼の重なる部分は、強風から離れないようにと、しっかりと手を繋ぎ合っているようにみえた。

 「さて――、値段だが」宋丸さんが床に目をやりながら、ゆっくりと一口お茶を飲んでから言った。「完品なら数億。しかし、真っ二つとなれば、そう値は付くまいが、とはいえこれは、たいそうな代物だ」宋丸さんが人差し指を力強く立てた。「一本で、いいんじゃないか」一本……? まさか百万ということではなかろう。そうしたら、一千万ということか。ぼくは目を丸め問うた。「い、一千万円……ということでしょうか?」宋丸さんは、そうだと言わんばかり深く肯いた。「……はあ」ぼくはゆっくりとうなずいた。才介は、普通は200~300万だが宋丸さんなら500万くらい付けるのではないかと予想していたが、その倍の数字である。これが宋丸さん流の、品物に対する失礼ではない値段なのだろうが、いつもながら想像を遥かに超える。言葉の出ないぼくに向かい、宋丸さんは確(しか)と目を当てた。「いいか、絶対、下で売るな」「はい……。わかりました」ぼくは厳粛な気持ちで、艶やかな緑色をじっとみつめた。

 

 

 世間では夏休み真っ只中の8月の中旬に入っても、ぼくと才介は来月下旬に開催される骨董フェアに向け、毎日忙しくしていた。「設営の方は、大丈夫なんだろうな」西日の強く入る才介の部屋のなかで、ペットボトルを片手に才介が訊いた。テーブルの上には、先日出来上がってきた図面が広げられている。「設営は、俱楽部に出入りの業者がやることになっているから、任せていいだろ。特別手の込んだものにはしないから」ブースは間口が2メートル、奥行きが5メートルで、そのなかに陳列スペースを設けることになる。ぼくは図面の一箇所に指をあて才介に目を合わせた。

 「この正面に置かれる二つの陳列台が重要だな」「そう。間口が狭い分だけ奥行きがある。だから、入ったときに最初に目に入るのが、奥だ」才介も図面を叩いた。「ここに、あの大皿2枚が、がつんと置かれる」青手と安南が並んだ姿を想像しぼくはにやりとした。「こりゃあ、すごいぞ! だから、この飾り台は見映えのよいものにしないと」「そうだな」ぼくと才介はうなずき合った。「あとは、両脇だな」才介が顎下に指を這わせる。「ほんとうは、枠取りの窓形にしたいけど、費用かかるし。両側は奥行きも限られているから、普通の、高さ70センチくらいの横に長い壁面ケースにするか。左右で10点ずつ、20点は置けるだろう。あとは奥行きだ」ブースの横幅が2メートルだから、両脇50センチとると実質の幅は1メートルとなる。一人通るなら充分だが二人となると少々きつい。「人の行き来を考えると、両脇の奥行きはせいぜい35センチから40センチくらいだな。50センチだと、ちょっと窮屈になる」ぼくの提案に、「そうだな。まあ、35センチあれば、飾れるでしょ。そんな大きなモノないし」才介は腕を組んで答えた。両側には、主に本庄の蔵で手に入れた南京赤絵や古染付の皿と、Reiから預かった緑鈞の皿や香港で買った鉅鹿の鉢など、どれもそう大きいものではない。

 かなり強めのエアコンのせいか、才介が大きなくしゃみをしたのを潮に、ぼくらは図面を片づけた。ひと息しようと、才介が冷えた日本茶のペットボトルを手渡す。本日二本目。キャップをねじって、ぐいと喉に流し込むや強めの視線を投げた。

 「しっかし、あの値段で、本当に売れんのかよ――」先日宋丸さんの値付けした青手の大皿の件である。実はぼくも半信半疑であった。「まあね……」「言っても、五、六百だろう。一千っちゃあ、かなりハードルが高いぞぉ」「でも大御所がそう言うんじゃあ……」「それに、値引きするなってんだろう?」ぼくは小さく肯く。「買いそうなお客に値引きを要求されたら、多少は引かないと、逆に失礼になるぞ」「でも大御所がそうしろと言うんじゃあ、それに従わんと……」才介は、チっと舌打ちをすると、「値引きをしないがために、お客を逃したって話は仰山あるぜ」と後頭部を掻いた。「宋丸さんくらいの業者だとそれでいけるのかもしれないけど、おれらは、お客に合わせんと。五、六百だって、充分利益出てんだからさぁ」

 お客の気分を取るか、美術品の価値を重んじるのか――。商売を考えれば、無論前者だろう。おおよその商人が極力お客に合わせる。しかし、真の骨董商たるや、後者を貫くのかもしれない。ただそれは、業界内でも格上の商人に限られよう。ぼくらはまだまだ半人前だ。鷹揚に構える余裕などない。とはいえ――、今回の値付けに関しては、宋丸さんに従おうと二人で決めたのだ。才介がしぶしぶ「わかったよ」と言って拳に掌を合わせ何度か叩いた。「一番は、値切らずに、正札(しょうふだ)で買ってくれるお客がいればいいってことだな。美術倶楽部に来るお客なら、そういう方々がいるだろうし」「そうなるのがベストだね」才介が意地の悪い笑顔を浮かべた。「もし売れなかったら、あの爺さんに責任とってもらおう」「でも、一千じゃあ買わんだろう」「そこで初めて、多少お値引きさせていただきますって、頭下げればいいじゃん」才介はペットボトルを飲み干すと、ステンレスのゴミ箱に向けしなやかな手さばきで放り投げた。空のボトルは一回転宙を舞うと、吸い込まれるようにゴミ箱におさまって、軽快な音をたてた。

 

 

 濃厚な色をした眩い青空もエネルギッシュに沸き立つ入道雲も、いっときのピークを超えた感じをみせる九月の初旬。ぼくはSaeに誘われて、港区にある個人美術館の常設展示を観に来ていた。戦後の高度経済成長期に観光業などで財をなした有名な蒐集家の別宅跡地に、近年開館した白亜の殿堂。近現代日本絵画、西洋絵画、日本古美術、中国陶磁といった多岐にわたる分野の展示室が一階の贅沢な空間に並んでいる。そのなかの日本古書画の一室で、ぼくらは展示品に目をやりながらゆっくりと一歩ずつ歩いていた。なかは展示品にのみ照明が当てられているため、それなりに暗い。Saeの艶やかな長い黒髪も真っ白な水玉のワンピースも、ともに陰に覆われ色彩を曖昧にしていた。

 ふと、Saeが立ち止まった。それに応じぼくも立ち止まる。目の前には、軸装された平安時代の古筆が掛かっている。「日本のかな文字って、ほんとうに、きれいねぇ」うっとりとみつめながらSaeは言った。三行にわたって記された細い筆の縦線と行間は、計ったような正確さは持ち合わせてなかったが、思いのままにまかせた自由さがあり、それがどこか絶妙なバランスとなって息づいているようにみえた。――いったいどんな歌なのか。解説の書かれたキャプションを読もうと一歩踏み出したとき、Saeが前を向いたままの姿勢で話し始めた。

 「実は、今日、わたし、お別れにきたの――」「えっ!?」ぼくは目を見開き、すかさずSaeをみつめた。「どういうこと……?」「わたし……ほんとう、甘ちゃんだと思ったの。マダムの一件を目の当たりにして」Saeがさっとぼくに視線を合わせた。「だって、そうでしょ。マダムの壮絶な人生をみて。わたし、恥ずかしいくらい、自分の考えを持ってなくて、のほほんと暮らしていたなあって。父の傘の下で、ぬるま湯につかって、自分の将来と真剣に向きあっていなかったって。あぁ……、だから、あれから、ずうっと考えてたのよ。このままじゃだめだって。だから……、決断したの」Saeの黒い瞳が、薄暗い室内ではっきりとみえた。「父の子会社が、ドイツのベルリンにあるの。わたし、しばらくそこで揉まれてこようかと思って。自分を鍛えるっていうか。取りあえず、動かないと、何かをしなくちゃって。こういうの、思い立ったが吉日って言うじゃない。マダムの一件に関わって、自分を変えなきゃって、そう思ったのよ」

 「…………」ぼくはうつむいた。マダムの出来事は当然忘れることはないが、今は目の前のこと――俱楽部のフェアに向けて集中していたこともあり、頭の中心からだんだん遠ざかっていたのは確かだった。しかしSaeは、この三カ月少しの間、絶えずそのことだけに支配され思い悩んでいたのだ。そして下したSaeの英断に対し、ぼくは心の底から敬意を表すべきだと思ったのだが、思もよらない報告に頭のなかが混乱してしまい、すぐに言葉を発せられなかった。胸の奥底がざわついていて、どう答えてよいかわからない――。「…………」

 やがてぼくはおもむろに顔を上げるとSaeではなく、古筆をぼんやりとみつめた。かなりやつれた萩色を思わせる紅紫の表装が眩く目に入る。薄くやけた紙に流麗なかな文字が記されているが、いったい何と書かれているのか――。ぼくはなす術もなく朦朧とした思考回路で、解説文の最初にある本文に視線を移した。

 〈白雲の こなたかなたに 立ち別れ 心をぬさと くだくだびかな〉――どうやら、これは別れの歌らしい。次に内容の方へ目を動かそうとしたが、ぼくは気力を失っていた。どんな時に詠んだ歌なのか。それを知るのがなんだか怖い気がしたのである。再び文字を口ずさんだ。〈白雲の こなたかなたに 立ち別れ……〉――

 このとき、ロンドンのメイフェアにある小さな公園のベンチに腰かけ、Saeと二人で眺めた空が頭になかに浮かんだ。ちぎれ雲がいくつもあり、これらはこれからどこに向かって流れていくのだろうかと、ぼくは、自分がここにいるという不思議な気持ちを抱えながら、ぼんやりと考えていたのだった。このときSaeは、心情を打ち明けるかのように言った。ぼくやマダムと会っているときは、自分は生きていると感じるが、それ以外は生きていないような気がすると――。敷かれたレールの上に載って生きていっていいのだろうかと――。そして最後に、わたしはいつも不安なのだと――。少し苦笑いをしながら語ったのだった。

 ぼくは、茫漠とした心持ちでしばらく黙っていたが、この沈黙に頼っても仕様がないと思い、口を開くことにした。「――いいんじゃないかな。きみがそう決めたのなら」発したあと、何て陳腐な返答だと思ったが、気持ちが動揺してうまい言葉がみつからなかった。でもとりあえず、彼女の決断に賛同する意を示したのである。それに対し「ありがとう、Kさん――」とSaeが微笑む。「忘れないわ、一生。あのロンドンの一週間。わたしはずっと胸が躍ってた。毎日、毎日、楽しかったし、たいへんなことはいくつもあったけど、でも、生きているって感じがしていた。あのときの充実した時間こそ、わたしは、今度は、自分の力で手に入れたいのよ。自分自身の力で――」Saeは最後の部分を強調するように目に力を込めた。そのあと一回ふぅーと息を吐くと、再びぼくをみつめた。なんともいえない優しいまなざしがぼくの瞳に注がれる。「Kさん、わたしは、あのとき起こったすべてのことは、わたしのなかで、永遠にすてきな思い出として消えないわ。永遠に。――Kさんのことも」

 それはぼくにとっても、同じことだった。これからどんな風に「骨董」に携わっていくか見当はつかないが、自分の人生を振り返ったときに、胸のうちに深く刻まれたあの日々の貴重な体験は、絶対的に信頼できる揺るぎない確かなものとして、何かギリギリのところで自分を救ってくれるような、そういうものである感じがしていた。

 ただ、このときSaeの言った〈永遠に素敵な思い出〉というフレーズが、今ぼくの胸にずしりと重く沈んでいたのである。

 Saeの存在はぼくにとって、本来は遥か遠くに在るものなのだろうが、ふと気づくと常に横にいるような、そしてぼくに不思議な安心感――それは、彼女の育ちの良さからくるものなのか持って生まれた性分なのかわからないが、年齢はぼくより下なのにずっと年上のひとが持っているような安心感を、その悠然とした態度をとおして与えてくれたように思う。いざというときに発せられる彼女の悠揚たる言葉に、ぼくは何度も助けられたような気がしていた。ロンドンで彼女を抱いたときも、それはいたって自然な流れのなかでの出来事であり、お互い言葉もなくありのままに受け入れることができた。彼女の強引さに引きずられることはあっても、まったく嫌な気は起らなかったし、むしろぼくらしさを導き出してくれたような気もする。それは、相性がいいというのか、馬が合うということなのか――。しかしぼくはこのとき、〈とき〉がきたことを悟った。ぼくは自分に問いかけ、そして以前から漠然と持っていたその解答と向き合った。出会ったときから彼女は、自分とは違う存在なのだということを判っていたはずだったのに、移りゆく時間(とき)の経過とともに、どこかでなにかを期待していた自分がいたのかもしれないということを――。

 ぼくは目をつむり、一つ大きな深呼吸をすると、幾分か気持ちが冷静になり、改めてSaeの方へ目を向けた。Saeは古筆をみつめていた。その横顔は相変わらずうつくしかった。長い睫毛と大きな瞳。すっと整った鼻筋の下にある豊かな唇。そして、その赤い唇がゆっくりと動いた。「これって……。別れの歌なのね……」Saeは感慨深そうに解説文を読んだ後、ぼくの方へ向き直った。「この時代は、永遠の別れなのかもしれないけど、今は世界の果てにいようと会おうと思えば会える。Kさん、知ってる? ドイツには優れた東洋美術の美術館がいくつもあるの。中国陶磁もよ。わたしの行くベルリンだって、それからケルンだって。古くから入っている名品がたくさんある。あの馬上杯以上のものもあるかもしれない。とっても楽しみだわあ。だから、絶対に来てね!」ぼくは頬を緩め、うん、と答えた。「じゃあ、しばらくはドイツにいるんだね」「そう、修行に行ってくる。そして、将来は、美術に関係する仕事を興したいと思ってる。まだ、雲をつかむような話だけれど。わたし、もっと知りたいの。美術品について。その価値について。そして、それに関わったコレクターとかディーラーについて」

 

 

 Saeは3年ほどベルリンにいて、そのあとロンドンの大学院に入りそこで美学を専攻しキュレーターの資格を取得した。それから数年してアート・ビジネスを始めたのだ。彼女の家に代々伝わる中国陶磁などのコレクションを活用し、世界の富裕層に向けて、国内外の美術館でガラスケース無しの展覧会を定期的に企画したり、またときには惜しげもなく作品を実際に手に触れさせることで、その価値を認識してもらう類(たぐい)の啓蒙活動を繰り返した。そして名品がマーケットに出たときは、こうして育てたアッパークラスの人たち――いわゆるパトロン的コレクターに資金を拠出してもらい、購入後は日本を含め海外の美術館に寄贈なり寄託をしてもらった。こうしたやり方で美術品の崇高さを世に示し、またその行く先を護(まも)った。〈護った〉というのは、投機的に美術品を軽々に動かそうとするバイヤーがどの時代も跋扈していたからである。ただ金のために流転をすることは、本当の価値ある美術作品にとっては至極悲しいことなのである。名品は名品にふさわしい場所に帰するものなのだという原理原則というべきもの、またそれは真理といってもよいかもしれない、その役割の一端を彼女たちが担ったといえるだろう。

 今、彼女たちといったが、この仕事はSae独りの力では到底成しえない。そのバックにはSaeの父の資金もあっただろうが、そこには重要不可欠な人物の存在があった――。オークションハウスB社にいたXiaである。世界の大富豪や美術館を識るXiaの人脈と、Saeの大胆且つ高貴な雰囲気が完璧に融合し、またそうした文化事業的なビジネスに賛同する学識者の参画もあって、現在では世間に認知されるようになったのである。しかしそれは、彼女がビジネスを立ち上げてからだいぶ先の話であり――。まあ、ぼくもその事業が軌道に乗ったときに、ずいぶんと手を貸してあげた(笑)。主要な国々へ引っ張り出されては、中国陶磁の魅力をいろいろなひとに向けて説いて広めた。学者ではない、単なる骨董商の生の経験を活かして、というか。

 

 

 「ねえ、Kさん。こういう和歌って、返歌というの? それをまた歌にして返すっていうじゃない?」古筆をしばらくみつめていたSaeが突然尋ねた。「まあ……返歌って、きくよね。そういうの」首を傾げるぼくに、「でも、こういう場合――、別れの歌でしょう。もう一生会えないひとに、なんて返すのかしら」とSaeが真剣に訊いてきた。「そりゃあ、あれじゃない、やっぱ門出を祝う、みたいなやつじゃない?」ぼくは頭の脇を掻きながら答えた。「門出を祝うって……、もう金輪際会えない別れでしょう」「まあ、そうだけど……」「わたし、そういうの堪えられないわ。どうせ深刻な重い感じの内容でしょ?」「うん、でも……、それが和歌なんじゃないの?」少し間を置いてからSaeが言った。「今回の場合――わたしが旅立つわけじゃない?」「うん……。そういうことだね」「そうしたら、わたしに、エールをおくってくれないかしら。歌にして」「ええっ! 歌って、和歌にしてってこと?」Saeは屈託のない笑みを浮かべた。「そう。ただし、重いのは嫌よ!」「ちょっと、待ってよ、急に、そんなこと……」「Kさん、前に、和歌好きだって言ってたじゃない?」「そんなこと言ってたかぁ?」「言ってたわよ、ロンドンで」ぼくは天井を見上げた。「すぐにじゃなくて、いいのよ。紙に書いて、渡してくれる。この古筆みたいにして。縦書きで、三行で」と楽しそうに言ったあと冗談交じりに、「表装はいいから」と声を立てて笑った。「それをベルリンに持っていくわ」――ぼくは、まいったなと思いながらしきりと額をこすった。

 その会話がひと段落すると、Saeはそこから別の展示室へと向かって歩き出した。ぼくの手を引っぱっていく。「こっちにね。わたしの好きな絵があるのよ」そこは西洋絵画の部屋だった。室内はやはり薄暗い。その奥の方にいかにもヨーロッパの油絵らしい豪奢な額が飾ってあり、Saeはその前で立ち止まった。19世紀の終わりか20世紀の初めくらいの作品だろうか、藍色をした陶器の花瓶に、赤、白、黄、ピンク、青といった色をした花々が、とにかく豪勢に生けられている。寸法も大きいため、より華やかにみえ圧倒された。「誰の絵?」キャプションをみると、知らないフランス画家の名前が英語表記で記してあった。ぼくが首をひねっていると、「ルドンの絵」とSaeは言った。

 一種幻影的にみえるその絵をぼくは惹き込まれるように見入った。近くに寄ると、一見はっきりしてみえる花びら一つひとつの色がかすかにかすんでいて、輪郭線があるようでないような感じがした。それは、実際につまれて飾られた花というより、イメージして創られた様々な種類の花が生けられているような印象を与え、それらが大小バランスよく花瓶に盛り込まれていた。そして、とにかくそれぞれの花の色が柔らかく麗しく、なんとも心地よい感じなのだ。色の種類も豊富で、同じピンクであっても濃いものと薄いものと、またこんな色があるのかという透き通ったラピスラズリのような青色をしたものもあった。それらが見事に調和している。花の種類については、とんと詳しくはなく興味のないぼくであったが、こんな花が家に飾ってあったら気持ちもやすらぐことだろうと思った。

 「きれいな花だなあ」しばらくみつめたあと、ぼくは一言感想を述べた。「いいでしょう?」Saeも顔を綻ばせる。そのゆったりとした大らかなSaeの笑顔は、非現実性を帯びながら優雅に咲き誇っているこの花の絵とどこか繋がっているように思えた。またそれは、先だって《これが北陸の色だ》と宋丸さんが譬えた古九谷の青手の濃厚な色彩にも、一脈通じているような気もしてきた。まったく対照的な色合いなのに、どこか雄大で温かく包み込むようなうつくしさを持っている――。そんな気分でぼくはSaeの顔をじっとみつめた。そしてこのとき、ぼくは彼女に出逢えた喜びが身体中を駆け巡っていくのを感じていた。

 ぼくは笑顔で再びその花の絵に目をやり眺めながら、そういえば、今日最初に入った中国陶磁の展示室に、やはり花の絵を描いた青花の大皿があったことを思い出した。明(みん)時代初期15世紀の永楽(えいらく)年間につくられた作品で、大きな見込み中央に、蓮の花や葉や実、慈姑(くわい)の葉などを束ねた一般に〈束蓮(そくれん)文〉と呼ぶ文様である。この花束文様は、〈吉祥〉を意味するとキャプションに書かれていた。吉祥――――。なるほど。その瞬間、ぼくの頭のなかにぱっと浮かんだ。

 「きみへのエールの歌、ひらめいた!」Saeが目を丸めてぼくを見返す。「えっ、もう? つくってくれたの?」ぼくはこめかみに人差し指を当て、「ひらめいた、だけ……。あとでちゃんと修正するよ」と言うと、Saeが、いいから、早くおしえてと詰め寄る。ぼくは、かなり困った。しかし、そう言ってしまった以上はしかたがないと、恥ずかしながら歌を詠みあげることにした。

 「新生活 踏み出すきみに うつくしき この世の花を 全部贈ろう」ぼくは頭の後ろをとにかく搔きまくった。「いやはや、なんとも、かなり、気障……、しかも、字余り……、それに、和歌でもなんでもないや、……短歌っていうの、こういうの? ハハハ」Saeは、うんうんと大きくうなずくと、周囲を気にも留めず手を叩いた。「とっても、素敵よ、Kさん。修正なんかいらないわ、そのままで全然OKよ。わたし、ドイツに行くのが楽しみになってきたわ」「まじ……、でも、あとでまたやり直すよ。もう少し、ましになるように。即興みたいになっちゃったから」「いいわよ。即興というのが、気持ちが一番入っているものじゃないかしら。それになにしろ、明るい気分になれる」とSaeは言うと、両手で口を覆いながら身を折り曲げ声をあげて笑ったあと、「Kさんて、やっぱり、おもしろいわね」と、まじまじとぼくをみつめ、そして今度はくすくすと笑った。

 「で、いつから、行くの?」出口に向かう広いエントランスのところでぼくは尋ねた。「まだ、先よ。年明けくらいになるかなぁ。いろいろ準備があるし、12月に入るとヨーロッパは慌ただしいしから」「よかった。じゃあ、今月下旬のフェアには来てくれるんだ?」「もちろんよ。だから、ちゃんとインビテーション頂戴ね」うん、とばくはうなずいた。時刻は夕方だったがまだ空は明るく、エントランスの高い窓から入る光がSaeの黒髪と純白のワンピースを際立たせている。「すごいのを、出すんでしょ?」その問いかけに、ぼくは、まあねと口元を緩ませた。「わたしでも、買えるかしら?」「う~ん……。でも、今回の目玉の二点は、中国陶磁では、ないんだ」「へえぇ……、じゃあ、日本? それとも韓国? あっ、ひょっとして、オリエント?」「答えは……日本とベトナム。しかも、両方とも大形サイズの皿。大皿の競演!」「ふうん。なんだかわからないけど、楽しみになってきたわぁ」Saeはそう言うと、「Kさん、目が輝いてる」と指をさした。「……まあ、今日はちょっと……、ショックだったけどね」ぼくは笑いながら正直に答えた。それに対しSaeはゆっくりと一度大きく瞬きをした。「でもね……、それが正解だと、思うのよ――」その声を聞いて、ぼくは目を細め、かみしめるように小さく何度もうなずいた。そして今度は、Saeの瞳を見据えて言った。「きみの目も、輝いてる――」それに対しSaeは、「そぉ?」と言うと、左の口端をキュッと上げるいつもの笑顔で返した。

 

 それから数日して、フェアの図録が十五冊手許に届いた。「ようやくかよ! めっちゃ、ギリギリじゃん!」文句を連発する才介をよそに、ぼくはそのなかから一冊取り上げると、すばやく頁を繰っていった。出品番号50――最後の頁で手が留まる。と同時に、両手に力を込めて思い切り頭上に突き上げた。「やったぜぇー!!」「おい、おい、ちょっと、みせろよ!」才介が右手を伸ばして取り上げようとする。「そっちの、みりゃあいいじゃん」図録の束を指さすと、「ばかやろう、これは、皆さんに差しあげる分だろ」と言って奪い取るや足早にテーブルの方へ向かった。そこで改めてぼくらの頁を開き、二人でじっくりと目を落とした。一店舗1頁が割り当てられており、一番上に〈4F 50〉とブース番号があり、そのすぐ下に店舗名〈青渓庭〉が目立つような大きさで、その右にそれより小さいフォントで〈SEIKEITEI〉と英語表記がある。ぼくらの視線は先ずその店名に注がれた。そしてすぐ、その下のメインの写真部分へと走る。頁の半分くらいを使って、青手大皿の見込みが大画面で、その右下部分には裏面の写真が三分の一くらいの大きさで載っている。写真のすぐ下には名称と時代と寸法が記されている。――〈古九谷青手飛鳥文大皿〉〈江戸時代(17世紀)〉〈口径41.2cm〉。

 「おおおおおぉー」二人して抑揚なく言葉を伸ばすだけ伸ばし、同じリアクションをとった。色校正は一度切りだったが、仕上がりは文句なく満点だ。つがいの鳥の藍色が、飛び出すかのように鮮やかに映えている。才介の興奮度が一気に高まる。「ちょっと、ちょっと、めっちゃ、すげえぇ、すげえよ。名品だよ、名品、これ、これっ!」指で何度も写真部分を叩く。ぼくは、半ば放心状態でしばらく図録を漫然と眺めていた。気分はもちろん喜びで満ち溢れていたが、なんだか夢をみているような錯覚をおぼえたからである。自分たちの店の名前が書かれ、名品の写真が載っている――。ほんまかいな――。朝靄のなかに青手の緑色が浮かんでいるように映る。――――いや、これは、現実だ。ほどなくして、ぼくはしゃきっと黒目に戻すと、新しい図録を一冊掴んで出口へ向かって走り出した。「おい、どこ、行くんだよぉ?」ぼくは振り返らずに、右手に持った図録を掲げ、「先ずはこれを渡したいひとのところへ持っていく」と言って、才介の部屋の扉を勢いよく開けた。

 

 昨年壊れたエアコンの修理をしないままこの夏を乗り切ろうとしている犬山得二の部屋は、想像以上に蒸し暑かった。開け放たれた窓は、もはや逆効果のようにみえる。よく生きてたな、というぼくの問いに、「地球温暖化ってのは、人類の切なる問題だぞ、まったく」と扇風機を目の前に置き激しく団扇を仰ぐと、今度はポケットからハンカチを取り出し、額の汗を丁寧に拭った。広い額の上を、これ見よがしに動くハンカチの青色がやけに目立つ。「似合わねえなぁ、なにそれ」と指をさすと、「おまえも、相変わらず、時代についていってないね。ハンカチ王子と呼んでくれよ」「ハンカチおう……」と言ったところで、気づいた。先月の夏の高校野球決勝――早稲田実業と駒大苫小牧の激戦で、早実の斎藤佑樹投手が汗を青色のハンカチで拭う様が注目され、〈ハンカチ王子〉という愛称がついたのだ。今や斎藤佑樹は、若者はもちろんのこと初老のおじさんたちのハートをもつかんでいる。といっても、犬山はぼくと同い年だ。しかし……、おじさん臭い。ぼくは言った。「ハンカチおうじ、じゃなくて、ハンカチおやじ、だろ」「なんとでも言え。だがな、彼は、おそらく、プロには行かず進学するだろう。そうしたら、おれの後輩ということになる。ハハ」犬山は、二年浪人した末、早稲田の商学部を出ている。「頼もしき後輩を持つ身となるこの晴れやかな心境は、暑さなんかとは次元が違う。なんとも清々しい気分だ。おい、そう思わないか!」テレビの画面には、おそらくどこからか手に入れてきたDVDだろう、先ほどから流氷が音もなく映っている。テレビ台には、これもおそらくどこからか手に入れてきたのだろう、ホラー映画のDVDケースが三つ四つ重ねて載っている。開いた窓の上に引っ掛けられているさっきからいっこうに鳴らないガラスの風鈴をみつめながら、こいつも相当無理しているなと、ぼくは思った。

 「ところで、なんだよ。クーラーないんじゃ来ないって言ってたやつが、突然」犬山は丸眼鏡をはずして鼻の上をハンカチで拭った。ぼくは、少々間をおいてから、じゃーんと言って、手にしていた図録をテーブルの上に置いた。「ようやく、できたんだよ。フェアの図録がさ」犬山は再び眼鏡をかけると、「ほおぉーっ、ついにできたか!」と言って手許に引き寄せるとすばやく頁をめくった。「どこに、あんだよ。おまえんとこ」「一番最後。50番」「なんだい、一番、けつかよ」犬山はしげしげと図版を眺めたのち、ほおぉーと感心した声を出して、「これは、見事なモノだな。本当に、あそこの家にあったのかよ」「――あったんだよ」ぼくは蝶子婆さんの顔を思い浮かべる。

 犬山は最初からパラパラと頁をめくっていき、もう一度最終頁で手を留めた。そして少しずれ落ちた眼鏡をまっすぐに正すと、おいっ、と言うとやや強いまなざしをぼくに向けた。「おまえらんとこが、飛び抜けて、いいな。他の店は、まあ、いいモノ出してるんだろうけど、そう大したことなさそうだ」「――ほんとか!」ぼくは身を乗り出した。「ああ、図抜けていいよ」急に身体中が熱を帯びてくる。こいつの部屋の蒸し暑さのせいだけではない。「そう思うか――。おれはまだ他の店の出品物みてないけど、そんなにいいかよ」「だから、抜きん出ていると言ってるだろう。いやあぁ、名品は違うねぇ」犬山は再び図録を、目を皿にようにしてみてから、「ほんとうに、真っ二つなのか、これ」と訊いた。ああ、とぼくは答えると、写真の上から下へと指を這わせた。「こういうふうに、完全に真っ二つ」「はあぁ~、ふう~ん……。うまく直すもんだな。写真じゃ、全然わからんな」「そりゃあそうよ。肉眼でもわからないんだから」ぼくは、今度は名人の顔を思い浮かべた。

 「それで、いくらって、つけたんだよ」肝心の値段について、当然のごとく犬山は興味深そうに尋ねてきた、と思ったら、「ちょっと待て」と掌を向け、「拙者が、当ててしんぜよう」と、正座をするとバタバタと激しく団扇を動かしながら、上目遣いでしばらく考えていた。そして、よしっ! と言うと、団扇の先端を思い切りぼくに差し向けた。「――750万円!」「ぶっぶー。残念でした」と答えると、「――800万円!」とまるで競りをしているかのように、声を張り上げる。「――それじゃあ、売れないね」ぼくのにやついた顔に、「まじかい! そんなに、すんのかよ」と犬山はやや怒気を強めた。ぼくは正解を告げる。「答えは……、いっ、せん、まん、えん、です!」犬山は溜息まじりに、はあぁ、と言うと団扇を放って腕を組んだ。「しっかし、真っ二つだろ?」ぼくは首を大きく縦に動かしてから「値引きはいっさいなし」と言って左右に振った。「まいったな。大台かよぉ。そんな値段で、買うひとがいるかねぇ。おれも値段についちゃあ、プロじゃないけどさぁ、素人でもないから、なんとなくはわかるぜ。今おれの言った値段は、コレクターからみた最高値だと思うよ」「おれもそう思うんだけど。これに関しては、大御所に従わんと……」「……ふうん、なるほど。あのじいさんか」「イエス」と言いながら、今度は宋丸さんの顔を思い浮かべた。

 犬山は膝元に放った団扇を手にすると、またあおぎ出した。「そうすると、結局、おまえの、例のあのご令嬢が、買うしかないんだろうなぁ」そして今度は、Saeの顔が目に浮かぶ。「でも、中国モノじゃないから、買わないと思うよ」「ふうん……。とぉ、なると……」犬山はせわし気に団扇を動かしながら、流氷の映っているテレビ画面をしばらくみつめていた。おそらく北極から流れてくる海氷が、ときには水面に潜るようにして、海面を雄大に進んでいる。ぼくもついそちらに視線を留めていたが、残念ながらちっとも涼しさは感じられなかったので、図録をめくりながら他店舗の出品物に目を通していた。昨今流行り出した現代アートを掲載している店も散見されたが、やはりお茶道具屋と画廊が多い。その他、日本特有のアートフェアよろしく多種多様な分野の店が参加しているので、経験値の少ないぼくにとっては、その価値の判らないモノがほとんどだった。あるギャラリーの頁に載っているかぼちゃの油絵をしきりと見ていると、犬山がこちらに向き直った。

 「その価格だと、まず同業者は買わんだろうし、コレクターだって、500万なら出すひとがいるだろうが、大台となると、ちょっとやそっとじゃあ、いないな、いねえ。それに値切り無しだというわけだから、可能性はほぼゼロに近いね。たった三日間の開催で、そう簡単に売れはしねえよ――というのがおれの感想だ」犬山は再び青色のハンカチで頬を拭うと、「ただし!」と語気を強めた。

 「その値段で買うというコレクターがいたら、それは、本物だ! イコール、その御仁は、おまえの今後にとって、最も重要な顧客となる。――オークションハウスでいうと、そういう顧客は、なんていうんだ? 〈ヴイ・アイ・ピー〉っていうのか? 〈プロミナント・コレクター〉っていうのか? とにかく、そういう御仁だ」このときぼくは犬山の言葉を、「ふうん、なるほどね」と、他人事のように半分うわの空で聞いていた。

 

 しかし――――、ぼくはその御仁と出会うことになるのだ。それは、会期も大詰めを迎えた最終日の午後のことだった。

 

(最終回につづく 8月31日更新予定です)

 

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骨董商Kの放浪(51)

 南青山にある石造り4階建の重厚なビルディングの前にぼくと才介は立っていた。両手に大きな風呂敷包み。これは才介が持っている。「相も変わらず、入りづらい建物やな。ひとりじゃ、よう入らんわ」となぜか突然関西弁になる。ここは、今から50年近く前に大手建設会社で施工されたもの。「1960年11月定礎」と入り口の一番下の石に刻まれているが、経年劣化した石の質感はそれ以上の時代を感じさせる。以前三代目から聞いたことを思い出して才介に告げる。「この石は由良(ゆら)石っていう香川県で採れる石で、帝国ホテルなんかでも使われてるって。でも今はもう採掘できないらしいよ。だから、外観を修理するときは古い石を持っている石屋から買い取ってくるらしい」それを聞き才介が手に持つ風呂敷包みに目を落とした。「修理かぁ……。上手くいくけどいいけどな」ぼくらは大きく息を一つ吸ってから、由良石が積み上げられた建物の扉を開けた。

 三つあるなかの一番小さな応接室にぼくらは通された。土壁の床(とこ)には額装された浮世絵版画が飾られていた。歌川広重東海道五十三次のなかの名場面の一つ『庄野(しょうの)』である。突然の風雨に三度笠をかぶった旅人たちが山径(みち)を急ぎ走っている。右上から斜め下に描かれる雨の、勢いのある繊細な細い線と、慌て駆け出す人びとの動くさまが印象的な作品。「へえぇ、三代目のところ、こんな浮世絵版画もやるんだ」才介がソファに座りながら感心してみている。「最近、浮世絵版画も外国人が買うようになってきていて、値段もだんだん高くなってるらしいよ」「ほんとぉ」と腰をあげると近くまで寄って目を凝らした。そこへ三代目が入ってきた。「やあ、ようこそ。ちょうど、さきほどみえたところだから――」と上を指す。

 三代目は才介の横に置いてある大きな風呂敷包みに目を当てた。「それ? 修理したいモノって」「――はい」ぼくらは答える。「ちょっと、みせてくれる」才介が風呂敷を解く。荒縄で仕上げられた相当古い箱が出てきた途端、三代目が感嘆の声をあげた。「うわぁー、すごいね。荒縄の箱って噂にはきいてたけど、実際見るのは初めてだな。ちょっと開ける前にそれ、みせて」荒縄箱に指をさす。なかに皿が入った状態で、それを三代目の前に持っていった。「おおぉ、こういう状態で北陸から運ばれてきたんだなぁ。これだけでもすごいわ」と感心する。「上蓋だけみるとまるで三度笠だ」と言って幾重にも編まれた荒縄をしきりと触ったあと、「じゃあ、開けてみていい?」と訊いた。無論ぼくらは「はい」とうなずく。笠状の蓋を開け、三代目は、ほお、と言ったきり蓋を持ったまましばらく大皿を見入っていた。そして、ゆっくりと卓の上に置いた。

 「すばらしい! 正直、ここまでのモノとは思わなかったよ。これは、名品だ!」才介が両膝に手をつけて深々と一礼した。「ありがとうございます!」ぼくも顔をほころばせ頭を下げた。「なにを言ってんだよ。探し出してきたのは、きみたちじゃないか」そう言うと、三代目はいったん出ていき、大ぶりな皿立を手に戻ってきた。床の間の『庄野』の下に、青手を飾る。中央に亀裂が入っているとはいえ、こうして皿立に掛け置くと、その迫力がもろに伝わってくる。「綺麗にしたら、さぞかし見映えするだろうなあ」三代目が訊く。「これを、9月の骨董フェアに出品するの?」それを聞き、ぼくが思い出したように、あっ、そうだ、と言って才介の肩をつついた。才介も、あっ、と反応するとふたりで立ち上がった。「すみません。遅れちゃって――。このたびは、特別にフェアにご紹介いただきましてありがとうございます。一生懸命頑張りますので」「ああ、その話……。以前から若いひとに出てもらった方がいいと思っていてね。そうしたら、あんまりブンちゃんがきみらを推すものだから」三代目はぼくらに着席するように促すと、再び大皿をみつめた。「これだけのものを出すのだから、骨董フェアも楽しみになってきた」そう言うと立ち上がり、ソファの後ろへ下がって俯瞰するように床の間を眺めた。「なんか、このふたつ、妙に合ってるな」腕を組んで笑うと、「じゃあ、上にいこう。名人が待ってるから」ぼくらは三代目について階段をのぼった。

 二階の大きな応接間のソファに、眼鏡をかけた中年男性がつくねんとひとり座っていた。三代目が紹介する。ぼくらは深くお辞儀をする。名人と呼ばれる修復士は、がちがちの職人気質(かたぎ)といった風貌を想像していたが、意外と勤め人風のおとなしめの雰囲気だった。真面目そうな人柄がその笑顔から滲み出ている。さっそく風呂敷から出した荒縄箱をみて名人は「すごい箱に入ってますね」と目を丸めた。「まさに、江戸時代初期の荒縄箱ですね」と言うなり蓋を取る。そして特段声を出さずに大皿を手許に引き寄せた。眼鏡をはずしてぐっと顔を近づけ、真ん中で繕われた金のラインに目を添わせる。それをゆっくり上下に何回か繰り返した。ぼくらは固唾を呑んでみまもる。名人は了解したという顔つきで、最後にこくりとうなずいた。

「うん。この金直しの幅が案外広くないので、スパッというふうに割れているんだと思います。だから、欠損部分はほとんどないんじゃないかなぁ。綺麗に直りますよ」それを聞き才介が「よしっ」と小声でつぶやき両拳を握りしめた。ぼくが身を乗り出して訊く。「あのぉ……どのくらいで直りますか?」そうですねぇ……と言って首を傾け、「ひと月はかかりますかね」と名人は答えた。実は、フェアのカタログ写真の締め切りが7月の中旬だった。あと半月ほどである。ぼくがそれを説明すると名人は「うーむ」と口元を歪め困ったような顔をしたが、うちの方を後回しにしてけっこうですから、という三代目の一言で、「わかりました。間に合わせます」と首を縦に振った。「古九谷の大皿なんて、いま、そう出てきませんから。こちらとしても楽しみに修理させていただきます」名人の笑顔にぼくらは「よろしくお願い申し上げます!」と手を合わせると頭をぐっと下げた。帰り際に三代目にお礼を言った。「すみません。紹介していただいたのにもかかわらず、割り込みしちゃって……」「いいよ、そんなこと、気にしないで。それに、ぼくも早くみたいからね、綺麗になった状態を。おそらく完璧に直るだろうから――」

 

 昼でも食べるかという才介の誘いを断り、ぼくは宋丸さんの店に向かった。宋丸さんの出社はだいたい午後3時。今頃はReiが独りで留守番をしていることだろう。ぼくは銀座4丁目のデパ地下で弁松弁当を買って新橋方面へと歩を早めた。雨は降ってはいないが梅雨らしく不快指数は高い。こんな日は、涼しい静かな一室でReiとランチをしようと考えたのだ。電通通り沿いにある宋丸さんの店の扉を開けると、案の定Reiが入口近くの自分のデスクで自前の弁当を食べていた。「一緒に食べようと思って――」とぼくはデパートの紙袋を掲げた。「じゃあ、お茶入れますね」「ごめんね。食事中に」給湯室へ向かうReiにぼくは軽く頭を下げると、応接室のソファに腰をおろした。Reiは宋丸さんが来るまでここを空けられないので、ぼくが外で弁当を買ってきてはここで食事をすることが時おりあるのだ。やがてReiのお茶がぼくの前に置かれる。「Kさん、好きですね、弁松のお弁当」ああ、と言いながらさっそく箸を割った。Reiは食べ終わった自分の弁当箱を洗い終わると、机の上を整えてからぼくの前に座った。

 「どうですか? フェアの準備は」――この度のフェアのあらましについてはReiに話してあった。もちろんメインとなる割れた青手古九谷の件も。「今、三代目のところにいって、修復の名人に渡してきた」「きれいに直るの?」「完璧に直るらしいよ」「よかったぁ」Reiは胸の前で小さく手を合わせ微笑んだ。「ちょっとした口縁部分の金直しだったら目立たないけど、真ん中にあると、どうしてもそっちに目がいっちゃうから、共(とも)直しになるなら見映えが全然違うでしょうね」「そうなんだよ。なんといっても、大皿だからな」ぼくは照り焼きの魚と白米を一気にかきこみ、お茶を飲んだ。「半月ほどでやってくれるようだから、できあがったらここに持ってくるよ。宋丸さんにも目を通してもらいたいし」「それは楽しみ」Reiは明るい顔をしてお茶の差し替えに下がっていった。

 ぼくはその間弁当の残りを口に入れながら思案していた。目玉商品は決まったが、それ以外があまりないことを――。これに準ずるクラスといえば、せいぜい鉅鹿(きょろく)の白鉢など先日香港で仕入れてきた数点である。ちょっと格差があり、なんとなく物足りない。Reiが茶托を置いてぼくをみつめた。「その他には、どんなものを並べるんですか?」痛いところを突かれたという感じでぼくは表情を曇らせた。「それなんだけどさ。実際のところ、あんましなくてね……」キズものだが青手大皿が抜けて良いだけに、他のモノがしょぼいとなんだか恰好がつかないと思っていた。初めて公の場で「青渓庭(せいけいてい)」を認識してもらうわけだから、あっと驚かせるといかないまでも、なかなかいいモノを扱う店だなくらいには持っていきたい。とにかく最初が肝心だ。その旨を話すと、Reiは口を真一文字に結んでショートヘアのこめかみあたりをしばらく指で触っていた。ぼくはお茶を一口飲んでから、「あるのは、古染付の向付とか南京赤絵の皿とかなんで、なんかこう、『鑑賞』っていう感じのする中国陶磁があると、パッとするんだけどなぁ。初めてやるからには、自分の特徴を出したいと思ってるんだ」と笑い、また茶碗を口に運んだ。Reiがみつめる。「そうなんですね……。となると……宋時代のモノとか?」「まあ、そうだね……。青磁とかがあると最高なんだけどなあ」宋時代は人気の高い鑑賞陶磁器である。今回は北宋時代の鉅鹿の白い鉢を飾るので、その横に同じ時代の青磁があれば釣り合うと思った。「青磁……」Reiはそう言うと壁の方に顔を向け、何か考えるふうに頬に手をあてた。

 ぼくは店内を眺めた。漢時代の文官俑(よう)が置かれている。長い衣服が特徴的だ。表面の彩色はあらかた落ちているが、頬骨の張ったユニークな顔立ちは、漢代特有の空気をまとっている。いかにも宋丸さんらしいチョイスの、渋い一品だった。そしてその左手の壁をみてぼくは「あっ!」と声を張り上げた。そこには、以前ここで見た遮光器(しゃこうき)土偶の片目が額装して飾ってあったからである。――たしかこの「眼」は、教授のところにあったものだ。「こ、これ……って?」Reiが顔をあげて答える。「それ……この間ようやく宋丸さんがお悔やみに伺うことができて、そのとき、引き取ってきたの」ぼくは大きく息を吐く。「そういうことだったんだ……」

 ここでぼくは、教授の家にお悔やみに行った一件をReiに話した。奥様のそら恐ろしい眼の話はしなかったが……。そのとき鍍金仏の頭の値段を訊かれたことを告げた。たぶん宋丸さんも訊かれたことだろうと思ったからである。Reiは言った。「おそらく、それは宋丸さんにはみせていないと思う。ベテランの商人だと、うっかりすると奪われてしまうから、警戒して……Kさんだから尋ねたんだと思う」「そういうものかな……?」ぼくは立ち上がり額の側にいってみつめた。遮光器のなかでも、かなり大きい。薄く繊細な造りは、わずか片目に過ぎないが突出して出来栄えが良い。あの鍍金仏の頭ではないが、完品として残されていれば国宝ものだろう。「こんなのが、あればなあ……」それは、現実的な言葉としてぼくの口からふいに発せられた。「まあ、今回は急だったから時間もないし。これからネエさんのところにでも行ってみるよ。なんかあるかもしれないから――」Reiはかすかな笑みを浮かべぼくを見送った。

 

 地下鉄からJRに乗り継ぎ15分ほどでネエさんの店に着いた。ここにくるのは実に久しぶりだ。「こんにちは」カランカランと音の鳴る洋風の白い扉を引いてなかに入ると、店の中央でネエさんが、どでかい木箱と格闘していた。ぼくの顔を見るなり、「あんた、ちょうどいいところへきた」と、険しい顔を一瞬だけほころばせた。「なんですか? この巨大な木箱」「いま届いたところなのよ」「はっ?」「だから、開けてるの」「はあ……」「はやく手伝って!」と素早くぼくの手にプラスのドライバーを押しつける。「ベトナムから届いたんだけど――。買ったときにね、嫌だから厳重に梱包して送ってちょうだいっていったら、こんなに大きくなっちゃってさあ。ネジが16本もついているのよ、まったく。いまようやく2本抜いたところ」ネエさんは片手で汗をぬぐいながら、「さあ、あとはやってちょうだい」と有無を言わさぬ態度で促す。ぼくは仕方なく作業を始めたが、上面の板にネジが食い込むように入っていてドライバーがスムーズに回らない。これはけっこうな労働だ。「あのぉ……電動ドリルとか、そういうの……ないですよね?」一応訊いてみようかというぼくの問いに対し、「あったら、使ってるわよ!」と怒鳴る。――やれやれと思いながらぼくはネジを回し続けた。

 それから30分ほどしてようやくネジを全部取り除いた。ネエさんが拍手する。「こんな馬鹿デカいのが届いて、どうしたものかと思ってたけど、あたし、やっぱり……、持ってるわね。ハハ」今日の体力をすべて奪われたように、力なくぼくは尋ねた。「ところで、これは、いったいなんですか?」「だから、言ったじゃない。ベトナムから届いたって。先月、ホーチミンの骨董屋で買ってきたのよ」「なにをですか?」「ベトナムなんだから、安南(あんなん)に決まってるじゃない。染付の大皿」木枠のなかにある段ボールを切り開き、両手を広げるようにしてネエさんが取り出した。それは、たしかに安南染付の皿だった。しかも、大きい。

――安南はベトナムの中国名で、元時代の青花(せいか)に倣って14~16世紀に元染(げんそめ)スタイルの作品が数多くつくられた。本歌に比べれば白磁の色は灰色がかっていて作ぶりも鈍いのが特徴。だが、それがかえって日本の茶の湯に合うのか、茶碗や香合は早い段階で将来されている。この大皿も元染を意識しているようで、見込みには主文様の牡丹が、周囲には唐草文があらわされているが、普通の安南に比べると、染付の発色は明るい方で絵も丁寧に描かれていて出来栄えが良い。皿立に飾られた姿をご満悦の表情で眺めると、「やっぱり、名品だわ」とネエさんはうなった。「中国にはない、この柔らかさ。いいわあ。どうせ元染は扱えないから、この程度で充分だし、あたしは、こっちの方が好きだわねぇ」安南は、中国陶磁にはないどことなく詫びた魅力を持っている。ゆえに、安南好きのコレクターは結構いるのだ。しかし、この作品は白磁の白も染付のコバルトの色も冴えており、中国陶磁により近いように思えた。

 「でも、これは、一般的な安南とはレベルが違う気がします。なんか官窯(かんよう)っぽいっていうか――」中国陶磁に喩えると官窯の気風があるようにみえたので、ぼくはそう感想を述べた。それに対し、ネエさんが大きく目を開けてみつめる。「あなた………ちょっとぉ、急に目利きになったんじゃない? そう、そう、そうなのよ! 官窯的なのよ!」ネエさんがぐっと距離を縮めてきた。「だいたい安南ってのは民間向けの下手(げて)なものが多い……まあ、あたしはそういうのも好きなんだけどね。でも、世界の美術館にある安南は、中国でいうと官窯って感じのする、作行が明らかに上手(じょうて)なものなのよ!」と言ってぼくの肩を思い切り叩くと、「あなた――、成長してる」と称賛の目を向けた。

 白化粧の白の色の純度が高いのか、それをバックにした文様のコバルトの青の発色が際立っている。特に中央にでんと描かれている牡丹文の迫力が半端ない。大きな表現そして且つ緻密な描写。最初はそれほどでもなかったのだが、眺めているうちにどんどん惹きつけられていく自分がいることに気づいた。ぼくは、陳列台に飾られた大皿に視線を集中しつつ、頭のなかに或るイメージを描いた。そして、大きく肯く。そうだ、これしかない――。ぼくは訊いた。「これは口径どのくらいですか?」さっそくネエさんがメジャーで測る。「38.5センチってところね。元染サイズ。大作」とニヤリとする。ぼくも胸のなかでニヤリとする。そして、ネエさんにちらりと目をやってから「これって……」と指をさし「……売り物ですよね?」と、それとなく探るように訊いた。ネエさんは目をぱちくりさせながら、「うん、まあ……そうだけど」と返事する。ぼくは、今度は再び安南に目を置きながら導入部分に入っていった。

 「今度9月に美術倶楽部でやる『骨董フェア』に出ることになったんです――」「うん、知ってる。この間才介がきて、そう言って騒いでた。ネエさん、なにか出品させていただけるモノないですかって――。でも、あたしのところは分野が違うしね。釣り合わないと思うよ。オリエントものじゃあ」そう言うと、感心するような目でぼくをみつめた。「でもすごいわね、あのフェアに出られるなんて。あなたたち、ラッキーよ」ここでぼくは、ネエさんにじっと目を据え提案した。

 「これ……、ぼくらのブースに並べて、売らせてもらえませんでしょうか……?」ネエさんがすかさず、ええっ、とぼくに首を動かし、「だってぇ、今、きたところなのに……」と顔をしかめた。ぼくは諄諄(じゅんじゅん)と説いてきかせるような口調で、やんわり続けていく。「以前、あったじゃないですか。あれはたしか、2年前の骨董イベントのときのこと。おぼえてます? ぼくの手に入れた天啓赤絵の皿――虎の図が描かれた皿です。それを、ネエさんのブースに飾って売らせてもらったこと。ネエさんは、自分の出品物と調和するように上手に並べてくれました。ちょっと目立つようにして。あのとき宋丸さんのつけた200万という値段を札に書いて並べました。他のひとはみんな異口同音に、そんな値段じゃ絶対に売れないっていってましたが、みごと売れました。ぼくにとって、フェアでモノを売った初めてのことだったので、とても嬉しかったのを憶えています――」ネエさんは口をへの字に曲げながらぼくの話に耳を傾ける。「今回のフェアの目玉が、古九谷青手の大皿なんです。真っ二つに割れてますが……。そりゃ割れてないとぼくらは扱えません」いったん笑うとすぐに真剣な眼に戻し「でも……それ、かなりの優れモノなんです。めちゃくちゃ、インパクトがあって。だから――、その隣にこの安南の大皿を並べてみたいんです」ぼくは言葉に力を籠(こ)めた。「どちらも名品です。国も時代も違いますが、同じ力を持っているので絶対に釣り合うと思いますし、引き立ち合います。相乗効果ってやつです。この二枚を並べたら、美術俱楽部に来るひとたちが、きっと驚くことにちがいありません。ここ、すごいのがあるなあって――」ネエさんはまだ渋い顔をして耳の後ろを掻いている。そして、ふーんと鼻から息を吐くと、への字の口をややゆるませた。ぼくはもうひと押しだと思い、安南に向けて力強く右手を伸ばした。「今回ふたりで参加する初めてのフェアです。いわばデビュー戦です。ぼくらの門出にお力をください!」

 われながら上手く言えたんじゃないだろうか――とネエさんに熱いまなざしを送る。ネエさんは腕を組んで安南の大皿をしばらくみつめていたが、やがて首を何度かゆっくりと動かすと、「わかったわ……」と言ってぼくに視線を向けた。「でも……、高いわよ。これ」「はいっ」ぼくは気をつけの姿勢をとる。「いくらですか?」ネエさんは上目遣いに「そうねぇ……」と考えたあと、ぱっと右手を開き「500万!」と言い切った。しかし、ぼくにとって値段は二の次だった。両腿に手を置き「ありがとうございます!」と深く腰を折った。まるで、かたじけない、というときの武士のお辞儀のように。ネエさんは言った。「売れたら、あなた1割取ってよ」「えっ、もらっていいんですか?」「あたりまえじゃない。商売なんだから。そのかわり、値引きはいっさい無し! いいわね?」「はい」と言ったあと、ぼくはしばらく考えてから新たな提案をした。「ネエさん、こういうのは、どうでしょう? 値段を550万にして、そこから2割頂戴するってのは?」ネエさんは再び上目遣いに考えていたが、やがて小刻みに首を動かした。「まあ、いいわ。それでも。あたしの取り分、そんなに変わらないし」「ありがとうございます!」ぼくは深く頭を下げた。やっぱり、才介の分もきっちりつけてやらないと――。

 ネエさんがぼくの顔を不思議そうな目をしてみつめた。「でも、あんた、知らないうちに、なんだか、商売人っぽくなってきたねぇ」「そうですかね?」するとネエさんは今一度考え直すように、う~んと言って首を横に振り、「いや、まだ、まだ、まだよ。そんな甘いもんじゃない……。それは、この皿を売ってきたらば、の話にするわ」と言って安南を眺め、「あーあ……ゆっくりやろうと思ってたのに」とぼそりとつぶやいた。「恩に着ます」拝み手で軽く頭を下げるぼくをみて、「あとは、ここ、きれいに片していってよ」と木箱を指さした。「あたしの店は小さいんだから、こんなのあったらひとも入れやしない。細かな木屑も残さず、最後に掃除機かけていって」「承知です!」

 しびれた右手を揉みほぐしながら、ぼくは持っていると、自分に言い聞かせた。

 

 翌日のことである。Reiから連絡をもらった。「Kさん、今度の日曜日は、空いてますか?」特に予定はない。「うん、空いてるけど」少し間を置いてから、Reiは言った。「よかったら、わたしの家にきてもらえますか?」「えっ……、Reiちゃんの……うちに?」「……はい」電話の向こうでReiが小さく答えた。Reiは以前お姉さんと一緒に住んでいると言っていた。5年前に事故で両親を亡くしており、それ以来姉妹で二人暮らしをしているのだ。ぼくはなんだろうと思いながら、「じゃあ、伺わせていただきます」と返事した。

 

 日曜日――。雨は降っていないがどんよりとした曇り空は、ロンドンを思い出させた。しかし、湿った空気はまったく違う。鬱陶しい季節を感じつつ、ぼくは折りたたみ傘を片手に地下鉄の階段を駆け上がった。メッセージで送付された住所をたよりに、本郷三丁目駅から南西の方向へ歩き出し、5~6分でReiの住むアパートの前に到着した。昭和の匂いの残る木造2階建ての建物。大通りの向こうには東京ドームが見える。階段で2階へ上がり部屋の前に立つと、胸の鼓動を感じながら玄関チャイムを押した。まもなく扉が開かれ、Reiが顔を出した。「いらっしゃい。今日はごめんなさい。お呼びたてして」きれいにカールされた前髪が間近に現れドキッとする。「いや、いや」とぼくは言いながら靴を脱いだのだが、完全に脱ぎきれないまま上がったため、前につまずきそうになってしまった。独り暮らしでなくとも、女性の家に入るなんてこれまで先ずなかったかものだから、慌ててしまったのだ。ぼくは頭の後ろを掻きながら、Reiのあとについて廊下を進む。突き当りの部屋はダイニングになっており、キッチンでお茶の用意をしているお姉さんらしき女性が満面の笑みで振り返った。「どうも、いらっしゃいませ」肩までかかる髪型はReiとは異なるが、目元は姉妹らしくどことなく似ている。Reiの話だと4つ違いということだったので、お姉さんは30歳くらいだろうか。と、そんなことを考えながら優しそうな顔立ちに「おじゃまいたします」と頭を下げた。ダイニングにはテーブルと椅子が四つ置かれていた。「いつも妹がお世話になっていて、ありがとうございます」チェック柄の赤いテーブルクロスを挟んで、お姉さんがお辞儀する。「あ、いや、こちらこそ、いろいろと……」美人のまなざしにどぎまぎしながら答えていると、「さあ、Kさん。こちらに、どうぞ」とReiが次の間の引き戸に手を掛け静かに開けた。そこは畳敷きの六畳間だった。右奥に仏壇がある。整頓された部屋のなかに一歩足を踏み入れると、新しい畳の匂いが鼻先に漂った。長卓の中央にある座布団にぼくが座るのをみて、Reiは襖を閉めた。

 いったい、ここで、何の話をするのだろうか――。Reiが正面に座りじっとみつめる。目の置き場に困ったぼくは、仏壇に目をやるほかなかった。なかには、ご両親らしきお二人の写真が真ん中に立てられてある。「あれ、ご両親の写真?」発したあと愚問だと後悔したが遅かった。「そう」Reiが抑揚のない声で答える。「5年前に……海難事故で」――子供たちも成人したので久しぶりに夫婦揃って旅行でもしようと出かけたのだが、旅先で乗船したフェリーが転覆するという悲劇に見舞われ命を落としたのだ、とReiは説明した。そういえばそういう痛ましい事故があったなあと、ぼくは目を閉じ俯いた。余計なことを訊いてしまったと、ぼくは頭のてっぺんを三度叩いた。そしてその手を後頭部に移すと、がりがりと素早く掻きむしった。沈鬱とした空気が室内に漂っているなか、扉がすっと開かれた。「こんな狭いところに、すみませんねえ」お姉さんが盆に載せた茶と菓子をぼくの前に置く。「どうぞ、ごゆっくりしていってください」「はあ」とぼくは今度は首筋に手を置くと何度もしきりとこすった。

 戸が閉まると同時に、Reiは先ほどとはうってかわって陽気にくすくすと笑い出した。「Kさん、なんか、緊張してる……」ぼくはごくりと唾を吞み込むと、「あたりまえじゃん。このシチュエーションで、そりゃあ、緊張するでしょう……!」Reiの笑い声が高まる。それがひと段落すると、ぴょんと跳ねるように背筋を伸ばして、「わたし……決めたんです」と言った。「へっ?」と口を開けるぼくをみて、「知ってますか? わたしのコレクション」と、ちょっと自慢気な顔で訊いてきた。うん、とぼくは首を動かした。――Reiは、美術俱楽部で年二回、中元と歳暮の時期におこなわれるアート・バザールという催事(ここではけっこう安価な品物がたくさん並ぶ)や、小さな骨董市などでモノを買って蒐(あつ)めているのだ。おこづかいだからこれが精一杯と言いながら、好みの細々(こまごま)としたモノを買っている姿をよくみかけており、そのたびにぼくは、本当に骨董が好きなんだなと思ったものだった。

 Reiは仏壇の隣の押し入れを開け古い箱を一つ取り出すと、テーブルの上に置いた。20センチ四方の平たい箱にくすんだ緑色の真田紐が掛かっている。箱書きはなく、上蓋はやや反り気味で柾目が粗い。おそらくなかには皿が入っているのだろうが、箱ゆきからするとあまり高級なモノではなさそうだ。しんと静まりかえったなかで、紐を解く音だけが耳に入る。Reiは上蓋をはずすと、包み裂ごとなかから取り出してぼくの前に置いた。そして、厚手の木綿の裂をゆっくりと上下左右に開いていった。出てきた皿をみて、ぼくは「これ、緑鈞(りょくきん)じゃん!」と声を上げた。思わず両手を伸ばすぼくを見据えて、Reiは「はい」と答えた。

――宋時代を代表するやきものに鈞窯(きんよう)がある。河南(かなん)省に窯があり、主に青白い鮮やかなブルーの釉(うわぐすり)が掛けられている。深みがありながら失透性の強い、しかし鮮明である独特な青の色合いは、「澱青釉(でんせいゆう)」とか「月白釉(げっぱくゆう)」などと表現され、宋代陶磁のなかでもとりわけ高い人気を博しているのだ。その鈞窯では時おり、このような緑色の釉が掛けられた作品がつくられた。正式には「緑釉」と表記されるのだが、鈞窯産の緑釉作品のことを骨董業界では、「緑鈞」という名で呼び慣わしている。その緑の釉色は深く濃い緑色であるが、ただそれは決して暗くはなく、鈞窯らしい溌剌とした明るさを持っているのだ。そこが緑鈞の魅力であった。そして目の前の皿は、形状などをみると典型的な緑鈞ではあったが、その色がより艶やかな透明感を呈していて、出来栄えの良好さを物語っていた。

 「――いい緑鈞だね」ぼくは皿を何度もひっくり返しながら、眼を近づけたり離したりした。「いいグリーン・ジュンでしょ?」Reiが微笑む。――鈞窯は英語で「ジュン・ウエア(Jun ware)」といい、緑鈞は「グリーン・ジュン」の名で親しまれている。ぼくはその色をみつめながら、ロンドンの公園を囲んでいた樹木の緑を思い起こしていた。それは、五月の明るい日差しをいっぱいに浴びた葉の色によく似ている。そういえば、ロンドンの美術館――大英博、PDF、V&Aには、必ずといってよいほどグリーン・ジュンが並んでいた。しかしなぜか、日本の美術館ではあまりみた記憶がない。当然ブルーの鈞窯に比べると数は少ないが、マーケットで時どきみかけるので、珍しいものではないのだ。でも、ぼくは、そのわけをなんとなく判っていた。イギリスの初夏の瑞々しい緑を想像させるこの色は、いかにも彼らイギリス人が好みそうなものだということを――。そしてそれは、ぼくの大好きな色でもあったのである。Reiのコレクションの全容は無論知らないが、緑鈞があるというのは、多少の驚きと喜びをぼくに抱かせた。

 Reiは空の箱を丁寧にしまうと卓の脇に寄せてから、皿に両手を添えぼくをみつめた。「これ、今度のフェアで売ってもらえますか?」「――どういうこと?」とぼくは見返す。「9月の美術俱楽部のフェアに並べて売ってください」「……」ぼくの知っている範囲では、Reiはさまざまなところで安価で良いモノを手に入れているという印象が強かった。それを考えると、これは彼女の蒐集品のなかでも貴重なひとつにちがいない。「でも……これ、Reiちゃんのコレクションのなかでも大事にしていたモノじゃないの?」「それは……、そうだけど……」「じゃあ、売れないよ」ぼくは敷いている包み裂ごと皿をReiに押し戻す。「でも、決めたんです」Reiはそれを押し返す。「だって、そんな大事なモノを売れるわけないだろ」Reiは、きっと睨むような目つきをしてテーブルの上で拳を握った。「実は、うち、お金がないんです!」「……」Reiの唇が不規則に震え、澄んだ瞳があきらかに泳いでいるのをみて、ぼくは息をひとつ吐くと「やっぱ……売れるわけないじゃん」と低い声で言った。

 おそらくReiは、この間ぼくがふともらした、『鑑賞』っていえる中国陶磁――特に宋時代の青磁でもあればなあという言葉を気に留めていたのだろう。たしかにこの緑鈞があれば、展示が引き締まることにちがいない。二つの大皿をメインに据え、脇の主役としては申し分ないものである。とはいえ……、ぼくはいつもReiの心遣いに甘んじている気がする。宋丸さんやネエさんのようなプロの商人は別である。いくらでも力を借りればよい。しかしReiは素人だ。しかも、ぼくより年下の女性である。いくらなんでも、自分の好きなコレクションまで売らせるわけにはいかない。あれば最高だが、なくてもまったく問題ないわけだから――。

 ぼくはReiに向かい首を横に振った。「お気持ちは、たいへん嬉しいですが……」皿を持ち上げると包み裂と一緒にReiの前にさし戻した。するとReiはあきらめたのか、ぼくの顔から視線をはずすと、横にあった空箱を手許に移し皿を仕舞いだした。丁寧にモノを中に入れ、上蓋を締める。最後に真田紐をきっちりと結わくと、ぽんぽんと上蓋を軽く二度叩いた。それから包み込むように箱の下あたりに両手を当てそっと持ち上げた。その動作をみてテーブルから畳の上におろすのかと思っていたら、なんとその両手がぼくの方へと向かって動いたのである。「――売ってください」すぐ目の前に箱が置かれる。「いやいや、だめです」即座に箱を押し返す。「――売ってください」「――売れません」「――売って」「――売れないよ」押し問答がしばらく続いた。そこでぼくは妙案を思いつく。ポンっと両手を合わせた。

 「Reiちゃん、それじゃあ、こういうのは、どう?」Reiはいったん表情を落ち着かせ、なんですか? という目でぼくをみつめた。「フェアのディスプレイは、もち、重要だよ」ぼくは皿に指をさす。「この緑鈞が入れば、めっちゃ、締まる。よくある中国陶磁ではないので、この店は違うなって、見るひとは一目置くと思う。ぼくにとっては、ありがたい。だから――、きみのコレクションとして飾らせてくれないか?」Reiは一度瞬きをしてから訊いた。「売らないってことですか?」「うん。つまり、きみから借りて、並べるってこと。飾らせてもらうだけで、ぼくのブースは華やぐし、きみもだいじなコレクションを手離すこともない。見に来るひとたちは、ここは良いモノ出している店だなって、出展者として、ぼくの鼻は高くなる。みんな、ハッピーになる」

 Reiはしばらく表情を変なかったが、今度は二度瞬きをしたのち、眉間に力を入れてかぶりを振った。「駄目です!」「え……なんで?!」目を丸めるぼくをみて、Reiは平然と言った。「Kさん。いま、みんなハッピーになるって言いましたが、ハッピーにならないひとがいます」「ん? 誰よ……」Reiは箱の縁に右手をかけた。「これを見て、気に入って、欲しいと思ったひとです――」「……」「値段を訊いたら、これは売り物ではありませんって言われたら、なあんだって、がっかりするでしょう」「う~ん。まあ、そうだけど」「よくあるじゃないですか。有名店であればあるほど。ディスプレイの主力商品は、見せるだけで売りませんというところ――。あれ、すごくお客さまに失礼だと思うんです。値段は別に高くてもいいんです。それじゃあ自分には買えないと、お客さまは残念がるかもしれませんが、納得はします。でも、最初から売り物ではないと言われると、ここの店はなんだか高飛車だと思われ、かえって印象が悪くなる気がする……」

 Reiの言うことはもっともだった。コレクターは自分の好きなモノを買うために、開場前からときには何時間も並ぶのである。いくら似ていても同じもののない骨董品は、生産品とは違い一度逃すと注文は効かないものなのだ。早い者勝ちの世界では、「好き」という執念が勝負を分ける。マニアであればあるほど重々それを承知している。それゆえ自分の好みのモノを手に入れたときの喜びは、何ものにも代えがたいのである。

 ぼくがじっと押し黙っていると、Reiはぼくをみつめ口を開いた。「Kさんは、これから商売していくのだから、お客さまが最もだいじだと思う。良い出会いがあればあるほど、Kさんの道は拡がっていく。そのためには、やっぱり、良いモノがないと――。モノを介して、人と人を結びつけるのがこの仕事でしょ」このときぼくの眼裏(まなうら)に、盲目の老紳士、F会長の顔が浮かんだ。或るときあのひとは、誘われるように宋丸さんの店を訪ね北魏(ほくぎ)の俑と出会ったのだ。それからずっと固い絆で結ばれている。それは、骨董商と蒐集家の理想的な関係だと、常々ぼくは思っているのだ。

 「――いいの?」とぼくは訊いた。Reiは再び箱に手を添えると笑顔をつくった。「わたしは充分愉しんだし、これをまた愉しんでくれるひとのところへいくのなら、それがわたしの望むところです」「ありがとう――」ぼくは感謝の気持ちを籠め、箱を受け取った。「お値段はお任せします。でも、ちゃんといいところに飾ってちょうだいね」Reiはいっそう笑顔を増すと、箱からゆっくり手を離した。ぼくは笑みを浮かべたまま箱に目を置いた。「しかし、かなりの安箱だな。まさか緑鈞が入っているとは思わなかったよ」「ふふふ。そうね。たぶん合わせ箱だと思う。おそらくヨーロッパから箱無しで日本にきたんでしょう」ぼくもそう思った。戦後にイギリスあたりのコレクターが手離した優品が将来されたモノであろう。ロンドンの緑がぼくの頭のなかに豊かに広がった。

 

 大皿の修理が終わったとの連絡が入ったのは、梅雨明け宣言がまったく出そうもない7月下旬にさしかかった頃だった。今日受け取れば、図録の提出写真の締め切りにぎりぎり間に合いそうだ。透明のビニール傘を上下させながら、ぼくと才介は三代目の店へ小走りに向かった。本日午後二時に名人が持ってくるとのこと。ぼくらはその10分前に店に到着した。三代目と一緒に、この間と同じ2階の広めの応接室のソファに腰かけて待つ。お茶を飲みながら世間話をしている三代目を前に、ぼくは相槌をうちながら答えているのだが、内容はまったく頭に入っていなかった。おそらく才介もそうだろう。古九谷の修理が上手くいったのかどうか――頭のなかを支配していているのは、ただそれだけだった。やがて、店の女子社員がドアをノックし、名人の到着を告げた。

 「どうも遅くなりましてすみませんでした」入ってくるなり名人は丁寧に頭を下げた。その後ろに大きな風呂敷包みを抱えた店の男性店員がつづく。ぼくらは立ち上がり、「すみません。急かせてしまいまして」とお礼を述べた。男性社員が風呂敷を解いてエアパッキンにくるまれた皿をテーブルの中央に置いた。その大きさで長卓のスペースが埋まるのをみて、才介が素早く茶托を側の小さな机に移動した。男性社員はそれに「すみません」と頭を下げつつ、プチプチを留めているテープをはがし始めた。ぼくらは全員立ってそれをみつめる。やがて半透明のビニールが取れ、皿を包んでいた白い薄紙がみえると、皆自然と前のめりになった。やがて薄紙が開かれた。青手の色が強烈に目に飛び込んできたと同時に、中央の割れ目の部分に視線が集中する。上から覗いたところでは、まったくわからない。「――さすがだな」三代目が両手にしっかりと力を入れて大皿を持ちあげた。そのタイミングで社員が卓の上から梱包材を取り除く。三代目が皿を持ったままソファに腰をおろすのをみて皆は座った。

 「これは、素晴らしい……」修理の出来栄えを褒めたたえたのか、古九谷のレベルの高さに改めて感服したのか、三代目は首を何度も左右に揺らしながら皿をみつめた。そしてひとつこくりとうなずくと、卓に敷かれた紫の袱紗(ふくさ)の上にゆっくりと置いた。名人が口を開いた。「金直しの部分をとりましたら、当初の予想どおりきれいに真っ二つに割れていたようで、欠損部分はほとんどありませんでした。だから、ぴったりとくっつけて、色合わせの部分も極力広げないようにしてあります」共直しなので、割れた罅(ひび)に合わせて地と同じ色をそれぞれ載せ、調子を合わせている。古い時代の修理だと、技術の無さか、キズ上に塗る色の幅が大きくなり、元のキズが小さくてもかえって大キズと思われてしまうことがある。極力キズの部分を目立たせないのが修復士の腕のみせどころなのだ。

 三代目の反応をみていたぼくらは、大皿が置かれた瞬間腰を浮かせ首を伸ばした。先ず才介が手で皿の両端をつかんでぐいと持ちあげ両膝の上に置き、45度の角度に皿を立てじっくりとみつめた。ぼくも横から覗く。「うおぉ、すげえぇ……まったく、わかんねえよ」才介は喜びと驚きが交差した声を発すると、すぐにぼくに手渡した。ぼくも合わせた膝の上に載せ、顔を近づけた。中央に鮮明に入っていた金のラインは跡形もなく消え、繋ぎ目の部分は最初からキズなどなかったかのように綺麗になっている。まるで魔法をかけたようなその出来栄えに、「マジックだ……」とぼくは思わずつぶやいた。才介が鞄のなかからブラックライトを取り出し皿の見込みに当てる。これはキズの有無を確認するときに使う道具。鈍い紫色の光りに照らされると、修理の箇所が蛍光色に光るのだ。骨董商の必需品である。

 才介は金直しのあった部分にライトを沿わせる。しかし、まったく光らない。「えっ? ブラックライトに出ない!」才介は即座に名人に顔を向けた。「どういうことですか?」名人は目尻を下げて答えた。「はい。出ないようにしてあります」「そんなこと、できるんですか!」ぼくらは同時に声をあげる。名人は笑みを浮かべたままだった。ぼくらは深く息を吐いた。「ブラックライトに出ないんじゃあ、お手上げだ」才介はそう言うとずる賢い眼をみせた。「そうなると、無キズだといって高い値段で売りたくなっちゃいますね」三代目が笑いながら大皿に手を掛けた。「そういう悪いことしちゃ、駄目だよ」と言って持ち上げると、広い床の間に置かれた黒い敷板の上に向かう。それをみて男性社員が皿立てを敷板に載せる。三代目が慎重に皿立てに掛け、少しずつ動かしながら正面を決めていく。その手が止まり、よし、と言う声とともに床の間からあとずさりした。

 厚味のある黒塗りの長い敷板の上で、青手の濃厚な色が冴えわたり、横幅のある床の間に、口径40センチを超える寸法が峻厳な空間をつくった。威風堂々たる名品の風格にぼくは圧倒されていた。おそらく、ここにいるひとたちも同じように感じていることだろう。名人がつけ加えるように言った。「あと、表面に多少汚れが入っていましたので、クリーニングして綺麗にしておきました」これが本当にあの蔵で見た皿だろうか――。まるで生まれたてのようだ。ぼくは、一気に時代が350年遡ったような錯覚に陥っていた。

 「いやぁー、まいったね」三代目は、まるで宋丸さんのような口調でそう言うと、天井に顔を向けたまま背もたれに身を沈め、放心したようにしばらく動かなかった。やがてドアがノックされた。みると男性社員が荒縄箱を抱えている。この箱は修理の際の移動では嵩張るということで、ここに置いてあったのだ。彼はそれを床の間の脇に置いた。三代目は、皿と箱をいったん視界に入れてから、眉根を寄せてぐっと身を屈めると、正面に座るぼくらの顔に向け鋭い視線を投げた。「これ――、いくらって、つけるの?」

 

 外は本降りになっていたのでタクシーを呼んでもらい、一先ず才介の家に運ぶことにした。才介は、大きな風呂敷包みを両膝の上で大事そうに抱えながら、喜びを隠しきれない表情で「いったい、いくらつけるよ」と問いかけた。それに対し、ぼくはここまで完璧に直るとは思わなかったので、気がそちらへいっており、「完全に無キズにみえるな」と答えていた。それを聞き才介は思い直したように大きく肯く。「そう! それだ。あの本庄の蔵で見たのとは大違いだ。まさか、ここまでになるとはなあ。さすが、名人!」雨の影響か、前の車両が急停車したのを受け、運転手がブレーキを踏み込んだため一瞬ガクンと身体が前に動いた。「運転手さん、気をつけてくださいよ。こちとら、だいじな物を持ってんだからさあ」と少々声を荒げる才介に「すみません」と運転手が謝る。

 信号が青に変わり車が動き出したところで才介が改めて訊いた。「この修理の出来も加味して、いくらにしようか――」実は、値付けに関してはすでに頼むひとを決めていた。値付けもそうだが、これの品評も訊いてみたかったのである。ぼくが迷っていると思ったのか才介が提案した。「古九谷に詳しい先輩に訊いてみるか。真っ二つに割れているけど、どの程度の相場なのか――。おれは250万から300万と踏むけどね、これだけのモノなら」ぼくは考えてから答えた。「それは、やめとこうよ。三代目も値段を訊いたくらいだ。他の同業者に見せたらきっと欲しがって、値段を付けた途端に持ってかれそうな気がする」「うん、その通りだ。それは有り得る話だ」才介は首肯する。「おれら若いから、なめられて、うまいこと言って獲られちゃうからな」「そうだよ。売るならお客に売りたいじゃん」「そうだ。同業に売って、それをまたよそで高く売られたら、癪(しゃく)だ」

 車が大通りをゆっくりと右折した。雨の音に重なるようにして、カッチ、カッチというウインカーの点滅音が耳を打つ。先ほどから規則正しく動いているワイパーをみつめながらぼくは言った。「宋丸さんにみてもらおうかと思ってるんだ――」ずいぶん前から頭にあった案を才介に打ち明ける。「なるほど……。宋丸さんくらいになると横獲りはされないだろうな」才介は笑った。「いいんじゃないの。前に、おまえの天啓赤絵の皿を200万と値付けをした、あの大ベテランがいくらつけるか――おれは、はなはだ、興味深いぜ」「うん。それに従おうかと思ってるんだ」才介は一度笑った顔を元に戻すと風呂敷包みの上で頬杖をついた。「でも、気をつけろよ。そうはいっても、商人だ。しかも、あのくらいの爺さんは、みんな狸(たぬき)だ。のらりくらり言いながら、最後はあっちのペースに乗せられちゃって……。おれは何度もそんな目に遭ってきた」「でも……安い値段はつけないだろう」「いや、高い値段をつけても、なんやかんや言って獲られることもあんだよ。これとこれとこれを下取れとかいって、ずっと売れないでいる不良在庫を無理やりつかまされて、さ」ぼくはぐっと胸を張るように背筋を伸ばした。「そうしたら、当然フェアを優先にしてもらうよ。そこで売れなかったら、高値で買ってください、下取りは無しって言うさ」りきむぼくの顔を才介はおかしそうにみつめた。「ハハハ。まあ、宋丸さんはそんなことはしないでしょう。老婆心だよ。そのあたりはおまえに任せる」才介はそう言うと車窓の景色に目をやり、「しっかし、今年の梅雨はなげえなあ、いったいいつ明けんだよ。早く明けてくれよぉ」と、嬉しそうに顔を歪めた。

 

(第52話につづく 7月31日更新予定です)

安南染付牡丹文盤 15‐16世紀

 

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骨董商Kの放浪(50)

 教授が亡くなったのは、10日前のことだった。前日夜までは普段通りにご自宅で食事をし、その翌朝あまりにも起きてこないご主人の様子をみにいった奥様が、ベッドの上で冷たくなっている教授を発見したとのこと。享年86。ご定命(じょうみょう)といってよい教授らしい亡くなり方のように思えた。葬儀は近親者のみで執り行われたようで、その訃報はほとんどのひとに知らされず、一週間ほど経ってからわれわれ骨董業界に広がっていったのである。当然、教授と関わりのあった――早い話、教授のコレクションを狙っている骨董商たちは続々と弔問に訪れたが、皆奥様から玄関先でシャットアウトをされてしまったそうで、市場(いちば)に集まる古老の商人たちから憤懣の声がしきりと耳に入ってきた。宋丸さんもその一人だったようで、昨日Reiから聞かされた。「教授、急なことでびっくりしたわ。先月もお店に来られていたから。すぐにお伺いしようと思っていたんだけど、断られて……」

 ぼくが最後に会ったのはいつだったろうかと考えた。あれは――、ずいぶん前のことように思えたが、まだふた月ほど前の春先、埴輪の代金をMiuと一緒に受け取りに行ったときのことだった。あのとき教授は全部用意できなかったと言って、札束の入った紙袋と一緒に、Miuが「希望の箱」と名づけた北魏(ほくぎ)時代の石彫をぼくらに渡したのである。そのときの、どこかすまなそうにうつむいた教授の横顔が頭に浮かんだ。「宋丸さんですら、教授のお宅に伺えていないんだ」Reiはうなずいた。「そう。奥さまから、まだ来ないでくださいって。きっと、急な事だったから、気持ちの整理が着かないんじゃないかしら」「そうだね。でも、ほんと、びっくりしたよ。あの教授が」今度は、眼鏡の奥からモノを射抜くようにみつめる教授の鋭い眼が、頭に浮かんだ。

 家に戻るとすぐにMiuから電話があった。「Kさんがお悔やみにいくとき、わたしも一緒にいっていいですか?」ああ、うんと言いながら、携帯を左手から右手に持ち替えた。「実は、どの骨董商も家に入れてもらえないらしいよ」「そうなんですか……。父が、埴輪をもらっていただいたので、是非ご仏壇に手を合わせにいきなさいって言っていて」「そうなんだけどね……」「Kさん、連絡とってみてください。埴輪をおさめに伺ったのが、ついこの間だったので」「そうだな――」埴輪の件もそうだったが、考えてみればぼくは数カ月に一度の割合で教授のお宅に行っては、いろいろとコレクションをみせてもらっていたのだ。すぐに弔問できないまでも、電話でお悔やみを入れるのが筋ではないか。「わかった。すぐに連絡してみる」Miuにそう言うと、ぼくは教授の家に電話をした。

 はい、と言って奥様が出た。「すみません。夜分に、Kです。このたびは、急なことで、お悔やみ申し上げます」「誠に、生前は主人が何かとお世話になりました」声の調子はいつもと変わらない。電話口の向こうで頭を下げている奥様の姿が目に浮かんだ。ぼくは駄目もとと思い一応訊いてみた。「あのぉ……、落ち着いてからで結構ですので、一度ご仏前にお参りに伺わせてください」すると奥様が「明日はどうでしょうか?」と訊いてきたので、えっ、とぼくは思わず声が出てしまった。「は、はい……。よろしいのですか?」携帯を持つ手に力が入る。「結構です。それでは明日お待ちしております」あっけないアポの決定に、なんだか拍子抜けした気分になったが、教授にお別れができることに嬉しさが湧いてきた。思えば、骨董という仕事を始めていくにあたり、教授の家での名品鑑賞は、ぼくにとって何よりの肥やしになり指針になったのだ。明日はこの感謝の念を思う存分に伝えてこようと、ぼくは思った。

 翌日、Miuをともなって近代的な西洋建築の前に立ちベルを鳴らした。ここ数年の間、何度この呼び鈴を押したことだろうとぼくは思った。すぐに扉が開き奥様が俯き加減で現れた。「わざわざお越しいただきありがとうございます」ぼくらは無言でなかへ入る。そして、いつもの日当たりの良い居間へ通される。部屋のなかは、特に変わった様子はない。古めかしい洋書が壁面を飾り、英国製のアンティークデスクの表面が艶やかな光沢をはなっている。ぼくとMiuはそのテーブルに着いて座った。「Kさん、持ってきました? お香典」「うん」ぼくは上着の内ポケットを指さした。おそらくご辞退されるかと思われるが、一応用意してきたのだ。机の上に置いておくのも妙なので、内ポケットのなかに入れてある。Miuの方は、何かお供え物まで持参してきたようで紙袋を携えている。このあとすぐ奥様が例のごとく長盆に紅茶を載せて持って現れるだろうから、お茶が目の前に置かれたときに、それとなくお渡ししようと考えていた。

 そんなことを思っていると、静かに扉が開かれた。ぼくらは立ちあがる。「このたびは、ご愁傷様でございました」いえいえ、と頭を下げた奥様は何も手にしていなかった。すると、「どうぞ、こちらの方へ」と部屋の外へ片手を向けた。おそらく仏壇のある部屋へ直接移動するのだろう。ぼくらは奥様にしたがい居間をあとにした。しかし、行先は違った――。以前に長い間待たされた薄暗い五畳間だったのである。ここに仏壇があるとは思えない。妙だなと思っていると、奥様が「どうぞ、おかけになってお待ちください」と言って下がっていった。

「ここ、希望の箱が置いてあった部屋ですね」Miuが剥がれかけている灰色の壁を見回す。二人掛けのソファに腰をおろし、ぼくはぎくっとした。正面にある紫檀の天拝卓(てんぱいしょく)の上に、あの埴輪の女子が飾ってあったからだ。「あっ、埴輪……!」Miuも驚きの声をあげる。前回は、「希望の箱」が置かれてあったところである。故人を偲んでか、はたまた別の理由があるのかわからぬが、埴輪の皇女の微笑が今日はなんとなく薄気味悪く感じられた。「これを引き取ってくれってことで、ここに出しているんでしょうか?」Miuが長い髪を揺らし嫌な質問を投げかけた。それは、有り得る。マジかぁ……とぼくは思った。

 奥様が戻ってきた。片手にかなり年季の入った小形のスツール、もう一方の手には何やら丸めたハンカチのようなものを持っている。奥様はテーブルの前にスツールを置き、ぼくらと相対すようにその上に座った。ここでMiuが香典とお供え物を出したので、ぼくもポケットから香典を取り出した。「これは、お気遣いをどうもありがとうございます。仏前に供えさせていただきます」奥様はそれらを小さなテーブルの脇へいったん置いた。そして、手に持っていた包みをテーブルの真ん中に置いた。それは、始終教授がズボンのポケットにしまっていた浅黄色のハンカチだった。たしかそのなかには、5~6センチほどの北魏時代の鍍金の仏像の頭が入っていたことを思い出す。最初に会ったときにみせてくれた、また、ことあるごとにやおら掌の上に載せ自慢気に披露していた、あの秀逸な鍍金仏であった。奥様がゆっくりとハンカチを広げると、果たしてその頭が出てきた。ぼくは目を見張り大きく息を吸う。奥様は、テーブルの上にのせた仏頭をハンカチごとぼくの方へ押し動かすと、張りのある声で尋ねた。「これは――、おいくらでしょうか?」

 ぼくは背筋を伸ばし大きく息を呑んだ。値段を訊かれたことではない。このとき、いつも俯き加減に目を伏せていた奥様の眼を初めて見たからだった。その異様な光りにぼくは一瞬臆してしまい、言葉が出て来なかった。教授もモノをみるときは鋭い眼光をみせるときがあったが、それとは異質の光りだった。それは、なにか清らかさとは大きな隔たりを持つ俗物的な光りのように思えた。ただ、その眼には力があった。ゆえに、臆してしまったのだ。「あなたさまも、まだお若いでしょうが、お値段くらいは見当がつくでしょう」奥様はぼくを下から覗き見るようにして続けた。「だいたいのお値段で結構ですのよ――」

 ぼくは仏頭に目を落とした。首のところをベンチのようなもので引きちぎったのであろう。左頬下にその痕跡が痛々しく残っているが、如来の表情は実に魅力的で、螺髪(らほつ)も極めて細かく丁寧にあらわされており、全体を覆う金も上質で、きらびやかな光りを湛えている。もし首から下の部分――おそらく壮麗な台座をともなった立像と思えるが、それが完全な形で残っていたとしたら、重文級の逸品と讃えられ展覧会の常連となっていたことだろう。小さな仏頭とはいえ、名品である。

 ぼくは戸惑いつつ答えた。「こんな優れたものは、他に例がないので……、わかりません」正直なところだった。このレベルとなると、言い値の領域だろう。高くても欲しいというひとは何人もいるにちがいない。専門家でも意見が分かれる、値幅がかなりあるようなモノである。ぼくの返答を聞き、奥様はかすかにうなずくと眼力を強めた。「ということは……お高いってことでしょうねぇ」ぼくが、首を傾げ後頭部をさすりながら「はあ、まあ」と答えると、奥様は眼を開いたまま顔に薄い笑みを浮かべた。それが目の前に置かれている鍍金仏の古拙な微笑と妙な調和を示していた。

 

 帰り道、Miuが言った。「びっくりしました。あの奥さま、めっちゃ怖かったです。すごい圧でしたね」ぼくも衝撃的だった。いつもはずっと目を伏せ自分の気配を消しているかのようなあの奥様が、あんな眼をして話しをするなんて。Miuが続ける。「しかも、お茶も出でこないし。ご仏壇にお参りどころじゃありませんでしたね」ぼくが黙っていると、「埴輪が飾ってあったじゃなかったですか。あれ、わたし、返すって言われるのかと思ってましたが、何も言われなかったですね」と言ってぼくの顔を覗いた。「ぼくも、冷や冷やしてたけど、あれはついこの間のことだから、値段はわかっていただろうし……」

 しばらく二人して言葉なく歩いていたが、突然Miuが正面を向いたまま立ち止まった。「わたし、考えてたんですけど……」思わずMiuの顔をみる。「あそこの部屋、うらぶれてるあの狭い部屋、あそこが奥さまの部屋じゃないかって……。部屋がいくつもあるようなお屋敷だけど、他は全部ご主人が使っていて、奥さまはいつもあの部屋にいるんじゃないかって」「まさか……」「きっと、そうですよ。だから、今日、リビングじゃなく、あそこに通されたんだと思います」そう言われるとこれまでの、ややもすればやつれた感のする奥様の雰囲気が、あの飾り気のない小部屋と重なるような気がしてきた。「あそこが奥さまの居場所なんだと思います」Miuの言葉にぼくは腕を組んだ。一度教授の寝室を訪ねたことがあったが、あそこも教授ひとりの部屋だった。「わたし、今日で三度目でしたが、奥さま、いつも地味な服を着ていて、薄化粧でとても質素じゃないですか。常に控えめで影も薄いし。きっと、博士が骨董に多額のお金を費やすから、奥さまは贅沢もできずにじっと耐え忍んできたんじゃないかって、そんな気がして……。だから、今日のあの姿が、奥さまの本性なんだと思います」Miuのいう本性という言葉が、妙に的を射ているように感じた。「骨董って、怖ろしいですね」Miuはそう言うとまた歩き始めた。

 Miuと一緒にZ氏の店に戻った。三畳台目の茶室に座る。床の間には、教授を偲んでか「希望の箱」が飾られていた。ぼくはいろいろな想いを胸に、ただじっとその石彫に目を注いだ。Z氏は、ぼくらの話を受けて、腕を組んだまましばらく目を閉じていた。「――きっと、骨董に取り憑かれたんでしょう」Z氏は続けた。「しかし、あの埴輪をあの値段でお買いになったのだから、たいへんな目利きにちがいありません。感服します」Z氏は石の彫刻に目を向けた。「きっと、これは、ずいぶんと長い間その方のもとにあったんだと思います。おそらくこれも並外れた執念で獲得した……。しかし、埴輪の代金の一部として、これを選んでしまった――」Z氏は眼をぼくに移した。「これはまったくわたしの想像にすぎませんが、これを手離したこととお亡くなりになったことは、関係があるんじゃないかと……」ぼくはカリスマを見返した。「えっ、これを手離したから、死んじゃったってことですか?」「あくまでも、わたしの勘にすぎませんが……」「……」さきほどのMiuの「骨董って、怖ろしいですね」という言葉が頭のなかをうずまいた。

 

 犬山得二は、相変わらず暇そうに、横になりながらテレビを見ていた。画面には若い女性グループが映っている。ぼくは近づいて目を凝らす。「これっ、AKBじゃない?」犬山がむっくと身体を起こした。「おまえ、知っているの?」「オタッキーの友達が目をつけてて。秋葉原でライブしてるって。新しいアイドルグループだよ」「へえー」と犬山は目を丸めて、「おまえもよく知ってるねえ。しっかし、いったい何人いんだよ、これ?」と指をさす。「たしか40人くらいじゃなかったかな」「しじゅう?」「たぶん、そんくらいだよ」ぼくの返答に犬山は顔をしかめて額を掻いた。「そんなに束ねないと、歌えないのか?」「そういうのが、今の流行りなんだよ、おまえも相変わらず古いやっちゃな」それに対し、犬山はまた額を掻いたあと、丸眼鏡をずり上げ言った。「この間の深夜、NHKで昭和46年の紅白歌合戦の再放送やってたんだけどよぉ、35年前の。ほとんどが、ソロだぞ、歌手は。多くて、はしだのりひことクライマックスか、鶴岡雅義と東京ロマンチカの4人か5人じゃあないか。いったいどうなってんだよ、今の日本の歌謡界は」ぼくは薄ら笑った。「なんだよ、その、はしだのりひことか東京ロマンチカって。そんなの知ってる若者はもはやおまえくらいだぜ。それに、その、歌謡界って言い方も、今どきじゃないね」犬山は、ふんと鼻を鳴らすと、また寝そべった。と思ったら、いきなり半身を起こして卓袱台(ちゃぶだい)に両肘を置き前のめりになった。

「そうだ。おまえに仕事を与えようと思ってたんだ」「どんな仕事?」うん、と言って犬山は鼻の上で眼鏡をしきりに動かした。「おれの親戚だけど、埼玉県の本庄にある旧家だ。本庄といえば、中山道のなかでも、江戸時代に大規模な宿場町として栄えたところだ。加賀藩の参勤交代のときに泊る名家がたくさんあって、そのうちのひとつがうちの親戚のところだったんだ。いわゆる本陣ってやつだ。今でも前田藩からいただいたという代物がお蔵のなかに入っている。なんてったって、百万石だからな。このたびその家を壊すことになって、蔵のなかの物を全部売ることにしたそうだ」犬山はほくそ笑んだ。「どうだよ、でかい山だろう」「要するに秘蔵していた品々ってことだな」「まあな。蔵のなかにずっと置きっぱなしになってた物だからな」「それは、おもろい!」とぼくは音を立てて膝を叩いた。さっそく、才介に話してみよう。

 

 才介はすぐにその話しに飛びついた。「開かずの蔵ってのが最高じゃん!」才介の細い目に力がこもる。ぼくらは今日、月二回行われている或る個人会で美術俱楽部に来ており、その一階の片隅で声を潜めて会話をしていた。「じゃあ、とにかく行ってみようぜ。いつなの?」「犬山の連絡待ちだけど、6月の終わりくらいが都合のよさそうなこと言ってたよ」「了解。ただ、そういう話しは早いに越したことないから、まめに連絡とっておいてくれよ」「OK、わかった」

 密談が終わると雑多のモノが所狭しと床の上に並んでいるフロア中央に戻り、再び下見を始めた。「なんか、あったか」ぼくが訊くと才介はゆっくりと首を左右に振った。「ないね、最近ほんと、モノが出てこなくなったな」この個人会は他の会と比べて出品数も多く、なかには抜けるモノがあるのが特色であったが、そうしたモノも昨今は少なくなっていた。才介は、定窯白磁の杯を片手でつまんで高台をみながら、「これも、なんだかなあって感じだし」と首を傾げた。最近中国陶磁の市場では元明清代の官窯ばかりでなく、こうした宋時代の白磁青磁も値が上がってきている。と同時に本物なのか偽物なのか微妙なラインのモノ――平たくいえばニセモノということになるのだろうが、そういうモノが市場に出回って、しかも結構な値段で取引されているのだ。中国人バイヤーの勢いは、新たな分野へと拡がり留まることを知らない。「どう、思う?」と訊かれぼくも首をひねって、腹に入らないというリアクションをとった。「そうだろうな」と才介は含み笑いで返した。

 競りが始まると、100名ほどが荷を囲んで声を発する。特段高そうなモノはなく、だいたい数千円から30万くらいの値で落ちていた。ぼくらは買うモノもないので、人垣の間からぼんやりとその光景を眺めていた。30分ほど経過したとき、複数の声が重なりながら、最後に「200万!」という張りのある強い声が上がった。落としたのはブンさんだった。「おっ、ブンさん買ったな」才介が首を伸ばす。「何を?」ぼくが訊くと「古九谷(こくたに)の長皿だ」と答えた。「ああ、あったね、さっき。鳥の絵の描いてあったやつ。けっこう競り上がったな」「うん。いいの、買ったんじゃない」結局今日一番高かったのは、その古九谷だった。

 

 会が終わり皆帰りかけたときであった。よお、と片手を上げてブンさんがぼくらの方へ近寄ってきた。ブンさんが間隔を置いて並んでいるテーブルの一つを指さしたので、ぼくらはそこの椅子に腰かけた。皆帰ったようで他のテーブルには誰も座っていなかった。「ブンさん、いいの買ってましたね」テーブルの上に置かれた風呂敷包みを指さし才介が言った。「これか。15年前のバブルの時の5分の1の値段だ。安くなったもんだな、古九谷も。いや……古九谷だけじゃない。日本陶磁全般、値が落ちたな。初期伊万里なんかひどいもんだ。高いのは、中国モノだけだな」ブンさんはテーブルの上にあるポットからお茶を湯呑みに注いだ。

 才介が問う。「で、なんですか?」ブンさんはお茶を一気に飲み干すと、顔を近づけた。「実は、今年の9月にここで骨董フェアがあるだろ。おれはその主催者の一人になっているわけだが――」東京美術俱楽部では毎年10月俱楽部主催の大規模なアートフェアが開催されているが、その前の月の9月に、これとは別に『骨董フェア』が開催されている。これは俱楽部が主催でなく、ブンさんたち何人かの業者が立ちあげたものであり、そこには俱楽部員以外の業者も多数も参加している。これは美術俱楽部の理事を務める三代目の発案で、今後優秀な組合員を東京美術俱楽部に積極的に入会してもらおうと、三年前から始まったイベントであった。

「今回、すでに参加メンバーの締め切りは終わってたんだが、急に欠員が出てな」ブンさんはぼくらに視線を合わせた。「三代目と相談したんだが、おまえら、出てみないか?」「えええっ!」とぼくらは同時に背筋をぴんと伸ばした。「だって、参加費高いでしょう。ぼくら、そんな余裕がないですよ」才介の返答に、ブンさんは、まあ最後まで聞けというふうに手のひらを向けると、またポットからお茶を注いで今度は一口飲んでから言った。「おまえらは、今回、ただだ」「えっ?」「特別にただにしてやる」「どういうことですか?」「まあ、他に声をかければ参加費を払ってでも出たいという者はいるだろう。でも、三代目がいうには、これからは若い骨董商を増やしたい。人口も減っているし、当然この道を目指す若者も減っていくだろう。こうした若い層のひとを育てていくのが、あいつの仕事でもある。ということで、おまえらさえよければ、ブースを出してみないか。外でやっているアートフェアは、規模が小さいし。才介だってよく知っているだろう。俱楽部は、来るお客の層が違う。大物もいる。毎回というわけにはいかないが、どうだ今回、やってみねえか。いいチャンスだと思うけどな」

 ぼくもネエさんにくっついて、外部でやっている小さな骨董フェアに参加させてもらったり、手伝ったりしたことがあった。ひとはけっこうたくさん集まるが、しょぼいといってしまえばそれまでだ。美術俱楽部という大舞台で行うフェアに出展できるなんて、夢のような話であった。才介がいきって立ち上がった。「ありがとうございます! やらしてください。なあ、おい」とぼくに首を動かした。ぼくも立ち上がる。「はい! 是非!」ブンさんはいかつい顔を思い切り崩した。「よっしゃあ、頑張れ! 三代目には、そう言っとく」ぼくらは深々と頭を下げた。

 

 帰り際、才介が身を躍らせながら言った。「こりゃあ、今度のその本庄の蔵で、わんさか名品買わんとな。チャンス到来!」急なことだったので、実感はなかなか湧いてこなかったが、ぼくは胸のなかになんだか熱いものが流れていくのを感じていた。才介はこれまで別の小規模なフェアに単独でブースを出していたが、ぼくにとっては初めての事である。ようやく骨董商としてのスタートラインに立ったような気がした。「でも、どうする、名前?」才介が急に冷静になった。「えっ?」「名前だよ、おれらの。出展するときの名称。なんとか堂とか、なんとか美術とか、そういうの」「そうか、そうだな、決めないとな」「変な名前つけられんしな」当然だ。図録をはじめチラシやパンフレットなどには必ず出展者名が入っている。これはけっこう重要事項だ。開催が9月といえども、いろいろと早めに準備をする必要がある。「店がないから、コンビ名みたいなもんだな」そう言って才介が楽しそうに笑った。う~ん、とぼくが頭をひねっていると「『K&才介』ってのはどうだよ」と、才介がにやつきながら提案した。「なんだよ、それ。売れないお笑い芸人みたいじゃん」ぼくのしかめっ面に才介は腹を抱え「ぎゃははは」と大声で笑った。通りすがりの人びとが一斉にこちらを振り向く。「名前はだいじだから、じっくり考えようぜ」才介は大きく肯くと、「おまえの知り合いにさあ、有識者みたいなひといないの」と訊いてきた。「そういうひとに、つけてもらったらいいんじゃないか。おれらだと、なんか、ずっこけそうだからさ」有識者かあ。そうだな、とぼくは青い空を仰ぎみた。

 

 その夜、ぼくはベッドで横になりながら、名前をつけてくれそうな有識者を頭に描いた。かつらのあいちゃんは、おもろい名前しかつけなさそうだし、宋丸さんは、意味不明な名前をつけそうだし、教授は死んじゃったし、Saeのお父上では気が退けるし、となると、やはり総長か。総長だったら、にこにこ微笑みながら良い名前をつけてくれそうだ。うん、そうしよう、総長に頼もうと決まりかけたところで、なぜかMiuの顔が浮かんだ。彼女は、なかなか的を射た表現をすることがある。ぼくはMiuの発想に意外と感服することがよくあるのだ、と思ったら、今度はZ氏の顔が浮かんだ。なるほど……。Z氏は、見識が深い。骨董の真髄もよくよく理解している。カリスマなら、いったいどんな名称をつけるだろうか――。ぼくはたいへん興味深く思った。

 

 翌日早速Z氏を訪れた。ギャラリー内の小間(こま)で、Miuが巧みな手さばきで茶筅を動かし茶を点てている。しばらくしてぼくの前に置かれた。唐時代の越州窯(えっしゅうよう)青磁の平たい茶碗である。この浅さで上手く点てたなとぼくは感心した。床の間には「有意不在大」と書かれた軸が掛かっている。どこかの著名な禅僧が書いた字なのかもしれない。いつもは、現代作家の曜変天目(ようへんてんもく)を再現した陶板だったり、錆に覆われたブリキの看板みたいなものとか、アフリカの奥地でみつけてきたボロ雑巾を額装し飾っていたりと、もはや美術品の範疇にあるのかどうかもよくわからない作品が多かったのだが、それに比べると、今日は墨蹟(ぼくせき)のようないかにも茶席に相応しい軸が掛かっている。それが、なんだか不思議な感じがした。

 茶を飲み切ったあと、裏を返した。中心部がややへこんだ極端に幅の広い浅い高台がついている。これは、その形が蛇の目を連想することから一般に蛇(じゃ)の目高台と呼ばれている。この高台の形状が唐時代中盤の越窯碗の特長となっている。「これで抹茶を飲むのは初めてです」それに対しZ氏は二三度うなずいた。「実際、中唐ではこれでお茶を飲んでいたんです」「こんな浅い碗で?」「ただ、当時は点てる茶ではなく、沸騰した湯のなかに粉末した茶葉を入れて煮出す『烹茶(ほうちゃ)』というものですがね」「へえぇ。だから、浅いんですか」「お茶を飲む習慣は、中唐期の8世紀半ばくらいに一般に浸透していくのですが、茶碗のなかでは、その越窯の碗が最上とされていたのです」ぼくは身を屈め、両手で丁寧に碗を裏返し高台に指をあて、ひっくり返すと畳の上に置いてしばらく眺めた。オリーブ色の青磁釉の上にうっすら残っている抹茶の緑が清らかに感じられた。

 おもむろにMiuがZ氏に言った。「お父さん、今度Kさん、美術俱楽部のフェアに出展するんですって」「あの10月にやっている展示会に?」「いえいえ、あれではなくて、9月にやる骨董フェアの方です」Z氏は柔和に微笑んだ。「それは、おめでとうございます」ぼくは正座をし直すと、「それで、ちょっと、お願いがありまして」とカリスマに向け体勢を整えた。「なんでしょう」「はい。実は、そのフェアに友人の同業者とふたりで一緒に出るのですが、ふたりとも店を持ってなくて。だから、店の名前がないんです。でも、出展するにあたり、店名をつけなくてはならなくて……。なかなか上手い名前が浮かばないものだから、Zさんにつけていただこうかと思いまして」カリスマは口元を緩め、「えっ、わたしにですか」と言ったところで、点前座(てまえざ)にいたMiuがすさまじい速度でぼくの方へにじり寄ってきた。

「それっ、おもしろそうですね。わたし、そういうの得意です」Miuが目を輝かせる。はあ、とぼくは彼女に目を合わせ「なにか、いいの、思いつく?」と訊いた。Miuは癒しのまなざしで斜め上に視線を上げ、「要するに、ふたりで一つってことですよね。車でいうと両輪、飛行機でいうと翼……。ここはやっぱり、翼ですかね。うん、翼だ。大空を、つまり天を翔る翼で……天翔翼(てんしょうよく)。うん。『古美術天翔翼』。いかがですか?」「……」戦前の政治結社かよ……。「あとはねぇ」Miuは嬉しそうに小刻みに膝を叩く。「前に、Kさん、変人の話したとき、Kさん、自分を変人の翌檜(あすなろ)っていってましたよね。あれ、わたし、超気に入ってて。でも、翌檜は、檜にはなれないんですよね。そうしたら、やっぱり檜になるってことで、ふたつの檜って書いて、『古美術双檜(ふたひのき)』ってのは、どうです?」「……」大相撲の力士の四股名かよ……。「あとは、やっぱり」と言って今度はしきりと頬をさすりながら、「これからは、海外にも打って出る時代じゃないですか。古美術ってのも古臭いかもで、アートってつけたいですね」Miuがやけに目に力を込めた。「美術という仕事を、真っ直ぐ一心不乱に精進するってことで、『アートMUGA-MUCHU』。敢えて、ローマ字表記にしてみました」「……」何か、遊ばれている気がする……。「あとは、ですねえ」と、Miuが目を閉じ両手の人さし指を頭の左右に載せ、完全な一休さんの思考スタイルをとったところで、ぼくはZ氏に問いかけた。

「あの床に掛かっている軸の文字は何と読むのですか?」ぼくは、「有意不在大」の五文字が先ほどから気になっていたのだ。「あれですか」Z氏も掛け幅に首を動かす。「意(い)有(あ)るも大(だい)に在(あ)らず。――白楽天(はくらくてん)の詩の一句です」カリスマはその文字にじっと目を置いたまま説明を始めた。「白楽天は、唐時代の後半期を生きた高級官僚で、詩人としてもその名声をほしいままにしていました。エリートの階段をあっという間に駆け上がり三十代にして天子の側近に仕える役割を担った人物です。しかしある事件をきっかけに四年間ほど左遷をされてしまうのです。ちょうど四十代半ば頃でしょうか。これは、その左遷された地方で詠んだ短い詩の一句です。帰路の途中にある小さな池を眺めてつくった五言古詩(ごごんこし)の最初の一句が、この意(い)有(あ)るも大(だい)に在(あ)らず、です。その六句からなる詩の内容は、意有るも大に在らず――つまり、こころのなかに描く思いというのは、決して大きければよいというものではない。そんなことはたいしたことではないのだという一文で始まります。続いて、たとえその池がたった一丈四方ほどの狭いものであったとしても、大事なのは、そこに透徹な水が満々と湛えられていることであり、水面に浮かんだ蓮の一葉がかすかに動くたびに清らかな露が次つぎとこぼれ拡がっていくことであり、浮かんでいる草草の隙間から活き活きと泳いでいる魚が見えることなのだといっています。そしてそういう光景を目の当たりにすると、青い渓流のほとりの住まいに落ち着きたいと思うことだろう、と述べています。最後の一句が、『憶歸靑渓居』で、これは青渓(せいけい)の居(きょ)に帰(かえ)らんことを憶(おも)うと読みます。この青渓の居というのが、人間の理想の住まいのような気がして、わたしは時おり、この『有意不在大』の掛軸を飾りたくなるのです」

 カリスマはぼくの前に置かれた青磁の茶碗をみつめた。「白楽天は、酒をこよなく愛したひとですが、お茶もたいそう好きだったようです。おそらく、こうした茶碗で毎日お茶を飲んでいたのでしょう」すると、カリスマはぼくの眼に視線を移した。「どうでしょう。意有るも大に在らずの心境で、青渓の居をめざしてみませんか」「青渓の居……」ぼくはつぶやくように復唱した。「はい。『青渓居(せいけいきょ)』というと、ちょっと重々しいので。家ではなく、庭程度なら肩ひじ張らずによいのでは。――『青渓庭(せいけいてい)』。いかがですか?」――青渓庭。ぼくはしばし宙に目を置く。なんだか、心が浄化されていくような気がした。「青渓庭かあ……。でも……格好よすぎませんか? ぼくらに、そんな名前」Z氏は微笑んだ。「時が経てば自然と慣れてくるものです。名前負けしないように頑張ればよいだけですよ」はあ、と実感が湧かずに固まっているぼくをみてMiuがバンと畳を叩いた。「いいです、その名前。さすが、父! Sei-Kei-Tei。うん! 才介さんの『S』とKさんの『K』も入っているし。語呂もいいし、そうしましょう」

 目の前の青い茶碗にじっと目を注いだ。――うん、よし! それでいこう! ぼくは笑顔でMiuをみつめた。「すみませんが、もう一服いただけませんか?」Miuは癒しの眼をいっそう細めて「はい」と答えた。

 

 「ほおおぉ、めっちゃくっちゃ、名店って感じじゃん!」才介は大喜びだ。「誰がつけてくれたの?」ぼくがZ氏のことを話すと、さすが、カリスマ! と言って手を叩く。「あとは、フェアに向けて品物を仕入れるだけだ。早く決まらないかなあ、本庄の蔵」そのとき、ぼくの携帯が鳴った。犬山からである。「――例の本庄の家だけどさ。今度の25日の日曜日に来てくれってさ。あとで、住所をメッセージで送るよ。前原って家だ。婆さんがいてさ。それがよお、飯田蝶子そっくりなんだよ。ほんと、瓜二つ。ハハ。だから、すぐ、わかる。じゃあ、よろしく」ブチっというように犬山の電話が切れた。しかし、飯田蝶子って、いったい誰だよ……。ぼくが携帯を手に首をひねっていると、才介が身を乗り出してきた。「今の電話、本庄の件だろ?」「ああ」「で?」「うん。今度の25日の日曜日に決まったよ」「よっしゃあ!」才介が勢いよく拳を突き上げた。

 

 梅雨の真っただ中であったが、幸い青空がみえる穏やかな日だった。ぼくらは才介の家の側でハイルーフのバンをレンタルすると、プチプチや段ボールなどの梱包材と大きめの風呂敷を10個ほど後ろに詰み込んで出発した。埼玉県とはいえ、久しぶりの地方への仕入れの旅である。首都高から関越自動車道に入り本庄児玉インターチェンジで降りて、国道17号線に向かう。かつての中山道を突っ切って15分ほどを走ると目印の郵便局がみえた。そこから東へ行くと小学校がある。そして、その向かい側に犬山の親戚である前原家があるということだった。

 「埼玉県といっても、ここまで来ると、なんかのどかだな」才介があたりを見回しながらハンドルを左に切った。田植えが終わったところなのか、ところどころ緑が鮮やかに広がっている。国道沿いにも家がそれほど密集しておらず、途中大きなグランドがいくつかあった。「そうだな。もう少し行くと群馬県だものな」そんな会話をしていると、まもなく目的地に到着した。旧家という感じがしたが、思ったよりも大きくなかった。門のところまで行って表札を確認する。前原とあった。「ここで間違いない」ぼくらはうなずきあってから、最新と思われるインターフォンを押した。

 はい、という女性の声がしたので、名前を告げる。すると、門から10メートルほどの玄関の扉がガラガラと開けられ、小柄な白髪女性が近づいてきた。80歳くらいだろうか。眼が小さくにこにこと微笑んでいる。「どうも、遠いところを、ようこそ」前原家の女主人が頭を下げた。このひとが、飯田蝶子に激似のお婆さんか。さっぱりわからんが、ぼくは頭のなかで蝶子婆さんと呼ぶことに決めた。「今日はよろしくお願いします」ぼくらは蝶子婆さんにお辞儀をする。婆さんは、笑みをたたえながら「どうぞ」と言ってなかへ案内した。

 家の内部は旧家らしく太い柱がいくつもあり、時代を感じさせる色艶を表面にみせている。長い廊下を進むと右手の広い畳敷きの部屋に通された。都合十人はゆったりと座れるだろう横長の大きなテーブルの中央に紺色の座布団が二つ並べられており、ぼくらはその上に座った。正面にはこじんまりとしているが、手入れの行き届いた綺麗な庭が広がっている。

 やがて蝶子婆さんがお茶とお茶請けを盆の上に載せて入ってきた。どっこいしょ、と言いながらぼくらの向かいに座る。「先ずは、どうぞ。お召し上がりを」ぼくらは揃って頭を下げる。婆さんは小さな身体の背を丸め、絶えず笑みを浮かべながら喋り始めた。「うちはね、本家でなくてねぇ、分家なんですよ。分家のねぇ、そのまた分家の、その分家がそこからまた分家した分家なんですよ」どんだけ分家なんだよ、と思ったが口には出せず。「それ、お食べな。煎餅。ちょっと、こわいから、おっかいて、お食べ」完全には伝わっていなかったが、取り敢えず煎餅に手を出した。「そういうことでねぇ、うちは分家なんですわぁ」充分わかりました、というふうにぼくらは深くうなずいた。「本家はねえ、そりゃあ昔、うんと大きなお屋敷でねぇ。ほうぼうから、御殿、なんていわれてなあ。前田藩のお姫様が通るとなぁ、そこにお泊りになりますよ。今でもねぇ、ここのずうっと西の方に、長い白壁の塀が残ってます」蝶子婆さんは、ちっちゃな目に力を込めてぼくらの顔をみつめると、卓に両手をつき腰を浮かした。「どうです、これから、見にいかれますかね?」「……いえいえいえ」慌ててぼくらは手を何度も横に振る。すぐさま才介が丸めた風呂敷に手を伸ばした。「奥さま。すみませんが、それでは、お蔵の方へお願いいたします」「はぁー、いぐかい? すまんねぇ、話し込んじまって」「そんなことはありません」ぼくが答えると、「得二はなぁ、おおげさじゃから、おっきなこといってたんじゃないかね。蔵っていってもねぇ、物置くらいなものよぉ。たいしたものは、ねえですよ。ふはっ、ふはっ、ふはっ」横で才介が項垂れるのが目の端に映った。

 年老いた女主人の丸くなった背中をみながら、ぼくらは蔵へと向かっていった。庭からいったん外へ出ると歩いて30秒。20坪ほどの白壁の古い蔵の前に立つ。蝶子婆さんが振り返る。「あんたら、車、ぐるっとこっち回して、ここで駐(と)めなせ。あとは、蔵んなか勝手に持ってって、くださいな」そう言うと蝶子婆さんは母屋へ戻っていった。

 

 白漆喰の外壁を眺めながら、ぼくは師匠のことを思い出していた。2年半ほど前に師匠のお供で、ぼくらは福井県鯖江を訪れ二つの旧家の蔵に入ったのだ。たしか本家の方の蔵だったが、そのなかで師匠は又兵衛の掛軸を探し出し、大金をはたいて買い取ったのである。しかし、その後師匠は悪辣な金貸しに引っかかり身ぐるみはがされたわけだが、最後の最後に、又兵衛の絵を扁額のなかに隠してとんずらしたのだった。それ以降、師匠の消息は聞かない。「師匠、どうしてるかなあ」ぼくの声に才介がすぐに反応する。「どうしてんだろうなあ、いま」「なんか、こんな漆喰の白壁みると、思い出すよなあ」ぼくがしみじみ言うと、「あのときの蔵は、この倍くらいはあって、しかも二階建てだったぜ」才介は思い切りよく蔵の扉を開いた。

 三方ある小窓からの光りは乏しかったが、入口のすぐ横にスイッチがありそれを上にあげると電灯がともった。中央に太い柱が二本あり、壁に沿って奥行1メートルほどの棚が何段かに分かれてついていた。正面には棚に置けない大きな寸法のものが並べて置いてある。棚のなかには、大小の古い木箱が無造作に重ねられていた。「さっそく、取りかかろうぜ」才介は右側の棚に向かい、目の高さくらいの棚から先ず物色し始めた。「江戸時代くらいの箱だな、よしっ!」才介は紐を解いて上蓋をはずすと「ありゃあ―」と言ってあんぐりと口を開いた。「伊万里かぁ。しかも江戸後期だな」なかには染付の大皿が入っている。才介は次々と棚に載っている木箱の上蓋のほこりを払いながら、墨で書かれた箱書きをチェックする。「ああ、これも、伊万里だ。まいったなあ。おそらく、みんな江戸後期の伊万里だよ。十客とか二十客とか揃ってても、値段つかねえぞ、こりゃあ」才介が舌打ちし天井を見上げた。ぼくは、反対側の棚を見回す。古箱の一つに「南京赤絵(なんきんあかえ)皿十」と書かれたのを見つけ出した。「おい、南京赤絵ってあるぞ」すぐに才介が駆け寄ってきた。差し蓋になっており、横長のそれを上に引き上げた。左右に五段ずつの仕切りがあり、それぞれに黄ばんだ木綿のきれに包まれた赤絵の皿が入れてある。取りあえず全部出して床の上に並べた。「天啓赤絵(てんけいあかえ)だな」「ああ」図柄は一枚一枚違っていた。仙人図、鳳凰図、花鳥図といった天啓赤絵皿の定番といえる文様ばかりである。以前犬山の祖父(じい)さんの遺品に虎の図があり、宋丸さんがこれは珍しいと言って200万の値付けをし、それをSaeが買ったのを思い出した。その話しをすると、才介は「あったな、そんなこと。でも、いくら虎の絵が珍しいっていっても、ありゃ昔の値段だよ。今じゃあ、50万がいいところじゃね」「まあね……」「今どき十枚一組ってのは、さすが旧家だと思うけど。二枚壊れているし。会に出たら、全部で50~60万ってところじゃないか」十枚の内二枚は割れており、金繕いがしてある。ぼくが小さくうなずいていると、「壊れているのを除いて、売るとしたら、一枚ずつばらして丁寧に売るしかないな」と才介が言った。ぼくもそう思った。

 

 それから3時間近くかけて、だいたいの見当をつけた。買い切るときの値段と、買ったあと、会に流して売るモノとフェアに出して売るモノに分ける。基本的に江戸時代でも後期の伊万里が大勢を占め、中国陶磁もあることはあったが、天啓赤絵とか南京赤絵の皿とか明末の民窯の皿ばかりで、フェアに並べられそうなモノは正直少なかった。才介が苦笑いした。「さすが、分家の分家のそのまた分家だな」それを聞きぼくも唇を緩めた。「でも、どうする? 蔵を壊すから全部持っていってくれってことだろ。到底一回では運べないじゃん」「うん。取りあえず、フェアに並べられる分を優先して運ぼう。残りは、出品する交換会の会主に頼めばここまで集荷に来てくれるだろう。量が多いからそのくらいはやってくれるよ」「で、いくらで買い取るよ」ぼくが訊くと才介は腕を組み、う~ん、とうなった。「伊万里はまとめないと値がつかんから、あとは一点で値の付くモノでも高くて10数万だからなあ、そうなると……。全部で、150万か」本日ぼくらは、限りある軍資金のなかから500万の現金を持参している。「大名品があったら、どうしようかと思ってたけど……。嬉しい誤算はなかったな、ハハ」才介が後頭部を掻きむしりながら、「でも、どうするよ。ここで一点、カタログに載せれるような品物を手に入れるつもりだったんだけど。無いとなると、何にする、カタログ用の一品。おれは、これっていうのが無いぞ。あとは、おまえがこないだ香港で買ってきた染みの強い白い鉢しかないなぁ」――鉅鹿(きょろく)かあ、とぼくは蔵の正面の奥にある絢爛とした輸出伊万里の大壺をぼんやりみながら考えていると、その隣にあるぐるぐると巻かれた赤黒いロープのような平たい物体に目が留まった。高さはないが、結構な幅がある。

「あれ、なんだろう」と指をさす。「だから、18世紀頃にヨーロッパに渡ったきんきらきんの古伊万里の大壺だよ。デカいわりに、今たいして売れねえやつ」「違うよ。その隣の古いロープが巻かれた置物」才介が首を伸ばして見る。「ん? 三度笠かなにかじゃね。何か入ってたとしても、木箱じゃないから、たいしたモノじゃないよ。いいじゃん、会で売れば」ぼくは側に近づいた。よくみると胴径が50センチあろうかという、かなり古い荒縄を編んでつくられた大きな容れ物だった。こんな箱は今までみたことがない。ぼくは取り敢えず開けてみようと思い、平たい三度笠のような形状になっている荒縄蓋をはずしたところで、「あっ!」と声をあげた。「なに、どうしたよ」と言って才介が近寄る。上から覗いた才介も「あっ!」と叫んだ。

 ――それは、古九谷の大皿だった。「青手(あおで)だ……」と才介はみつめる。古九谷のなかに緑色の釉を主張した「青手」と呼ばれる一群がある。白地をみせず全体を様々な色釉で塗り込んでいるのが特徴であり、この皿も、緑、黄、青、黒、白の色釉で構成されている。他の青手同様、文様を黒の顔料で描きその上にそれぞれ色釉をのせている。周囲には青手の象徴である緑を、主文様となる大きな見込みには、波濤文をバックに翼を広げ飛んでいる二羽の鳥が描かれているのだが、波濤が黄色で、鳥は青色の釉であらわし、波濤文のところどころは雲をイメージしているのか白釉が施してある。油絵のような濃厚な色合いと自由闊達な文様描写には、古九谷らしい奔放としたところがあった。そして、なんといっても、主役として描かれたつがいの鳥の翼の表現に驚かされた。それは、異様に思えるほど極端に大きく描き出されていて、いかにも古九谷大皿の持つダイナミックな魅力を充分に伝えていたからである。ただ……しかし……、真っ二つに割れており中央に金繕いがしてある。

 ぼくはしゃがんで手に取りじっとみつめた。才介が、ぼくの頭の上から声を発した。「残念だなぁ、真っ二つかよ。時代は、ありそうだけどな」ぼくはしばらく目を置くと、荒縄の箱から取り出し太い柱の一つに立てかけた。そして、二三歩下がって全体を眺めた。才介も一緒にみる。濃厚な色釉の競演と、大胆な文様構成にぼくの目は釘付けとなった。「真っ二つに割れてるけど、これ、かなりの迫力だと思うよ――」それを聞き才介は皿の前にかがんで大きく右手を広げると、皿の端から端へと動かしながら寸法を測った。「42~3センチあるな。立派な寸法だ。たしかに、本格派だ」

 古九谷の大皿は、同じ図柄がないといわれるほど、一点一点文様が違う。これは大量生産を目的としない、一点限りという特別な品を求めた所以であろう。それゆえ古九谷の大皿は評価が高く、美術館でも主役を張れる存在なのだ。「割れの部分は痛々しいけど、生まれの良い美術品じゃない?」美術品というぼくの言葉を受け、才介はもう一度距離を置き眉根を寄せて皿と対峙した。「……うん、たしかに」ぼくはさらに感想を述べた。「金直しが目立つから、一見ネガティブに感じるけど、やっぱこれ、力作だと思うよ。……割れてさえいなければなあ」組んだ腕に力が入ったのか、才介は両肩のなかに顔をうずめるような恰好でしばらく動かなかったが、いきなり「おう!」と叫ぶと思い切り両手をパンっと叩いた。「いいこと思いついた!」「えっ、なにっ?」ぼくがビックリマークの顔で訊く。「いまKが言ったように、金直しは、昔は上等だったのかもしれないけど、最近はマイナスの印象でみられがちだ。金繕いを取って共直しにすれば、見栄えは良くなるし、生まれが良いものは、それで一気に鑑賞美術品に変貌する。だから、名人に頼んで、綺麗に直してもらう」「名人……?」「ああ、いるんだよ。修復の名人が」「いるのか、綺麗に直せるひとが」「うん。そうすれば、美術館に飾っても、けっこう、いける」才介は親指を立てた。ぼくは青手の大皿に向け目を細め、頭のなかで、中央を切り裂くように入っている金のラインを消してみた。……おおぉ、なんとも、いやはや、名品ではないか――!「よしっ、才介、それでいこう。図録の一品」「オッケェイー! これで、決まりだ」ぼくらは、「イエーイ」とハイタッチする。

 「で――、値段は、どうするよ」ぼくが訊くと才介は上目遣いに考えた。「完品なら何千万もするだろうけど、こう鮮やかに割れてちゃあなあ、なかには参考品っていう見方をするひともいるだろうから……交換会だとせいぜい100万くらいじゃねえか?」「早い話、壊れ物だからなぁ」ぼくは、そうだなという顔をして手のひらを差し出し、「と、いうことは?」と問うた。才介が口元を緩めながら、うん、と一つうなずくと、「全部で、200万ということで――。お頼みしましょう。あのお婆ちゃんに」と言って拝むように顔の前で両手を合わせた。蝶子婆さん、どうかよろしくと、ぼくも笑顔で両手を合わす。才介は軽快な動きで扉の方へ向かうとくるっと振り返った。「よしっ。これがわれら青渓庭の、記念すべき目玉商品第一号ってことだな」そうと言うと、扉をぐいと開け放った。明るい日差しがたちまちぼくの方までゆきわたっていく。ぼくはその自然光のなかで、もう一度大皿に目を向けた。

 

 大きな翼を広げ力いっぱい大海を渡っていく二羽の渡り鳥の姿が、このとき気持ちよいほど、ぼくの胸にぐさっと刺さった。

 

(第51話につづく 6月30日更新予定です)

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骨董商Kの放浪(49)

 淑琴(シュウチン)の押す車椅子が、ぼくとSaeの前を静かに通り過ぎていく。その先には馬上杯の飾られているテーブルがある。しかし、側には寄らず1メートルくらい前でとまった。マダムの祖母が自らの手で押さえたのだ。ぼくの方から、祖母の顔を窺い知ることができた。鑿(のみ)で刻まれたような深い皺の一つひとつに、先ほどの壮絶な人生体験が浸み込まれているように感じ、また、一瞬窓から入った強い日差しによりできた陰翳が、それをさらに強調しているように思えた。陽の明るさによるものなのか、脳裏に去来する過去を思ってなのか、老婦人は眼を線のように薄く細めると宙の一点をみつめ、ゆっくりと口を開いた。

 「凉媛(リアンユアン)――。あなたのことは、景瑛(ジィンイン)から、それは何度もよく聴いていました。あの子の話の大半が、あなたのことだったような気がします――。家族がいなくなったあとも、あなたがたふたりで、手を取り合って生きてきたこと――。労改から戻ってきた父徳謙が亡くなったあと、あなたたちが、意を決して中国から脱出しようと、香港へ渡る商船に乗り込んだこと――。そのときに、自分だけがみつかってしまい、それを最後にお互いが離れ離れになってしまったこと――」そう言うと、祖母は唇を噛み締め眉根に力を込めた。ハンカチを握りしめた右手が小刻みに震えている。

 「景瑛は言っていました――。妹はきっと、無事香港に辿り着くことができたにちがいない。だから、今もずっと香港にいるだろうと――。その後も、あの子なりに必死になって探したそうです。でも、あの子も生きるのが精一杯で……。常にあなたのことを思いながらも、行方はつかめぬままになってしまって……。癌に冒され余命の宣告を受けたとき、最後に妹に逢いたいと、それだけが心残りだと、毎日のように、この娘の淑琴に話しをしていたようです。そんな矢先のこと――、わたくしは、ようやく、景瑛と出逢うことができたのです」

 祖母は濡れた瞳を馬上杯に注いだ。「この馬上杯は、あのとき壊されずに、紅衛兵たちの上役が持ち帰った――。おそらく、その価値がずいぶんと高いことを察知して、自分のものにしたのだと、だから絶対に壊しなんかしてはいない、いつかきっと出てくると――。景瑛は、そう思っていたそうです。そして、もし馬上杯が自分のもとに戻ってくることがあるのなら、そのときは、きっと妹にめぐり逢えるような気がすると――。最期まであの子は、そう願って………、徳謙、冠一のもとへと逝ったのです」マダムが再び両手で顔を覆って跪(ひざまず)き、「ああ、お姉さん……!」と、高いむせび声をあげた。

 祖母が少しだけ馬上杯の方へ車椅子を動かした。「景瑛は、わたくしにその思いたくしたのです。つまり、わたくしには使命ができたのです。なんとしてもあなたに逢って、景瑛のその後のことを語るという――。それは一見、困難な使命のように思えるでしょうが、不思議と、そうは思いませんでした。わたくしは、あなたに出逢える気がしていたのです――」マダムの祖母は、さらに馬上杯に向かって車輪を動かした。

 「中国本土で経済が急成長し、資産家が増大するとともに、美術品――特に自国の美術品を、彼ら新興成金がこぞって買い漁っている。それによりマーケットが急速に拡大し、海外のオークションで、ものすごく高値になっているというニュースを新聞で知りました。そんな折、あれは、景瑛の一周忌が終わった頃でしたか――。淑琴がインターネットでみつけたのです。『母もおばあさまも気にしていた、万暦銘の入った色絵の脚の高い杯は、これではありませんか?』と――」祖母はちらりと淑琴に目を向けてから、馬上杯に視線を戻した。

 「パソコンの画面に映っている拡大写真を見て、わたくしは確信しました。赤い花文様の左上に、ぽちっと付いている緑色の釉(くすり)。――間違いない。わたくしが、居間で毎日みていた、冠一の父が、殊のほか大事にしていたあの馬上杯であると。景瑛の願っていた馬上杯が、ついに現れたのです――。わたくしは詳しい情報を淑琴から聴きました。いつ、どこで行われるオークションなのか――。幸いそのオークションは、これからロンドンで行われるものだとわかりました。しかしその日にちをみて、わたくしは慌ててB社に連絡を入れました。それが、競売の前日だったからです――」

 祖母は、Xiaに目をやった。「Xiaさんが、対応してくれました。わたくしは訊きました。馬上杯に関してのことを――。わたくしの記憶によれば、あれはたしか、同じものが二つ入る、日本では支那(しな)箱といった中国製の布張りの箱に入っていたはず――。お義父さまが、時折りしまわれることがあったとき、わたくしは横でみていた――。『もとは、二つあったんですね』と尋ねると、『一つは失われてしまって、今はこれしか世の中にはないんだよ』と言っていた――。Xiaさんは答えました。『――はい。そういう箱に入っています』と。それで、わたくしは、決めたのです――」

 それまで、うつむいたまま身じろぎもしなかったXiaがすっと首を立て、祖母の話を受け継ぐように話を始めた。「――はい。奥様からお電話をいただいたのが、セールの前日の朝早くでした。馬上杯の情報を訊かれ、答えられる範囲でお答えしました。そして、最後に訊かれました。馬上杯が競りにかけられるのは何時くらいになるのかと――。わたしは、だいたい始まって2時間くらいかと思いましたので、日本時間で午後8時頃とお伝えしました。すると奥様が、それなら自分で競るので電話を繋いでくださいと仰られたのです。わたしは奥様に尋ねました。いくらまで競るおつもりかと――。すると……、『いくらでも――』という答えがかえってきたのです」

 Xiaがマダムに顔を向けた。「わたしは、内心戸惑いました。マダムの、なんとしても買いたいという思いがわかっていたからです。もちろん、奥様とマダムの関係など知る由もありません。本来ならお伝えする必要はないのかもしれませんが、そういうわけにはいかないと思って、下見の最終時間を見計らって、Saeさんに伝えたのです。強い電話ビッドが一本入ったということを――」車椅子の向きが変わった。Xiaは、老婦人とマダムに、交互に顔を動かしながら話を続けた。

 「わたしは、せめて日本語で話しているのがわからないようにと、右手で隠すようにして受話器を持ち、真っ直ぐオークショニアと正対する姿勢を取りました。会場内とマダムとの競り合いが終わったことを告げると、奥様による電話ビッドが、満を持していたかのように、始まりました。『いくらでも――』と言われたとおり、マダムのビッドが終わるや否やすぐにビッドの意思を示し、わたしはそれに応じてチャアマンに向かい手を上げ続けました。ビッドが進むにつれ、マダムの反応が遅くなっていくのがわかりました。ぎりぎりの選択を迫られているのだろうと――。わたしはそちらを見るのが辛かったので、正面を向いたまま、電話に『もう、終わるかもしれません』と伝えました。そして、マダムが落胆の声をあげてパドルを落としたのが目の端に映ったとき、奥様に言ったのです。『これで、こちらに落ちます』と――。チェアマンがハンマーに手をかけたときでした。今度はSaeさんが、パドルをあげたのです。――20万ポンドと言って、値を吊り上げたのです。わたしは電話口で言いました。『これは、まだ、続きそうです――』と。すると、奥様は『そう』と言ってから『続けて』と仰られたので、わたしは左手をあげようとした、そのときでした。『ちょっと、待って――!』と」

 老婦人は車椅子に手をかけ、少し前のめりになると、マダムの顔に視線を合わせた。

 「――そう。わたくしは、ビッドしている相手のことなんか、どうでもよかった。だって、馬上杯を手に入れることが、わたくしの目的であり、使命だったのだから。いくらでも買うつもりでいましたから。でも、あのとき――、ふと気になったのです。どうやら、同じ人がずっと競り続けているように思われる――。そのひとも、この馬上杯にかなり執着を持っているのだと――。だから、いったいどんなひとが競っているのかと気になり、訊いたのです。Xiaさんは答えました。『今、パドルをあげたひとは、日本で有名な中国陶磁コレクションを持っている方のお嬢さんです』と。わたくしは納得しました。やっぱり、あの馬上杯の価値を知っているひとは、そういう方なのだなと――。すると、Xiaさんが言ったのです――。でも、それまでずっと競っていた方は、違うひとだと――。今競り始めたお嬢さんの隣りに座っているお連れのひとが、ずっと競っていたと――。そしてXiaさんは続けたのです――。『そのひとは、チャイナドレスを着ていて、胸元に大きな翡翠のブローチをしている――』と。わたくしは息を呑み、すぐに年恰好を訊きました。するとXiaさんは『年は、40歳代後半から50歳くらいでしょうか。中肉中背のうつくしい方です――』と。わたくしは、受話器を持つ手が震え、一瞬頭のなかが白くなりましたが、――いや、そんなことはない、と思いました。チャイナ服を着て翡翠のブローチをつけている、その年齢のお金持ちの中国人なんてたくさんいるんですから。すると、Xiaさんが付け加えるように言ったのです。『その翡翠のブローチは、お母さまの形見であると、その方は仰っていました――』と」

――ええっ、まさか……。えっ…………、……凉媛……? わたくしが受話器を握ったまま黙っていると、Xiaさんが、『どうしましたか? 続けてビッドしてよろしいでしょうか?』と訊いたので、わたくしは、はっとわれに返ると、頭のなかを整理するために、そのひとについての情報は他にないのかと尋ねたのです。そうしたら、Xiaさんが思い出したように言ったのです――。

『その方のパドル番号は17ですが、なにやらこれは、かつてご自分の住んでいた北京の家の番号だと――。自分の家だけが、17番地だったと――』それを聞いてわたくしは、愕然とし、受話器を落とすと両手で顔を覆ったのです。――――ああ、なんということか。なんという……。わたくしは言葉を失い、そして――、神に感謝をしたのです。間違いない――。それは、凉媛だ――。凉媛が、馬上杯を競っていたのだと――」

 老婦人は、小さな吐息を漏らすと、再び背もたれに身体を預け、ステンドグラスの方を見やった。

 「わたくしは、競ることを辞めました。だって、わたくしの本当の目的は、馬上杯を手に入れることではなく、凉媛に逢うことだったのだから。そしてついに、凉媛と繋がることができた――。電話口で、わたくしは、目を閉じ、深く首(こうべ)を垂らすと、流れる涙を頬に感じながら、景瑛に報告をしたのです。ようやく、凉媛と逢うことができるのですよと――」

 Xiaがぼくらの方へ向かい、一歩踏み出した。「ビッドが終わってすぐ、奥様から訊かれました。――いつ、馬上杯は、買主のところに届けられるのかと。輸出のための書類の準備や梱包作業などで、一カ月くらいかかるだろうとお答えしましたら、お願いだから、急いでしてくれと――。そして、到着する日程が決まったら、知らせてくれと――。そのときに、馬上杯をずっと競っていたチャイナドレスのご婦人も、一緒に来てくれるようにと――頼まれました」

 

 移ろいやすかった窓からの陽が、雲が遠ざかっていったせいか、安定した明るさを取り戻したようだった。ぼくの目は老婦人に向けられていたが、同時にその背景にあるパステルカラーの壁紋様も視界に入っていた。すると次の瞬間、その花柄が流れるように動いた。突然、婦人が車椅子をマダムの方へと動かしたからだった。それをみて淑琴が、あっと口を開いて腕を伸ばし進み出る。その手がハンドルに届いたかというときに、老婦人は自ら車椅子をとめた。目の前に立っているマダムを凝視すると、指先に力を込め胸の前で手を組んだ。その手がわなわなと震えている。

 「ああ……、凉媛……」老婦人は深く目を閉じた。「わたくしの所業は……、あなたがた家族を見殺しにしたようなもの。恨まれてあたりまえ。赦(ゆる)しを請うなどもってのほか。でも…………、これだけは、させてちょうだい」婦人はそう言うと、組んだ両手をほどくと膝の上に置き、これ以上にないほど深々と頭を下げた。「ほんとうに……、ごめんなさっ……ぃ……、う、うっ……」語尾はもはや、嗚咽と混じり聞き取れなかった。淑琴がしゃがみ込んで、祖母の背中に手を当てた。それをみるや、マダムが跪いて祖母の痩せた手を両手で握った。「いいえ、いいえ。おばあさまのせいではありませんよ。わたしは、そんなふうに思ったことはありませんでしたよ。今の話を聴いても、恨むだなんて……、そんなこと……。そして、今わたしは、幸せですよ。おばあさまに逢えて……」マダムは、重ねた手のなかに顔をうつぶせた。車椅子の銀髪が何度も大きく揺れるにしたがい、お互いの泣き声が、広間に染み入るように響いていった。隣にいるSaeから、すすり泣く声が聞こえる。

 「ありがとう……。凉媛。わたくしは景瑛に逢ったとき、これと同じことを言ったのです。そうしたら――今、あなたとまったく同じ言葉を返してくれて……、赦してくれました――。ああ、ありがとう……」

 

 やがて、婦人が顔を上げるのをみて、しゃがんでいた淑琴が立ち上がり、肩に掛けていた小さなポーチのなかから、小ぶりな透明なシートを取り出した。なかには、10センチ四方の、なにやら折りたたんだ白い布が入っている。淑琴は、それを両手で大事そうに持って、マダムの前に立った。それに応じてマダムが立ち上がる。淑琴は手にしたものを、そっとさし向けた。

 「母の……、叔母さまへの形見はたくさんあります……。でも、母から、もし叔母さまに逢うことができたら、先ず、これをわたしてくれと、ことづかりました」淑琴の白い手に、泣きはらした目が大きく見開かれる。「こ、これは……、ハンカチ……」マダムは透明なシートから白いハンカチを取り出すと、「お姉さんが大事にしていた……。わたしが何度も欲しいと言ってもくれなかった……」と言って、手を震わせながらそれを広げた。このとき、そのひと隅に赤い刺繍が施されているのがみえた。その刺繍の文字を見てマダムは再び跪き、ハンカチを胸の真ん中で引き裂かんばかりに握りしめると、「ああぁっ!」と太く短い叫び声をあげた。そして、身体を震わせハンカチに顔をうずめた。

 ――そこには、「凉景」の二文字が記されていた。淑琴が赤い眼をうるませて言った。「母は、亡くなる前に、自分の『景』という字の上に、『凉』の字を、同じ赤い糸で縫いつけました……。これで、思いが届くだろうといって……」

 それが聞こえているのかいないのか、マダムはうつろな眼を宙に浮かせたまま、しばらく放心したように呆然としていた。無音がしばらく部屋を包んだ。すると突然、壊れていた玩具が何かの拍子に突然動き出したように、ハンカチを握りしめた右手を高く振りかざすと、狂ったように、床に拳を幾度も叩きつけた。

 「なによ! お姉さんったら……、ハンカチは別れの印(しるし)になるからって、くれなかったくせに! ねえ、なんで、なんで……今、くれるのよ……」叩いていた右手が徐々に弱まり、やがて床の上でとまった。「なんで………、……死んじゃったのよ……お姉さん!!」泣き崩れるマダムをみかねて、Saeが近寄りその背中に抱きつくように覆いかぶさり、顔をうずめた。「マダム……、マダム……」しかし、その次の言葉が出てこなかった。ぼくも目を瞑ったまま、ただうつむくしかなかった。淑琴がマダムの側に寄り添い、「叔母さま……」と言って、マダムの右手から皺にまみれたハンカチを抜き取ると、丁寧に四つにたたみ直し、自分の掌のなかで皺をのばした。それをみて、祖母は大きく息を吸い込んでから言った。「ハンカチを贈ることは、中国では縁を切るという別れの意味がありますが、決してそれだけではないのよ。これには、――自分だけのものですよ、という意味もあるのです。『凉』の字を縫い付けたのは、このハンカチは、景瑛と凉媛の二人だけのもの、という意味でしょう……」

 

 もうすっかり雲が切れたのだろう。窓から入る日差しにいっさい翳りはみられなかったが、それは何か西日に近い気だるさを漂わせており、場を重苦しいものにしていた。ずいぶんと長い間、マダムの抑揚のない泣き声が、まるで長雨の音のように、止むかげもなく室内にさめざめとひたり続けている。オークションセールの終わった晩の食事の際、マダムは、思いを込めた最後のビッドが通じなかった瞬間、わたしは天を恨んだ、と言っていたが、今もそう思っているのかもしれない――。ぼくも今それを痛切に感じ、どうしようもない悲しみの置き場を、こころのなかに探していた。マダムの背中に寄り添ってしきりと撫で続けるSaeの左手が、むなしく繰り返し再生される映像のように、ただひたすらに悲しく目に映った。Xiaも淑琴も一様に下を向いており、この陰鬱な気分になす術がないようにみえた。悲しみの木霊(こだま)と化し、どこまでも広がっていくマダムのすすり泣きに、車椅子がぐいと動いた。

 

 「しっかりしなさい――! 凉媛!」暗澹たる空気を一閃するような鋭い声が放たれた。「凉媛……。わたくしが言える立場ではないことは重々承知しています。しかし、酷なようだけど……、あなたの祖母として、言います。――しっかりなさい!」マダムが驚いたように顔をあげた。涙の粒がまだ瞳のなかで揺れ動いている。「……凉媛」祖母の眼が薄く和らいだ。その眼をマダムがじっと見据え、「……はい」と答えた。「景瑛は……、わたくしのなかに、淑琴のなかに、そして、あなたのなかに……、生きています。景瑛は、生きているのです……」祖母は、淑琴からハンカチを受け取ると、「景瑛は、きっと、わたくしたちのことを、見守ってくれているでしょう」と言って、しゃがみ込んだマダムの膝元に車椅子をつけると、ハンカチをそっと差し出した。少し落ち着きを取り戻したマダムが、自らのハンカチで頬を拭いながら、祖母の顔を見あげて、白いそれを受け取った。そして、自分に言い聞かせるように二度三度とうなずいてから、涙で濡れた自分のハンカチをしまい、姉のハンカチを胸の前のまえにもっていくと、やがて、かすかな微笑を浮かべ、そっと目を閉じた。

 「……ありがとう、……お姉さん」マダムは白いハンカチに刻まれた赤い二文字を、両の掌で包んだ。それをみて、Saeがマダムの肩に優しく手を触れ立ち上がる。祖母も顔を緩めると、首をプラタナスの緑葉を反射したアーチ形の窓の方へ動かした。そのまましばらく、外の景色を眺めるようにじっとしていたが、やがてゆっくりと、マダムの方へ戻した。このとき、その顔から笑顔は消えていた。そこには、何か覚悟めいた厳しさが漂っていた。祖母は、強いまなざしで、車輪にかけた手に力を込めた。

 

 「さあ――、これからが、わたくしの本当の使命です――」一同の眼が老婦人に注がれる。婦人は、これまで同様、言葉の節々に老齢さを感じさせない物言いで、毅然として言った。「あなたは、さきほど、わたくしを赦してくれましたね……」それを聞いてマダムが「……はい」と、一つうなずく。「それをもって、改めて、あなたにお願いがあります――」マダムは屈んだまま姿勢を正した。「なんですか? おばあさま」祖母は右の掌をすっと上に向け合図した。「さあ、立ち上がって――」マダムが立ち上がる。

 「わたくしの最初で最後のお願い――」マダムの瞳に目を据え、祖母は口を開いた。「あなた……、お子さんはいらっしゃるの?」それに対し、「……いいえ」と、マダムは首を横に振った。「そう……。わたくしは、もう老い先が短い……」そう言うと、祖母は細い手で横に立っている淑琴の腕をつかんだ。「どうか、この子を、あなたの子供にしてもらえないかしら――」

 

 マダムは、祖母から右へと視線を移した。艶やかな長い髪を持った細面の女性の姿があった。白いブラウスの上に掛けられた薄紅色のカーディガンが、午後の光りを受けて鮮やかに色を強めている。マダムは、淑琴のつま先から頭の上まで眼を動かすと、柔和な眼で尋ねた。「あなた……、おいくつ?」淑琴は、小さくうなずくようにして答えた。「今、二十五です……」それを聞いてマダムは、思わず唇を噛み締めた。口元を震わせ、深く二三度首を縦に振って目を閉じると顔を上に向け、「はあぁっ!」と大きな息を吐き出した。睫毛が震え、涙が頬を伝って流れていく。マダムは、そのままの状態で一度深く息を吸い込むと、次の瞬間、力いっぱい淑琴の身体を抱きしめた。淑琴のうつくしい緑髪が、跳ね上がるように宙を舞った。

 「あの頃の、お姉さんと、おんなじ……。香港行きの商船に乗り込んだときの……。ああ……、お姉さん。わたし…………、間違えちゃったじゃない……。お姉さん……」マダムはそう言いながら、淑琴の背中を何度も叩いた。母を思い出したのか、淑琴は高い声を出してマダムにしがみつくと、肩に顔をうずめ泣き声をあげた。Saeが、何度も洟をすすりながら、両手に力を入れぼくの腕をつかんだ。Xiaが口元に手をあて眼をつむる。

 

 やがて、車椅子の動く音が聞こえた。「凉媛……。わたくしのお願い、受けてくれるかしら――」マダムは淑琴の髪をなでながら、答えた。「――もちろんです」

 すると、マダムは淑琴の両肩に置いた手を離すと、さっと身を動かして、祖母の側にしゃがみ込んだ。「おばあさま。わたしは、今、おばあさまのお願いをききました」祖母に向け澄んだまなざしを送る。「だから、今度は、わたしのお願いをきいてください」涙目の祖母は、マダムをじっとみつめ首を傾げた。「なにかしら……? わたくしにできること?」マダムは祖母の皺枯れた手を両手で包み込み、「どうか……おばあさま」と言って頭を下げた。「……長生きしてください」その言葉を聞いて、祖母は眉をさげ瞼を閉じた。「……そう」と言うと、マダムの左手を取り、自分の膝の上に引き寄せた。そして、甲の傷痕を皺枯れた指先で優しく撫でまわしながら言った。「そうね……。頑張ってみるわ」マダムは、その指の上に自分の右手を重ね合わせ、「絶対ですよ」と言って微笑んだ。

 

 「――さあ、皆さん……」Saeが指で何度も涙を拭いながら「これより……」と言って、壁に掛かっている時計に手を向けた。針は3時を指している。「エリタージュ・ハウス……」Saeが洟をすすり、瞳を濡らして笑顔をつくった。「アフタヌーンティーの時間です――」そう言いながら、小走りに奥のテーブルへ向かっていくと、椅子を一つ引いてにっこり微笑んだ。「一緒に、お茶しましょう!」

 淑琴に代わって、マダムが車椅子を押していく。窓から入る陽光が白いテーブルクロスに反射し、二つの馬上杯の色彩をより鮮明なものにしていた。当然うつくしいに違いなかったが、このうつくしさは、単に作品の持つ美性だけではないとぼくは感じていた。生まれ持った魅力ゆえに、それに取り憑かれ、翻弄されながら流転を繰り返し、そのたびに織りなす物語を抱え、今に至っているという――美術品のもう一つの重要な一面も、このうつくしさのなかに在るのだ。「鑑賞」とは、その背景にあるものも含めて、「みる」ことなのだろう――。そしてぼくは、自分に言い聞かせていた。やはり、この物語は後世に残さなければならないということを――。

 

 「とても、きれいだわ」老婦人は、馬上杯に向け目を細めた。自分の役割が首尾よく済んだという安堵もあったのだろう、それは胸の内から出た純粋な言葉のように聞こえた。「ねえ、ちょっと、取ってくれないかしら」婦人はぼくに向かって言った。「右の方でしょうか?」ぼくが、今回届いた、マダムの祖父の旧蔵品に手をさし向けた。「そう。17番地にあった方――」そして、そっと目の前に置く。「ああぁ……。なんか、あのときより、きれいにみえるわ。なぜかしら……」婦人は皺のたたまれた手のなかで、感慨にふけるようにしばらくみつめていた。「……80年ぶりねぇ。わたくしは、ずいぶん年老いてしまったけれど、これは、ちっとも変わらないのね。きっと、そのせいかしら……」そして、テーブルの上に戻すと、ステンドグラスを見上げ、つぶやくように言った。

 「わたくしが、死の淵でみた……この馬上杯を胸に掲げていた若い女性は、沈麗華さんだったのね……」マダムの胸元にある翡翠のブローチが、今まで以上に鮮やかに輝いたようにみえた。

 

 その後、マダムの祖母は、3年間生き、104歳で天寿を全うされた。マダムの願い通り、長生きをされたと思う。マダムの家で、孫夫婦と曾孫と暮らした最後の3年間は、祖母にとって、17番地で暮らしたときと同じくらい幸せだったようで、亡くなる前に何度もそう言っていたということを聞いた。そして、オークションで入手した馬上杯であるが、このあとすぐにSaeの方の計らいで、マダムに贈られたのである。そして、Saeの依頼した職人たちの手により仕上げられたガラスケースのなかに置かれ、それを囲むように、マダムの姉、父徳謙、祖母の夫冠一、冠一の両親の写真が飾られたのだ。まさに、17番地の居間がそこに再現されたのであった。その後ぼくは、何度もそれを見に行っており、マダムとおばあさまの嬉しそうな顔をみている。――それからのち、馬上杯は、マダムの家からSaeのところに返されて、現在は、ある美術館の展示室に一対で飾られている。

 そして、この出来事から20年ほど経ったのち、ぼくは、あるカルチャースクールで、中国陶磁の文化講座を10年近く受け持つことになるのだが、万暦時代の講義をするときは、必ずこの馬上杯一対を取り上げることにしている。そして、その芸術的魅力を解説することに加え、このモノの流通にまつわるエピソードも話すのだ。なんというか、これが、ぼくの使命だと思って――。

 

 帰り道は、Xiaと二人だった。あたりはすっかり夕暮れどきを迎えていた。公園を過ぎたあたりから、高層ビルの狭間から入る夕日が眩しく目に入ってきて、その茜色で、Xiaの濃紺のスーツが、まるで万暦時代の青花を思わすような艶やかな色合いをみせていた。それまで言葉なく歩いていたXiaが、西日を避けるようにしてうつむいたのを潮に、口を開いた。「わたしの会社は、国際的で、規模も大きく、優れた作品をたくさん取り扱っていますが、自分の仕事は、なんて薄っぺらいものかとつくづく実感しました……。Kさん仕事の方が、ずっと重いです……」今日の日を体験し、なにか厳粛な気分で歩いていたぼくは思わず吹き出しそうになった。「なに、言うんですか? Xiaさんの仕事の方が、全然重大じゃないですか」「いいえ」Xiaの短髪が左右に揺れる。「オークションハウスは、売り手から委託された品をセールに掛けて売るという仕事で、売れた額によって、買い手と売り手から手数料をいただく、そういうしくみです。Kさんたちディーラーのように、身銭を切って品を買い、お客様に売るのとは性質が違います」「はあ……。それは、そういうことだと思いますが……。でも、扱う金額が圧倒的に違うじゃないですか。それは、大きな仕事ですよ」「はい。そう思って、美術品と向き合って、自分なりに真摯にやってきたつもりです。でも……」

 道が左へと曲がり、西日が遠ざかったが、Xiaは顔を上げなかった。「……自分は本当に、美術品を扱っているのかというと、なにか、そうじゃないのかもしれないと思ったりもして……。ビジネスという枠のなかだけで、美術品をみているのではないかって……。Kさんは、好きな美術品を選んで買って、それを好む方におさめているじゃないですか」Xiaがこちらに目を向ける。ばくは笑って答えた。「それは、ぼくに資力がないからですよ。欲しいと思っても、ない袖は振れないし。だから、自分の懐具合のなかで、絞らざるを得ないんです。それも、ちっちゃい懐のなかで。40億円のものなんか、夢の夢の、またその夢ですよ。Xiaさんは、世界を相手にそれができるんだから、ぼくは、よっぽど、うらやましいです」今度はXiaが笑った。「……はい。だから今日、わたしは、心に決めました」正面を向いたXiaの表情は、何か充実としたもので満たされているようにみえた。「セールに出品される美術品一つひとつに、めいっぱいの愛情を注いで取り扱おうと――。だいじに、たいせつに、向き合っていこうと――。そして……」Xiaは、最後にこう付け加えた。「うつくしい物語をつむぐ、ささやかな黒子になれるように――」それを聞き、ぼくは深く肯き、「そうですね。ぼくも一緒です」と答えた。

 後ろを振り返った。緑の奥で夕闇に埋もれていく赤煉瓦の建物が、粛然と佇んでいた。

 

 

 Xiaと別れたあと、ぼくは、自分ひとりでは抱えきれない体験をしたこともあり、犬山得二のところにでも行こうかと地下鉄の階段を降りかけたとき、携帯電話が鳴った。Miuからの着信だった。「Kさん、たいへんです!」声が慌てている。「どうしたの?」Miuが一呼吸入れてから答えた。「この間、埴輪を買っていただいた、あの数学博士が……、亡くなったそうです」「ええっ、教授が!」思わぬ知らせに、ぼくは受話器を耳につけたまましばらく固まった。

 

(第50話につづく 2月28日更新予定です)

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骨董商Kの放浪(48)

 5月末日、東京はすでに暑さが到来しつつあり、その空気はそろそろ始まる梅雨の気配をも感じさせている。ここは本当に都心かと思わせる青い芝に囲まれた一角は、その緑がさらに明るさを増したように映え、赤煉瓦の外観をよりいっそう際立たせている。ぼくは、なんだかまだロンドンにいるかのような錯覚に陥りながら、エリタージュハウスの玄関をくぐった。

 今日の午後一時にロンドンで手に入れた馬上杯がここに届くことになっている。そしてそれに合わせ、Saeとマダムに会うために、ロンドンからXia一行がみえるのだ。出品作品が、マダムの果敢な競りによりかなり高額となったこと、またそれが世界でも知られているエリタージュ・コレクションに加わるということもあって、どうやら英国から直々にB社幹部が表敬訪問に来ることになったようである。マダムであるが、馬上杯が手許にくる今日、その後についての打ち合わせをしたいということになり、先にランチでもしながら名品の到着を待つことになった。ゆえに、ぼくも昼前に伺うことになったのだ。

 ぼくは約束の時間より30分早くエリタージュに入った。待合の場所によく使われる一階のバーカウンターでSaeを待つ。Saeに会うのは、ロンドン以来であった。宋丸さんに見せるために染付小皿一対を借りに伺ったときは、Saeは現れず、レストランの支配人が対応した。先日馬上杯の到着の知らせを受けたときの電話で言葉は交わしたものの、翌日小皿を返却に来たときもSaeは出て来なかった。ぼくはエントランスホールで、支配人に手渡したのである。ロンドン最後の一夜の出来事が、彼女を気まずくさせていたことは確かであった。ぼくも同様で、ロンドンから帰国したあとも、部屋の窓からみつめたSaeの鮮やかな後姿がことあるごとに脳裏に去来し、ぼくの気分をやや物憂いものにさせていた。

 「Kさん、お久しぶり!」カウンターに腰かけ俯いていたぼくは、その声ではっと顔をあげた。白地に黒のドットが端正に散りばめられた、清楚なワンピース姿が目の前にあった。Saeは晴れやかな顔を振りまくようにして、ふわりとスカートの裾を揺らしぼくの隣りに座った。同時に彼女の甘い匂いが漂い、ぼくは思わず椅子に座り直すように腰を浮かした。「ああ。この前は、小皿、どうもありがとう」それに対し、Saeはいつものようにゆったりと微笑むと、「マダムも早めに来るみたいよ」と言った。「ランチの用意ができているから、2階へいきましょう」Saeは腰かけたと思ったらすぐに立ち上がり、エレベーターへと向かって足早に歩きだした。

 個室に入るとSaeは、「マダムがそろそろ来るから」と言ってすぐに部屋を出ていってしまった。何となくよそよそしいさが感じられたが、ぼくは出された紅茶を口に運びながら、ロココ調に内装されたパステルカラーの壁にしばらく目を向けていた。今日はよく晴れているが、雲が多く風も吹いているのだろう。射し込む陽光の具合により、地の萌黄色が明るくなったり沈んだりと微妙な変化を繰り返していた。やがて静かに扉が開かれ、Saeを先導にマダムが入ってくるのがみえた。ここという大事な時に決まって纏うシルクのチャイナドレスと胸元を飾る翡翠のブローチが、窓から入る柔らかな外光を受け瑞々しく輝いている。「Kさん、今日もご足労いただいてありがとう」柔和な笑みにぼくは手を横に何度も振った。「いえいえいえ。馬上杯が並ぶ日に立ち会えるなんて、こちらこそありがとうですよ」「そうね。今日は、本当にありがたい日だわ」その笑みは深いものに変わった。

 給仕たちによりランチの支度が始められた。テーブルを包むその小さな音を聞きながらマダムはSaeに顔を向けた。「何時に到着するのかしら」「午後1時ときいています。あと、1時間ちょっとですね」「Xiaさんが運んでくるのかしら?」「おそらくB社専属の美術梱包会社が配送してくるのだと思います」「そこにXiaさんたちも一緒に?」「はい、たぶん。配送会社と連絡を取って、到着する時間に合わせて、皆さんこちらにみえると思います」「そう。でも、さすがだわねぇ。わざわざイギリスから立ち合いに来るなんて」それに対しSaeは小さな笑みを漏らした。「本当に。そこまですることないと思うんですよ。今日は、父はいないって言ってあったのに」「そういうわけにはいかないでしょう。ここにおさまるんだから」マダムは声を立てて笑った。

 出されたアミューズを食べ終えるとぼくは訊いた。「4階で梱包を解いて並べるの?」ここの4階が展示室になっているので、当然そうなるとぼくは推測したのだ。展示室中央にある小物の秀作がずらりと陳列されたガラス張りの吊りケースのなかに、二つの馬上杯が確然と並ぶ様を想像しぼくの気分は急に浮き立った。しかしそれを抑えるかのようにSaeが答えた。「それが、今日は4階でなくて、1階でお願いしますって。Xiaさんが」「1階?」「そう。だから、1階の広めの個室にしたの」ぼくが少々不思議そうな目をして「Xiaさんはエリタージュを知っているの?」と尋ねると、Saeは二三度うなずいた。「うん。何回か来てるわ。おそらく、1階の方が、窓が大きくて陽が入るからじゃないかしら。光が入ってきれいにみえるから」ふうんとうなずくと、ぼくは付け加えるようにして訊いた。「じゃあ、こちらの馬上杯も1階に持ってくるわけ?」「うん。先ずは、並べてみたいじゃない? それから、4階に移動して、展示室のケースのなかに入れて。皆で鑑賞しましょう」それを聞いて気分はさらに浮き立ち、ぼくは目の前に出された冷製のポタージュスープを一気に飲み干した。

 食事の半ばほどでSaeが今後の戦略についてマダムに問いかけた。「今日馬上杯が手許に届いたら、先ずは何をするつもりですか?」メインディッシュの舌平目のリゾットを口に入れ終わると、うんとうなずいてから、姿勢を正して言った。「お姉さんの記憶を呼び起こすために、あの馬上杯が飾られていたときの状態を再現したいの」「再現……、ですか?」「そう。あれは私たちの住んでいた家の広い居間の、一番日の当たる場所に、ガラスケースのなかに入っていた。ケースの枠が、黄楊木のような木材で仕立ててあったわ。少し黄色みを帯びた艶のある硬い木。杯の載っている下地の部分は、確か濃い紫のビロードのような素地だった。それらを克明に再現して、写真を撮るの。あのときの情景を思い出すために――」Saeはナイフとフォークを皿の両端にかたりと置いた。「それは、いいですね。それじゃ、ここの展示室の台やインテリアをしている業者に早速頼んでみましょう。古い材料も持っているし、仕事は巧みだから」「Saeさん、本当にありがとう」深く頭を下げるマダムにSaeは首を左右に振った。「何いってるんですか。善は急げで、こういうことは良いアイデアが浮かんだら、すぐに取りかからなくちゃ」「そうね。わたしも小さかったあの頃の記憶を呼び起こすわ」

 

 食後の飲み物をとっていると、部屋の扉がノックされた。時計を見ると、1時に近づいている。扉が開き蝶ネクタイの支配人がかしこまって入ってきて、荷物の到着を告げた。「1階の個室に皆さん入っていらっしゃいます」その声でぼくらは席を立った。「ふう」という短い深呼吸がマダムの口から聞こえた。「さあ、いきましょう」Saeの言葉にも自然と力が入る。

 1階の個室は二間になっており、奥の広いスペースに、8人掛けの長いテーブルが置いてあるだけの贅沢な空間だった。手前の入口の部屋には重厚なソファが向かい合わせに配されている。縦に長い大きな窓がそれぞれの部屋に三箇所ずつ設けられており、アーチ形になっている上の部分にだけ、赤、緑、黄色のステンドグラスがシンメトリーに施されていた。天井から吊るされているシャンデリアの豪華さも相まって、それはまるで貴賓室のような雰囲気を感じさせた。

 ぼくらが入ってくるなり、Xiaがお辞儀をした。「このたびは、ありがとうございました」おかっぱショートの黒髪がさっと揺れた。「Xiaさん、わざわざロンドンからお越しいただきありがとう」Saeに続きマダムも頭を下げる。「わたしまで、お声をかけていただき感謝します」「とんでもないことです」Xiaはマダムに近づいた。「いつもながら、素敵なブローチ」Xiaはマダムにじっと眼を合わせ、「本日はわたしの方からのお願いをきいてくださいまして」と言った。お願い……? ぼくは眉にやや皺を寄せると、Xiaの隣に目をやった。緑色の作業着に身を包んだ梱包会社のスタッフが二人、1メートル四方の木枠のついた箱を挟んで並んで立っている。その木箱を見てマダムは目を丸めた。「えっ!? これに馬上杯が入っているの?」「はい」Xiaの返答を補うようにSaeが説明する。「厳重でしょう? 海外からの梱包は厚めの段ポールを二重にしてその上に木枠の箱をつくって、こんな感じで運ばれてくるのよ。わずか10センチほどのものが入っているとは思えないでしょ?」「そうなの? びっくりしたわあ。何か違うものが入ってるのかと思っちゃった」しげしげと木枠の梱包箱を眺めているマダムの横でSaeがXiaに尋ねた。「あとのお二人は?」「はい。先ほど連絡があり、もうそろそろ到着するようです」どうやら、チェアマンとヴァイスプレジデントは遅れているようだ。「それでは梱包を解きましょうか」Xiaの合図で、二人のスタッフが手に工具を持ち手慣れた動作で開梱を始めた。

 あっという間に木枠の上蓋が外され中に入っている外側の段ボールの箱が取り出された。留めてあるテープをはがすと、なかには大小二つの段ボールの箱が入っている。横長のものは、馬上杯のオリジナルのシナ箱が入っていて、そしてもう一方の30センチ四方の箱には、本体の馬上杯が入っているのだろう。ぼくら三人は、その小さな箱に目を注いだ。作業員が上蓋の布テープをはがすと、なかは粉状に砕かれた発泡スチロールが上面一杯まで入っていた。彼はそのなかに片手をつっこみ、埋もれた砂のなかからすくうようにして、プチプチにくるまれた馬上杯を取り上げた。瞬間「ふうっ」と、一同に小さなため息が起こる。作業員は両腿の上にそれを置くと、小さなカッターナイフを取り出し、透明な緩衝材の膨らみのある箇所に、メスを入れるようにして慎重にナイフをおろした。裂け目から少しずつ緩衝材を開いていき、中心部にある薄紙に包まれたものを、まるで体内から取り出すようにして手許に運んだ。そして、包まれていた薄紙を一枚一枚丁寧にはがし取っていく。やがて、馬上杯が姿を現した。「あぁ」とマダムが声を漏らした。作業員は両手で結び持つようにして、花柄の刺繍の施された真っ白なテーブルクロスの上に置いた。窓から入る陽光で馬上杯が燦然と輝いているようにみえ、「うわぁ」とぼくは思わず感嘆の声をあげた。その隣に、もう一人の作業員によって開梱されたシナ箱が並べられる。

 「それでは、ご確認ください」Xiaの言葉を受けSaeがこちらに目を合わせ合図したので、並んだ椅子の真ん中に腰かけた。ぼくは馬上杯の細い脚部と膨らんだ上部にそっと指を掛け、目の前に引き寄せた。主に口縁部の薄い箇所にぐるりと視線をはわせる。ここが一番損傷を受けやすいところである。じっと見つめる。当然のことながら、特に問題はない。最後に人差し指でそっと撫でるように周囲を触ってからぼくは手を離した。「大丈夫です」そして右側に座っているマダムの前に杯を動かした。マダムは脚の裾部を両手の指で軽く支え固定すると、静かに数秒間瞼を閉じた。「ああぁ、よかった。無事に届いて」そしてSaeの方へ動かす。Saeも杯をしばらく確認したのち、「じゃあ、並べてみましょうか?」と言って立ち上がった。

 すでに1階に移されている古い桐箱を両手に抱えテーブルの上に置くと、差し蓋を引き上げた。箱の中で仕込みのされた馬上杯が姿をみせる。Saeはそれを少しずつ手前に引いて取り出すと、ぼくの前に持ってきた。ぼくはいったん息を呑んでから、それを開梱された馬上杯の横に並べた。「ああぁ……」思わず出たマダムの小さな歓声を聞きながら、ぼくは後ろに一二歩下がり全体をみつめた。緑の奥から入ってくる日の光りがPDFの空間を想起させ、ぞくぞくとした感覚に襲われた。「すげえぇ……」ぼくも思わず声を出した。この世にこの2点しかない、その二つが今並んだのだ。「すげえぇ……」その光景に、もう一度声を出す。これは、デイヴィッド卿も味わえなかった瞬間なのだと思うと、妙に緊迫感が芽生え、胃の腑に力が入り粛然とした気持ちになった。ぼくはさらに一歩下がって、俯瞰するように二つの杯に眼を注いだ。

 

 二つが並ぶことで、その美しさが何倍にも増したような気がしてならなかった。比べてみると、宋丸さんの言うように、エリタージュの方が全体の色の冴えはあるように思えたが、両者の揃った姿をしばらくみているうちに、ぼくのなかに、甲乙つけがたいとか、敢えて一段差をつけてつくられているとか、そんなことはもうどうでもよいという気持ちが生じてきた。それは、何か「一対」の本質のようなものであった。確かに優劣はあるかもしれないが、それも合わせて二つで一つの作品なのではないだろうか、ということである。いくら良くても甲にも欠点はどこかにあり、そしてその欠点を乙が補っているような、お互いが呼応し合い絶妙な調和をなしている――「一対」とはそういうもののようにも思えたのである。宋丸さんの言うことも正解にちがいない。エリタージュの杯一つで充分輝いているのだから。しかし、こうしてマダムの杯と一緒に並ぶことで、真の完成形になるような気がしたのである。

 窓からは柔らかな陽の光りが入っている。それを浴びて、二つの馬上杯の影が重なり一つになっていた。そのシルエットをみつめながら、ぼくは、やはりこの馬上杯は二つでなければならないのだと感じていたのである。

 

 耳の向こうで携帯の振動音が鳴っているのに気づいた。みるとXiaが電話を取っている。はい、と何度か応答すると部屋の扉に手を掛け振り返った。「ご到着されたようです。今、お連れいたします」Xiaは急ぐように出ていった。ぼくとSaeは同時に目を合わせた。「ご到着された……? お連れ……?」作業の済んだ梱包業者が、「それでは、わたしたちも、これで」と頭を下げ、木箱と梱包材を台車に載せて部屋をあとにし、その後ろを支配人が付いていった。突如太陽にぶ厚い雲がかかったのだろう。射し込む日差しが急に衰え、部屋が薄暗い翳で覆われた。

 

 やがて扉が開かれた。先ずは支配人が入ってきた。支配人は、扉を大きく広げると、取っ手をつかんだまま侍するような姿勢で立ち止まった。しばらくして、Xiaが後ろに気を遣いながらゆっくりと入ってきた。目線をやや下に向け慎重なまなざしで、片手を使い誘導している。彼女の後ろに続いたのは、――B社の幹部ではなかった。それは、年老いた車椅子の女性とそれを押している若い女性の二人だった。ぼくはてっきりチャアマンとヴァイスプレジデントが来るものと思っていたので、言葉もなくただその来客をみつめた。車椅子に座っている女性は、痩せた細い顔と首に無数の皺が刻まれており、かなりの高齢者のようにみえた。その背後で車椅子を支えているのは、見事なほどの艶やかな長い黒髪をした20代の女性だった。

 そのときである。「あああああっ!!」という大きな叫び声が横で響いた。マダムが口を大きく開けたまま、わなわなと身体を震わせている。そして、右手を前に差し出しながら、まるで霧中をさまようようにゆらゆらと歩き始めた。その先にあるのは、若い女性だった。「あああっ! お姉さん!!」思わず叫んだマダムが一瞬足を止め、驚きと喜びと違和感が交錯した表情で黒眼を揺らした。「お、お姉さん……?!」再びもつれるような足取りで歩みを進め、その女性に辿り着くと、白い顔をして言った。「えっ!? あ、あなたは……?」このとき車椅子に載っている老婦人が、がばっと崩れるように背中を折り曲げた。「ごめんなさい!!」細く枯れた身体から発せられたとは思えない張りのある声が室内に響きわたった。老婦人はむせび泣くように、「すべて……、わたくしが……、わたくしが、悪いのです!」と言うと顔をあげた。その声の主にマダムは目を合わせた。「あなたが、凉媛(リアンユアン)……。徳謙の娘……」「ええっ……!?」マダムは大きく眼を開いたまま老婦人を凝視した。老婦人は、左手をわなわなと震わせながらマダムの方に指を向けると、「あああっ……!」と身体の底から絞り出すような叫び声をあげた。老婦人は顔を小刻みに動かすと、細く小さなまなこから大粒の涙を流した。「うううっ……」皺がいっそう深く刻まれた顔はくしゃくしゃになり、枯れ果てたその眼からこれほど流れるのかというほど、老婦人は涙で頬を濡らした。

 

 どのくらいの沈黙があっただろうか。それは長くもあり、短くもあった。マダムが判然としない顔つきで老婦人に問いかけた。「ひょっとして…………、お、おばあさま……?」老婦人は眼に力を込めてしっかりと首を縦に動かした。「そうです。わたくしは、あなたの、祖母です。凉媛」その毅然とした物言いには、生粋の気高さが感じられた。すぐさまマダムは黒髪の女性に目を向けた。「それじゃ、このひとは……?」祖母は目をつむり眉間に深い皺を寄せると、喉元を揺らし低い声で答えた。「この子は……、あなたの姉、景瑛(ジィンイン)の娘……」それを受け、女性は静かに頭を下げた。「はじめまして。叔母さま。わたしは、淑琴(シュウチン)といいます」それはしっかりとした日本語だった。マダムは瞬時に事の成り行きを悟ったかのように、瞳を大きく開けるとその場に崩れ落ちた。

 「……じゃあぁ、お……お姉さんは……?」おそるおそる口にしたその問いに対し、淑琴は項垂れて答えた。「母は、一昨年、亡くなりました……」次の瞬間、跪(ひざまず)いていたマダムが両手で顔を覆った。「お姉さん…………、ああっ……!」翳りゆく部屋のなかで、マダムの泣き声だけが悲しい旋律を刻むようにしばらく耳朶(じだ)を打った。Saeが俯いたまましだれかかるようにぼくの片腕をつかんだ。その握力は、マダムの泣き声が一定のリズムを持って高くなるにしたがい、強くなっていった。ぼくも放心状態でその光景をみつめた。「お姉さん……!」再びマダムが天を仰ぐように叫んだ。

 ぎいっという車椅子が少しだけ前に動く音がした。老婦人がみずからの手で動かし、マダムの方へ身体を向けた。「わたくしは……、今年101歳になります。若いときに三度自殺を図り、年老いてから二度余命半年と宣告されたにもかかわらず、……まだ生きています。おそらく、それは、あなたと景瑛に懺悔をするためなのだと、そう思っています。今日やっと、そのときがきました――」そう言うと、101とは思えぬほどぴんと伸びた背筋を直角になるくらい深々と折り曲げると、そのまま首(こうべ)を垂らした。祖母の口からも絶えずむせび声が聞こえている。淑琴が腰を折り曲げ、祖母の背中を優しくなでる。「……おばあさま」マダムの瞳がしっかりとした色に変わり、祖母をみつめた。

 

 「どこから話をしたらよいかしら……」しばらくじっと俯いていた祖母が、ようやく顔を上げると、マダムに向かいつぶやくように言った。薄暗い陽の光りを受け、涙で濡れたその顔は鈍い光りを放っている。少し考えたのち、記憶の奥底に封印されていた事柄を、一つひとつ解いていくような口調で、「わたくしの父は、南満州鉄道株式会社の重役をしていました……」と切り出し、老婦人の長い話が静かに始まった。

 

 「当時わたくしは高等女学校を卒業した時分で、北京に住んでいました。中国人の友達も多くいて、そして或る日、朱冠一に出逢ったのです。彼は26歳でした。まもなく恋に落ち、子供を宿しました。それが、あなたの父、朱徳謙です。しかし……、わたくしには、すでに許婚(いいなずけ)がいたのです。成人したら結婚するという相手を、すでに父が決めていたため、当然猛烈な反対を受けました。それもそのはずです。当時、わたくしは、18歳だったのですから……」祖母は上着のポケットから白いハンカチを取り出すと、両目の下をゆっくりと拭った。「それでも、わたくしは駆け落ちのようにして冠一と逃げ、冠一の家で徳謙を産んだのです。冠一の父は、清王朝末期の高級官僚の一人でしたので、家も広く裕福な生活を送っていました。彼の両親は、わたくしたちの結婚を受け入れ、産まれた子供にも優しく接してくれました。わたくしは、実家から半ば勘当された状態になっていましたが、強引に連れ戻されることはありませんでした。実父は官僚肌で、当時の日本軍に多少抵抗しておりましたし、また、世情もそれほど深刻でなかったせいもあったのかもしれません。まだ、日本は大正時代でした……」老婦人は、そこで一息つくように口をいったん噤むと、顔を少しあげて目を閉じ、束の間の微笑を漏らした。

 「徳謙の幼いとき、あの家で過ごした8年間が、わたくしの人生のなかで一番幸せなときでした――」祖母は更に笑顔を増した。「徳謙がやんちゃなときに、居間の一番目立つ場所に飾ってあった、その馬上杯に向かって走っていったときの、お義父さまの慌てぶりっていったら……。本当にあのときが一番幸福だったわ。17番地にある、あの家にいたときが……。そう、あなたが生まれ育ったあの家よ――」祖母は優しいまなざしをマダムにおくった。若干明るくなった陽光であったが、雲の流れの速さに、あっという間に翳りをみせていった。

 「しかし、なんということか、昭和に入ると、愚かな戦争の影が忍び寄ってきました。中国侵略のために、わたくしの父は、北京に本社を持つ満鉄の子会社の総裁に就任したのです。中国の主要地域一帯を交通網により支配することを目的とした会社でした。そして、或る日、陸軍の指令により、わたくしは強制的に日本へ連れ戻されてしまいました。総裁の実の子が、家族の許可なく中国人と結婚しているなんて、表には出せませんものね。もちろん、わたくしは最大限の抵抗をしました。しかし、当然のことながら国家権力にはかないません。毎日のように繰り返される、冠一とその両親に対する陸軍兵の暴行に耐えかねて、わたくしはついに帰国を決意しました。そこで父に交換条件を申し入れたのです。もう中国に戻らないかわりに、徳謙も一緒に日本に連れて行くと。他には何も望まないので、どうか、お父さま、これだけは叶えてくださいと。しかし……、父は、国家権力に屈したのか、それをも反対したのです。やがてわたくしは、独りで帰国しました。それから…………、わたくしは、三度自殺を図りました。しかし、死ねませんでした……。三度目の自殺を見かねて、ようやく父が腰をあげ、徳謙の引き取りを認めたのです。あれは、たしか、昭和5年の春。徳謙が7歳のときでした。心のどこかにわだかまりを感じつつも、わたくしの気分は平安なものになったのです。そして思ったのです。この戦争はきっと日本が勝利するだろう。そうしたら、再び中国に戻れるときが来る。また冠一家族と一緒に暮らせるようになるだろうと――」

 車椅子がわずかに動いた。マダムの祖母は、思いつめるようにじっと瞼を閉じたまま深く息を吸い込んだ。そして、ゆっくりと吐き出すと、再び話しを続けた。

 「しかし、日本の敗戦により、ようやく長い戦争が終わったのです。満鉄は解体され、父の会社も閉鎖となり、陸軍の上官として指揮を執っていたわたくしの親戚筋も皆逮捕され、終戦後わたくしの周りの環境は大きく変わったのでした。父は大きな商社の役員として働くことになり、徳謙も東京の大学を卒業しました。しかし、わたくしが中国に戻ることは許されませんでした。

――それから5年の月日が経ったときのことでした。徳謙が祖国に帰り自分の力を役立てたいと言ってきたのです。彼は大学で機械工学を学んでおり、このとき新進の鉄鋼会社の技術職に就いていました。その話しを聞いた、徳謙にさほど愛情を感じていないわたくしの家族の者たちは皆、それを後押ししたのです。わたくしはずいぶんと思い悩みました。徳謙はわたくしの子供であると同時に冠一の子でもある、いつか日本と中国が国交を回復した暁には、また家族で一緒に暮らせることもあるやもしれぬ、そう思うと息子のしたいようにしてあげるのが、母親であるわたくしのつとめであろうと、結論したのです」

 祖母がやや顔をあげた。明かりのともっていないシャンデリアに、ぼんやりと向けられたようにみえたその眼には、厳しい光りが宿っていた。

 「毎月のように、徳謙から手紙が届きました。もちろんわたくしも返事を書いて送りました。しかし……、今考えてみると、こうしたことが災いしたのでしょう。文革のときに徳謙にあらぬ嫌疑がかかったわけですから……。日本からたびたび送られてくるささやかな手紙によって、あなたがた家族の運命を凄惨なものへと変えてしまったのですから……」ハンカチで何度も顔を拭いながら、老婦人は「ああ……、ほんとうに、ごめんなさい。ほんとうに……ごめんなさい……」と言いながら嗚咽を繰り返し、身体を何度も波打つように震わせた。その間ずっと、淑琴が祖母の背中を優しく撫でまわした。その撫でていた手がおさまった頃、祖母はゆっくりと深呼吸をしてから再び話を継いだ。

 「徳謙は、中国に戻ると意気揚々として仕事に励んだようで、それは彼の手紙の文面からも充分に受け取れました。わたくしは、やっぱりよかったとそれを読むたびに嬉しくなったものです。数年後、息子は結婚することになりました。同じ会社に勤めている台湾出身の女性で、名前は沈麗華さん。一緒に撮った写真を送ってくれました。とても愛らしい優しそうな女性でした。あなたのお母さま――」車椅子の側で跪いたまま話を聴いているマダムに向かい、祖母は優しく目を細めた。「一度だけ、お会いしたことがあるのよ。徳謙がわたくしの家族に内緒で連れてきてくれて。少し線は細かったけれど、とても綺麗なひとだった。何もできないわたくしは、このとき、一番大切にしていた翡翠のブローチをさしあげたの」祖母は少し身体を折り曲げ、顔をマダムの方に近づけた。「あなたが今つけている――それは、わたくしが、あなたのお母さまに贈ったものです」マダムはわずかな吐息を漏らすと、胸元のブローチに右手を押し当てた。「それから、すぐだったかしら、景瑛が誕生した。わたくしの孫――。まだ40代だったわたくしは、まったくぴんとこなかったけれど、たいそう嬉しかったのを憶えています。そして、その3年後にあなたが生まれた――凉媛。戦争が終わっても、わたくしの家族は、冠一との結婚を一向に許してくれなく、そのかわり再三にわたり他家との結婚を薦められましたが、わたくしは拒み続けました。家族の方も無理強いはしませんでした。また自殺でもされたらと思ったのでしょう。しかし、もう自殺をすることなんかいたしません。わたくしは、徳謙の子供、わたくしの二人の孫娘の顔を見たかったのですから」

 このとき、老婦人がごぼごぼっと、背を丸めてしばらく咳きこんだ。すぐさま、淑琴が背中をさする。やがて、婦人は苦しそうな息を漏らして顔をあげた。「ごめんなさい……。普段、長く喋ることがないものですから……」マダムが側に近寄る。「ゆっくりで、結構ですよ、おばあさま。ゆっくりで」「どうも、ありがとう。凉媛……」そして、祖母は少し間をあけてから、話しを再開した。

 「徳謙の手紙で冠一の両親が亡くなったことを知りましたが、家族5人で幸せに暮らしている、いずれ6人で暮らせる日を待ち望んでいる、という内容の手紙を何度もくれました。しかし、昭和35年頃でしょうか。中国社会の様相に変化が起き、昭和41年に毛沢東による文化大革命が始まったのです。そして、その渦に徳謙家族たちも巻き込まれていってしまいました。わたくしの手紙に対する返事もこなくなり、酷く心配をしていたとき、中国で暮らしていた女学校時代の親友である文子さんが訪ねてきたのです。今、中国はたいへんなことになっている――。彼女は命からがら逃げてきたというような顔つきで、一通の手紙をわたくしに渡したのです。それは……、徳謙からのものでした……」

 祖母は、まるでその手紙に書かれた一文一文を暗唱するように、ときに眼を閉じて眉根を寄せながら、かみしめるような口調で言った。

 「もう、お母さんには手紙を書けなくなると思います。これは、最後の手紙になるかもしれません。紅衛兵の暴走は止まらず、先日、我が家は襲われました。祖父の大事にしていた骨董品はことごとく破壊され、あのもっとも愛していた馬上杯は、壊されずに済んだものの、紅衛兵たちに奪われてしまいました。この勢いだと、いずれ、ぼくも妻も逮捕されるでしょう。父は傷心し、病に臥せっており、もうながくはありません。問題は、子どもたちです。景瑛は14歳。凉媛は11歳です。ぼくらがいなくなると、二人とも貧しい農家へ売りに出されてしまいます。お母さん、どうか、力をください。お願いします。お母さんのもとを離れ、中国に来てこんな目にあっているのも、ぼくは運命と思っています――」思わずマダムが目頭をおさえ、「ああっ……!」という、何ともいえない悲痛な叫び声を発した。

 「わたくしは、冠一の病状に気を揉み、徳謙の現状をきいて、いてもたってもいられない心境でしたが、先ずは徳謙の願う孫娘二人のことを助けようと思い、文子さんの友人の伝手(つて)を頼りに、二人一緒に面倒をみてもらえる家を探しました。そして、ようやく、ある名家に引き取ってもらえることができ、安堵しました。しかし、そこにも紅衛兵が頻繁にやってくるようになり、その家も引っ越しを余儀なくされ、いつの間にか、連絡が途絶えてしまったのです。その最後の知らせが、わが子徳謙の死でした……。労働改造所での過酷な労働と劣悪な環境が息子の命を奪ったのです。そして、あの綺麗なお嫁さんまでも死に追いやったのです。わたくしの夫、朱冠一も……。あああっ! なんということか――――。

そして、わたくしの身にも、不幸が起こりました。没落華族は戦後になり厳しい生活環境を強いられ、昭和35年頃に興した父の会社もうまくいかず多額の借金を残し、わたくしには、東京郊外の僅かな土地と家だけが残されました。やがて、文子さんも亡くなり、孫娘たちの消息はまったくつかなくなったのです。ただ、中国も文化大革命が終息し、昭和47年に日中の国交が回復したことで、わたくしの望みが少しは繋がったかと思った矢先のことでした。わたくしは大病に冒され、三年間生死をさまよいました。退院後は気力もなくなり、わたくしは、ただ祈るばかりの日々を過ごしました」

 老婦人は椅子の背に身体を預けるようにして首をあげ、弱い外光に薄い色彩を輝かせているステンドグラスに目をやった。

 「90を過ぎての二度目の大病で、わたくしは、死に直面しました。余命も下されており、周囲のひとたちは、一カ月の間目を覚まさないわたくしの息が、いつ止まるのかを待っていたようです。わたくしは深い眠りのなかで、果てしなくさまよっていました。とにかく、ずっと歩き続けているのです。やがて、あたりが少しずつ明るくなっていくのがわかりました。まるで朝陽がのぼっているかのように、わたくしの足元が光を受けたのです。すると、周りの光景が目に入ってきました。目の前に、大きな、海のような川が流れていました。こんなに大きな川は見たことがありません。中国に黄河という巨大な滝のような川があり、わたくしは一度だけ見たことがありましたが、そんな黄河をイメージさせるくらいの大きな川でした。しかし、それは泥のような濁った色ではなく、なにか静謐とした清々しい色をしているように感じました。そして、その向こう岸にはたくさんのひとがこちらに眼を向けているのがみえました。しかし、あまりにも距離があって、また、ひとびとの影がぼんやりとしていて、それが、ひとなのかどうなのかもわかりません。わたくしは、川岸をひたすら歩きました。方角はわかりませんが、なぜか足が自然とそちらへ向かったのです。そして、ある場所で留まりました。向う岸にみえる一角に光があたっていたからです。何人かのひとの影がみえました。しかし、誰なのか、遠くからではわかりません。でも、そこだけに光があたっているのです。わたくしは、目を凝らしてみつめました。そのひと影は、ひどく懐かしい気持ちをわたくしに抱かせました。徳謙かもしれぬ、もしくは冠一かもしれぬ、それとも、冠一両親かも……。わたくしは、その川を越えたくて岸のへりまで歩いていきました。すると、何艘もの木造の船がわたくしの近くにやってきました。気がつくと、わたくしのまわりには多くのひとがいて、その船に次々と乗り込んでいくのです。わたくしも意を決して乗り込もうと思い、船に向かいました。そのときです――。光のあたっている向う岸の群れのなかから、ひとり、わたくしに向かって強い光をはなっているひと影が見えました。ほんとうに、びっくりするほど遠いところでありましたが、それはわたくしに向けられた光であると確信したのです。その光の主は、若い女性でした。顔までは認識できませんでしたが、若い女性であることだけは不思議と判ったのです。そしてそのひとは、両手に持っていた小さな何かをすっとわたくしの前に差し出したのです。ひどく小さいものなのに、そこにだけ、なぜか鮮やかな色がついており、わたくしは、ああっ、と思い出し、強く胸を打たれました。

――万暦豆彩の馬上杯。冠一の父が高級官僚の上役の方から譲り受けた貴重なもの。世界にも一つしかないと、お義父さまはそう仰って、特製のガラスケースに入れて毎日眺めていた、あの麗しい美術作品。赤と青と緑と黄の色が華やかに彩られたうつくしい皇帝の器――わたくしは船に乗り込むことをやめ、遥か遠くで煌めいている馬上杯をしばらくみつめました」

 老婦人は車椅子に手を掛けるとか細い腕を動かし、次の間に飾られている馬上杯の方へ身体を向けた。すぐに淑琴が後ろにまわり、長いテーブルの方へと車を押していく。

 「目を覚ましたわたくしは、それからというもの、父と懇意にしていた政治家を通じて知り合った外務省の方々を頼り、孫娘の行方を必死になって探しました。時間が経っていることもあり、それは簡単なことではなく何年もかかりましたが、ようやく二年前に、景瑛に辿りついたのです。ところが……」祖母は車椅子を支えている淑琴の方へ首を回した。首筋を覆っている皺が音を立てるようにゆっくりと揺らいだ。「景瑛は、末期癌に冒されていました。ご主人は五年前に他界しており、子どもは、この娘(こ)ひとりでした。でも、わたくしは、嬉しかった……。だって、わたくしと血の繋がっている孫に出会えたのですから。それと、曾孫にも会えたのですから……。それからというもの、わたくしは景瑛から、自分の知らなかった家族の生活を聴き、ときに喜びに心を躍らせ、ときに悲しみに打ちひしがれたりしました。しかし、そうしているうちに、わたくしのこころに開いていた穴が、冷たい風がずっと吹き抜けていた数々の穴が塞がれていくのを感じ、充実した時間を分かち合えた気がしたのです。残念ながら景瑛は亡くなりましたが、淑琴はわたくしが引き取って、もう先は短いでしょうが、これからは不自由なく育てようと。ほんとうに、久しぶりに、わたくしのなかに、生きる力が湧いて出てきたのです」祖母はそう言うと、弾力を失った細く薄い右の掌を、車椅子を支えている淑琴の左手の甲の上に柔らかく合わせた。

 「そして、この子の悲しみもわたくしの悲しみも、ふたりの生活のなかで優しく薄れていったときでした。それを待っていたかのように、馬上杯がわたくしの前に現れたのです――」

 

 大きな窓からのぞくプラタナスの木が揺れ、まもなく葉擦れの音がざわざわと耳に入ってきた。一気に雲が流れたのだろう。瞬間強い日差しが入り、二つの馬上杯に濃い影をつくった。

 

(第49話につづく 1月31日更新予定です)

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骨董商Kの放浪(47)

 ぼくは地下鉄に乗り、途中の駅でピカデリーラインに乗り換えると、ラッセルスクエアで下車した。小さな駅である。狭苦しい改札口を出るとすぐに一台のエレベーターがあった。ずらりとひとが並んでいる。ぼくはすぐ右側の階段の方の出口にちらりと目をやったが、そのままエレベーターで待つ人垣のなかに身を置いた。

 ロンドンに到着した翌日、ぼくは大英博物館へ行くためにこの駅に降りた。このときエレベーター前の混雑をみて、階段の方が早そうだと思いそちらへ向かったのだ。現に二人の若い男性が階段出口へと駆けていった。ぼくもそのあとに続いて階段を登り始めたわけだが、なんということか、螺旋状の階段はいくら登っても明かりが見えてこない。前を行く二人の若者も、おそらく旅行者か何かで初めてこの駅に降り立ったのだろう、途中から息を切らし苦笑いを浮かべながら、たびたびぼくの方を振り返っていた。7~8階くらい登っただろうか、ようやく地上に出たときには、無人のエレベーターがそのすぐ真横でせせら笑うかのように停止していた。

 今日この駅に着いたのは大英博物館に行くためではない。駅を出るとぼくは博物館とは逆の方向へ歩き始めた。このあたりはブルームスベリーと呼ばれている閑静な住宅街であり、ロンドン大学のカレッジが点在している。その延長線上にある緑に囲まれたゴードンスクエアのなかにその建物はあった。煉瓦造りの五階建ての、一見すると個人の邸宅である。しかし、表札はない。入口にアフリカ系の屈強なガードマンが所在なさげに立っている。それを見て、ここだなと思った。三代目が言っていた。緑のなかの煉瓦造りの邸宅で、入口でいかつい黒人が見張り番をしている。そこが、デイヴィッド・ファンデーションだ、と。

 ――パーシヴァル・デイヴィッド・ファンデーション(Percival David Foundation)。通称PDF。中国陶磁に関心のあるひとなら誰もが知っている美術館である。パーシヴァル・デイヴィッド卿が心血を注いで蒐(あつ)めたコレクション1400点が、ここにすべて収蔵されている。1920年代から中国へしばしば渡り、自ら習得した中国語を操り、中国陶磁の伝統的鑑賞法を明清時代の書物から学び取ったデイヴィッド卿は、中国政府と直接交渉することで、宮中秘蔵の逸品の塊を入手したのである。それらは、門外不出とされていたモノたち――宋時代の白磁青磁などの名窯の作品、元時代の青花、明清時代の青花、五彩、粉彩などの景徳鎮官窯。かつては紫禁城内に置かれ、各時代の皇帝の座右にあった品々である。辛亥革命後から故宮博物院が開館するまでの十数年間に流出した名品が中枢となっているコレクションは、別名「小宮廷コレクション」とも呼ばれ、中国陶磁における個人コレクションとしては世界随一とされているのである。

 警備員の大男の横をすり抜けるようにしてぼくはなかへと入った。本当はもっと早くに来たかったのだが、馬上杯の一件が終わるまでは気も落ち着かず集中できないと思ったので、敢えて訪れなかった。そして今日晴れて、最高の気分でこのデイヴィッド・コレクションを拝観できることとなったのだ。

 しかし――――、ぼくの意識はやや朦朧としていた。あれは何時だっただろうか。そうだ。朝の5時だった。ぼくはそのとき見た時計の針が5時を少し回っていたことを思い出した。ぼくの横で眠っていたSaeが急に起き出し身支度を始めたので、ぼくははっと目を覚ましたのだ。Saeはぼくに向かい、はにかむように微笑むと目を閉じて、「Kさん。ごめんなさい」と頭を下げ、部屋の扉をあけて出ていった。それに対しぼくは一言も返すことができずに、ただ呆然とそれを見送ったのだ。それから慌てて窓に向かった。今明けたばかりのうっすらとした暁光を右半身に浴びながら、細長く伸びた石畳の路地をいくSaeの後ろ姿があった。一歩ずつ遠ざかっていくその姿は、ある種の寂寥とした雰囲気を漂わせていたが、どこか颯爽としたところもあって、ぼくなんかでは到底近づくことのできない凛とした空気をその身に纏っているようにみえた。

 あけぼのを迎える光と影の睦み合うなかを、振り返ることなくまっすぐ前を向いて去っていくSaeの後姿は、まるで記憶の片隅に永遠に残る映画のワンシーンのように、ぼくの頭のなかに重く沈んでいったのである。

 

 二階に足を進めた。ここは青磁がずらりと並んでいる。イギリスは地震のない国なので、作品がところ狭しと、ある箇所は過剰といえるほどびっしりと詰め込まれているように並んでいた。大英博もV&A(ヴィクトリア&アルバート美術館)もその陳列の乱雑さにびっくりしたものだが、PDFも同様であった。しかし、一点一点のレベルが違う。このクラスの作品がガラスケースのなかを充満する光景に、ぼくの眠気は吹っ飛んでいった。

 プラタナスの葉が覗く窓からはうららかな陽光が降り注いでいる。その光をひっそりと浴びるようなポジションに、その青磁の瓶が飾ってあった。ぼくは吸い込まれるようにガラスケースの前に立った。細い頸から下部へ向かって膨らむ胴の丸味がなんともエレガントだ。高さ18センチほどの、小ぶりでもなく、しかし決して大ぶりでもない、ちょうど好ましいサイズ感の瓶である。その全体が清澄な空色の青で覆われている。――宋時代の官窯青磁の傑作。官窯青磁を代表する南宋時代の作品は、宋丸さんのところにあった二つに割れた碗のように、二重にも三重にも入る貫入を特徴としている。この俗に氷裂文とも呼ばれる、ガラス質の釉のなかに縦横に入るひびが、官窯青磁の美学となっているのだ。しかしこの瓶には、大きな貫入がある程度の間隔を持って入っている程度で、この青磁特有の細かい貫入はほとんど主張されていない。色もガラス質ではなく、とろんとした白味のある青である。しかし、それは見事に澄んでいて、青の調子は通常のものとは異なるが、やはり官作というに等しい高い品格を備えている。南宋の一つ前の北宋時代にも官窯青磁がつくられていると文献にある。それはいまだ解明されていないが、もしあるとするなら、これがその北宋官窯なのではないかとぼくは思った。この青磁は、ここデイヴィッド・ファンデーションにしかない世界に冠たる名品なのだ。本来なら故宮博物院に残されるものであったが、デイヴィッド卿の激烈な執念によって、中国政府から奪取したものにちがいない。

 「これかあ……」三代目も言っていた青磁の名宝をぼくはしばらく眺めた。そして思った。この青は、N婦人のあの青磁――「雨過天青」の、雨が過ぎ去ったあとの湿潤な空の色をした青磁とは異なる青の色。それは天青色にはちがいないが、どこか遠くにあるような空の色をしており、それはイギリスの空の色を想起させた。遥か彼方からやってくる尊い空の色――。デイヴィッド卿は、鉛色につつまれた長い季節であっても常に見ることのできる、この美しい青色を希求したのかもしれない。

 ぼくは上の階へと向かった。ここは元、明、清時代の青花や五彩の官窯作品が占めている。PDFはロンドン大学の敷地内にあることもあり、普段からあまりひとが来観しないところのようで、特に午前の早い時間だったせいだろう、館内はぼく独りであった。展示室の隅に座っている大柄の監視員が新聞を広げている。ぼくの足音を聞くと新聞をずらして一瞥したが、大きなあくびとともにすぐに顔を隠した。ぼくの歩く音と、警備員の時おりめくる新聞の音以外は存在しない静寂とした空間のなかに、明清代の皇帝の器たちが凛然と佇んでいる。ぼくの眠気を覚醒させたのは、単に作品の美しさだけではなく、この空間の峻厳さもあった。ぼくは陳列品に圧倒されながら、その形、色、文様を網膜に焼き付けるように、一点一点に真剣なまなざしを送った。

 PDFには、他の美術館ではあまりみることができない成化年間の官窯作品が群れをなして鎮座している。成化官窯を象徴するパレスボウルと呼ばれる青花の碗が7点、豆彩が7点。1点あっただけでもびっくりするのに、これだけの数は故宮博物院に次ぐレベルである。さすが、小宮廷コレクション。そのうち成化豆彩の壺が目に入った。これも極めて有名な作品。成化豆彩は、先だっての香港セールに出ていた高足杯のように、小ぶりな杯が主流である。おそらく成化帝がこうした瀟洒な作を好んだのだろう。しかも全て精作であり中国陶磁の極みといっても過言ではない。そのなかでも大作――といっても胴径12~13センチくらいの肩からなだらかに膨らむ曲線を持った扁平な壺であるが、胴部に太湖石(たいこせき)と草花文様が豆彩特有の淡い色彩で華麗に描かれている。これは、デイヴィッド・コレクションの高みを雄弁に語ることのできる比類なき一品。香港の杯が16億円となると、これは50~60億、いやもっとするのかもしれないと思った。

 そして、名品が居並ぶこのフロアの一番目立つ場所に威風堂々と置かれているのが、元青花の一対の大きな瓶であった。PDFといえば多くのひとがすぐに思い浮かべる作品。雄大な龍が主文様の高さ60センチを超える大作で、俗にデイヴィッド瓶と名づけられている。これは、元青花で唯一紀年銘の入った作例として学術的に重要視されている。もともと別々のコレクターのもとにあった二つの作品を、卿の執念で獲得し一対にしたことは名談として伝わっている。

 それをみながら、ぼくは昨日の漢宮秋の壺を思い出し、染付で占拠されているケース内を見回した。しかし、元曲に取材した文様の作品はなかった。これだけのコレクションをなしたひとである。元曲図様の作品は執拗に探したに違いない。しかしそのデイヴィッド卿ですら入手できなかったほど、数が限られていたのだろうか。それを考えると30数億円の値段は、決して高くないのかもしれないと感じていた。

 そして、万暦豆彩馬上杯のことを思った。もしこれもデイヴィッド卿の目に触れていたなら、まちがいなく今このガラスケースのなかにおさまっていることだろう。しかも一対で。またギルから買った万暦小皿一対も同様だろう。ただ、元曲青花も馬上杯も小皿も、デイヴィッド卿の前を通ることはなかった。

 美術品の流通には「縁」というものがある。その一つ一つに、それにまつわるストーリーがあるのだ。美談もあれば凄惨な物語もあろう。その中身は、名品であればあるほど抉(えぐ)かったりもする。マダムの馬上杯もそうであるように、その背景には劇的なドラマが横たわっているものなのだ。そして、そのマダムの物語はこれからどう展開していくのだろうか――。ぼくはそんなことを考えながら、4時間に及ぶ観覧を終え外へ出た。

 ロンドンの空は昨日に増して青かった。ぼくは今日、夜7時の便で発つことになっている。初夏のやや強みを帯びた、しかし乾いた冬のような色をした青空に最後の挨拶をするように、ぼくは一度立ち止まると大きく振り仰ぎ空をみつめた。「See you」と言うと、マウントストリートに向かうため、再びラッセルスクエア駅へと歩き出した。

 かつての骨董街は日常の静寂のなかに埋もれていた。ギルの店の前に立つ。昨日Saeからの送金が完了し、空港で申請する税務書類が出来上がったと連絡があったため、ぼくは染付小皿一対をピックアップしに来たのである。扉をあけるとギルが近寄ってきて、うやうやしく頭を下げるとぼくを小さな応接室へとおした。腰かけるや、ギルは背中を一層丸めてぼくの顔をみつめ訊いた。冷たいものがよいか、温かいものがよいか――。どうやら、今日は飲み物が出るようだ。ぼくは少し考えた末、冷たい物を要求した。

 やがてぼくの前に長い筒型グラスに注がれた炭酸飲料が置かれた。うっすらとライム色をしている。ぼくは早速一口飲んで小さく唸った。「これだ――!」この滞在中、何回か口にした味――レモンスカッシュのようだが、ノンアルのジントニックのような程よい苦みがある。なんとも癖になり、また懐かしさも感じさせるこのドリンクについて、ぼくはグラスを持ち上げ尋ねた。

 ――それ、でらっしゃいますか? ビターレモンでございます。ああ、そうですか、初めて聞く名前で。これはイギリスでは古くからある飲み物ですが、そうですねぇ、最近はあまりみかけなくなりましたかねえ。わたしの子供時分には、たいていのレストランには必ずおいてあったものでしたよ。美味しいですか。そうですかぁ。それは、ようございました。日本へは今日発たれると聞きましたが、何日ご滞在されたのですか? 6日間ですか。どうでしたか? 初めてのイギリスは。

 ぼくは頭に浮かぶ事ごとに口を動かし感想を述べた。緑が多いこと。天気が移り変わりやすいこと。歴史を刻んだ煉瓦造りの家々。目抜き通りを飾る大きなユニオンジャック。なにやらこの国にあるすべての物が威厳を放っているように感じた。それは石畳の路面に散らばっていたゴミまでも。そして一番印象に残ったものは――、やはり空の色だった。不思議と遠くに感じる透き通った青の色。その下にいるだけで幸せな気持ちになった。そして、もう一つ――。ブレックファースト。この味には魅了された。

 ――おぉっ、ほっ、ほっ。イングリッシュ・ブレックファーストですか。そんなに美味しかったですか。そうですかあ。われわれのなかでは、労働者の食事といったりするひともおりますが、海外の方は案外好きだというひとも多いですねぇ。毎日食べても飽きないと聞くこともあります。

 美術館はまわられましたか? という質問に、ぼくは、はいと答え、今、デイヴィッド・ファンデーションに行ってきたことを伝えた。まだ冷めやらぬ興奮がにじみ出たぼくの話しを、ギルは目を閉じゆっくりと静かにうなずきながら聴いていた。そのなかで、印象深かったモノの一つに元青花の大きな瓶一対があったことを話しているとき、ぼくの頭に昨日の漢宮秋の壺が浮かんだ。確かあれは、ギルが若い頃に彼の会社で取り扱ったものであったと言っていた。そしてPDFには、元曲図様の作品がなかった。なぜなかったのかという、先ほどのふと抱いた疑問について訊いてみたくなった。

 ――昨日の漢宮秋の壺ですか。実は、あれは、本当に一歩違いだったのですよ。あの壺が手許に届いて、当時の社長がデイヴィッド卿に連絡をしようとしたまさにそのとき、お得意様の一人がたまたまおみえになって。一目で気に入ってしまって。こればかりは仕様がありません。そのお客様におさまりました。これも、縁というものでしょうねぇ。デイヴィッド卿には、たいそう叱られたものでございます。お値段ですか? そうですねえ、当時としても、お高いものでございましたが、昨日のお値段に比べますと……、はっ、ははは。ずいぶんと安い金額でしたねぇ。値段というものは、正直、何が正しいかどうかは、ほんとうにわからないことでございますよ。それ以後も元曲図様の作品は出て来ませんでしたねぇ。わたしにとって、あれが、最初で最後のお品でございました。

 ギルは立ち上がると曲がった背中を左右に揺らしながら奥へと下がり、段ボールで梱包された箱を抱えて戻ってきた。上には税関用の書類が載っている。ギルは、それを手に取り空港での申告の仕方について説明した。その後いったん梱包を解いて、染付小皿を取り出してテーブルの上に置いた。端然と並べられた二枚の皿をみつめ、ぼくは万暦の馬上杯の話しを始めた。是非ギルに聞いてもらいたかったのである。

 ――昨日の万暦の馬上杯ですか。豆彩の。はい。ははあ……。あれを、おもとめになった。そうですか。あれは、貴重な作品でございますよ。確か図録に、日本の個人所蔵品が一点あったと書かれていましたねぇ。へえぇ? それが、あのエリタージュ・コレクションのもの、ですか。それは知りませんでした。えっ? そのエリタージュがお買いになった。ほおぉ、そうですかぁ。それは、ようございました。万暦でも、ああいう豆彩の作品は、わたしも見たことはありませんでしたが。――箱? 箱でございますか。ははぁ、元の箱が付いていたのですか。古い箱。中国の。そうでしょうねえ、あれほどのお品なら、箱にしまわれて大切に保管されていたでしょうねぇ。――ええっ! 二つ入るようになっている箱? ……、一対だったわけですか。

 ギルは、顔をあげるとしばらく宙に目を置いた。やがて、すうーっと息の吸い込まれる音がぼくの耳に入る。とたんに目尻の皺が一気に縮まり、なんとも柔和な表情になった。

 ――そうでしたかあ。なるほどねぇ。うぅん。あれだけのものでございます。もともとペアでつくられたのは、うなずけます。かつては紫禁城のなかの重室に飾られていたのでしょう。二つ並んで。それが、革命後の混乱期に流出し、いつしか分かれて……。それが百年の時を経て、また一緒になった……。ああぁ……、なんという美談でございましょう。双子の姉妹か兄弟か、数奇な運命によって切り裂かれた二人が、ついに巡り合った。バーネットご夫妻の、この小皿とおんなじですなぁ。わたしは、心から祝福をいたしますよ。

 そう言って、ギルは同じ万暦銘の入った二枚の小皿に目を注いだ。ぼくも一緒になってみつめた後、今度はこれら小皿についての話しをギルに向けた。実はこの度、エリタージュにおさまることになったのだ。Saeの父、エリタージュ・ハウスのオーナーが、それだけ貴重なモノならとお買上げくださったのである。

 ――そうですかぁ。これらが、エリタージュに。それは、なんとも、嬉しいお話でございます。二枚揃って、飾られるのですね。はあぁ……。あぁ……。…………。ああ……ごめんなさい……。あぁ……ごめんなさい。つい、嬉しくて……、涙が……。わたしも、齢をとりましたので、そんな話を聞きますと、すぐに涙が出てしまって……。ああ、本当に、こういうときは、長生きしてよかったなあと、しみじみ思うものでございます。ありがとうございます。あなたに最初にお会いしたとき、普段は知らない方にお見せすることのないものだったのに、なんだかあのとき、ご覧になっていただきたい気分になりましてねぇ。これも、縁(えにし)というものなのでしょうねぇ。まったく、ほんとうに……。

 

 

 香港の日差しは一週間前よりもパワーアップしていた。ハリウッド・ロードへ続く急な勾配を何度も汗を拭いながら登っていくと、目の前に文武廟が見えた。ぼくの旅券は、往き同様復路も香港に一泊することになっている。そして今日の夕方にマダムが香港に到着することになっており、今晩は、ママを交えて三人で祝福の晩餐が行われるのだ。Saeはというと、昨日直行便で帰国していた。ぼくから購入した万暦小皿一対を持って。

 ママの店に向かう路地に立ち並ぶおんぼろ小屋のなかでは、暇を持て余した親父連がいつものように麻雀をうっていた。今日はさすがに軒先ではなく、日差しの入らない奥で興じている。それを横目でみながら、ママの店に入った。強烈な冷房を肌で感じつつ、ぼくは元気な声を出した。「こんにちは!」ママが両手を勢いよく挙げて出迎える。「やったねえ! 頑張ったねえ! あなたたち!」夏を感じさせる強烈なグリーンのワンピースが小躍りをした。「やりました!」「すごかったらしいじゃない。リョウコ、何度もあきらめたって、言ってたよ」「一人、電話の強いひとが降りなくって」「おそらく、中国人ね。何だって高くても買う連中いるからね」「運が良かったんだと思います」「リョウコがね、運引き寄せたよ。きっと」「本当に、そうだと思います」「それじゃあ、あたしのお守りも、役にたったか?」ぼくの目に、膝の上で小さなお守りを握りしめパドルをあげているマダムの姿が浮かんだ。「はい! 絶対に、力になりました!」「あははは」ママは大声で笑ったかと思ったら、今度はにたにたと薄ら笑いを浮かべて、「それと、あなたの彼女、活躍したそうじゃないの」と指をさす。「あ、ああ……。いえ……、彼女ではないですよ」ぼくの脳裏をあの深夜の出来事がよぎった。「まあ、でも、はい。そうですね、彼女に助けられましたかね」ママは急にぼくに近づき、さらににやにやとした。「あの、トンボ玉、あげた女でしょ」顔は笑っているが眼は真剣だ。以前ここで、彼女へのプレゼントという名目で、ママから漢時代のガラス玉をいただいており、それをSaeにあげたのだ。「はあ……」ぼくがそう答えると、ママは再び大声で笑うと思い切りぼくの肩をバンと叩いた。

 しばらく話しをしていると、今度は急に身体が冷え始めたので、ぼくはハリウッドロードへ向かった。日はまだ高い。先ずはLioの店へと足を早める。隣のビルは目下改築中で、先だってから竹の足場で覆われている。1メートルほどの竹が縦横に組まれ、かなりの高さまで伸びている様は圧巻だ。上から下から、男たちの大きな声が往来している。昔の日本もこんな感じで建てられたのだろうと、その光景を珍しそうに眺めてから、Lioの店の扉に手を掛けた。しかし開かなかった。ぼくも今日イギリスから帰ってきたところだ。Lioも早くて今日か明日かの帰国だろうし、着いていたとしてもまだ開けていないのかもしれない。夕方くらいにまた訪ねようとぼくはLioの店をあとにした。

 文武廟に戻る形で、何軒か並んでいる店舗のウインドウを覗きながら歩いていると、間口の小さなウインドウに目が留まった。正面の壁には隷書で書かれた八文字の幅が掛けられ、その前に薄手の端渓(たんけい)の硯と金属製の筒状の容れ物が並んで置かれ、そのなかに堆朱(ついしゅ)や象牙の筆が何本か入っていた。洒落た文房飾り見て、以前犬山の部屋にあった狭苦しい仮設の床の間を思い出した。そこには、犬山曰く大堀出しと自慢していた鳳字硯という一風変わった形をした唐時代の硯が置かれていた。

 しばし見入っていると、店の主人らしき背の高い白髪交じりの男がちょうど戻ってくるところで、ぼくを見るなりにこりと微笑んで扉を押した。「いらっしゃい」瘦せ型で眼鏡をかけており、なんだかインテリ風だ。店内は、やはり文房具が主だった。硯がやたらと飾ってある。おそらく明清代の端渓硯だろう、普通のよくあるサイズから、太子硯(たいしけん)のようなごついものまで様々並んでいた。硯の横には必ず筆が置かれていた。筆筒のなかに入っているモノもあれば、幅5センチほどの細長い、上面が若干凹凸のある石の上に筆が渡されているのもあった。この筆置きは筆架(ひっか)と呼ばれいろいろな種類がある。金属製や竹製、明時代の染付や色絵磁器は、定番の一つである。それぞれが瀟洒にまとめられた陳列であった。中国人はたいてい、こうした文人趣味の文房具を趣向する。しかがって、文房具を扱う店は他にもいくつかあったが、その並べ方や取り合わせを見て、ここはなかなかセンスが良いと感じた。

 またそればかりではなかった。他の店と同様に、新石器時代の土器や漢、唐、宋時代の発掘品が所狭しとガラスケースに入っている。メインのディスプレイに気を入れながらも、何年も置きっぱなしになって埃をかぶった古代の遺物が混在しているところなどは、いかにも香港の店らしさが滲み出ている。ぼくの眼は、文房具類よりもこちらの古代のやきものに向けられた。

 表面に泥が付着している灰黒色の土器のなかに、ぽつんと一つ釉薬の掛かった箸置きのような細長い置物が目に入った。なんだろうと近づいて観る。人の形をしていて、緑と褐を掛け分けた色釉が全体に掛かっている。漢時代の俑だな、と思った。緑と褐の釉は漢時代に数多くみられ、人物の造形もこの時代らしく簡略化している。よく見ると、その形が面白かった。ひとりの人物が右の手を枕に身体を横たえているのだ。右脚の上に左脚を被せ肘枕の顔は上方に向けられているのだが、この人物の顔つきがなかなかユニークであった。眉をしかめ、閉じられているのかつむっているのか細長い目が、虚空をつかんでいるようにみえる。仕事の合間の休憩時間に何も考えずにのんびりとくつろいでいるのか、はたまた、壮大な発想をもとめて真剣に宙の一点を凝視しているのか、5~6センチほどの小俑だが存在感があり、ぼくは気に入ってしまった。じっと目を注いでいると、「どうぞ、お手に取って」と主人がハンドサインをした。しかし、ぼくは置かれたままの状態で俑にしばらく眼を置いた。口を真一文字にしてしかめっ面で上空をみつめる表情は、一見くつろいでいるかのようだが、なにかこれから起こる出来事の成り行きを考えているようにもみえた。泰然自若に、悠然として。

 「もう、何も考えない方がいいわ。答えは一つよ。あの馬上杯は、本当に欲しいと思ったひとのところにいくということだけ――」Xiaから強い電話ビッドが入っていると聞かされた帰り道に、Saeは決然としてこう言った。寝そべって空を見上げている人物の茫洋とした姿から、あのときのSaeの言葉が聞こえてくるような気がした。ぼくはようやく俑をつかむと、「何だか、深いな」とつぶやいた。「いったい何を考えているのかな」まるで眉根を寄せているようにみえるその面貌にじっと目を落としているとき、ぼくの頭にあるひとの顔がぱっと浮かんだ。総長である。そうだ。これは、まったく総長好みの一品だ。そして間違いなく問うてくるだろう。満面の笑みを湛えて。

 「Kさん。このひとは、いったい何を考えているんでしょうねえ。いやあ、実に愉しいなあ。今も昔も、人間は変わってないんでしょうねえ」それは、ぼくを馬上杯から一気に現実に引き戻したような気がした。――面白い古美術品を見つけ出し、それを喜んでくれるひとへおさめる。骨董商の本来を思い出したように、ぼくは笑みを浮かべうなずくと、学者然とした店主に値段を尋ねた。それは、大概の出土品の相場に違わぬ廉価な額だった。ぼくが了解すると、主人はいったん奥に下がり、繊細な唐草文様の施された螺鈿の筆を手に戻ってきた。そして、筆の上部を横たわっている小俑の上に静かに載せ頬を緩めた。「筆架にもなります」眼鏡の奥の眼をいっそう細めて店主は言った。

 

 「わたし、あの電話は、ひょっとしたら、お姉さんじゃないかと思ったりするのよ……」厚手の白いテーブルクロスの上に両腕を載せると、マダムは肯定を求めるようなまなざしで、じっとぼくらをみつめた。「それは、有り得るね」ママは、白菜のスープを口に運ぶ途中で、れんげを持つ手をとめうなずいた。「あたしの、知ってる中国人じゃ、ないよ」出しのよく効いたスープをごくりと飲み干しぼくは訊く。「上海のウーさんじゃないんですか?」「違う」ママは即座に首を振った。「ウーさん、買ったら、あたしに自慢するけど、馬上杯の話し、なかったね」「でも、元染はウーさんが買ったんですよね?」セールの翌日に、漢宮秋の壺を約30億円で落札したのは上海のウー氏というニュースが耳に入ってきたのである。「そう」とママは指を一本立てた。「それは、ウーさん、自分でマスコミに流してたから、本当のこと。でも、馬上杯のことは、言ってない」「でも、元染があまりにも注目されたから、馬上杯は買ってもあえて言うほどのことじゃないって、話さなかったんじゃないんでしょうか?」「そんなこと、ないよ。ウーさん、買ったら、絶対言うよ。中国人の成金は、お金持ちなのを自慢する。世間は、それで、評価するから」確かに今の中国人コレクターは、オークションを通じ高値で買い落したことを公然と言いふらす。成金ということに対するある種の負のイメージを、彼らはひとかけらも持っていないのだ。

 「マダムのお姉さんって、日本語喋りますか?」あのときのXiaの口の動きを思い出し、ぼくは尋ねた。Xiaの口の動きが、元染を競っていたときのそれとは違い、日本語を使っているようにぼくには見えたのだ。マダムは、ぼくの質問に怪訝そうな顔つきをしてから首を横に振った。「ううん。姉は喋らないわ。父は、日本にいたことがあったから話せたけど、母は中国人だから、家での会話は皆中国語だった。でも、どうして?」「いえ。あのときのXiaさんの口の動きが、なんか、日本語のように思えて」「そう……。わたしは、競るのに夢中で、そこまでわからなかったわ」「いや、ぼくもはっきりとは断定できないんですが……」マダムは瞳をやや上に動かすと小さな溜息をついた。「やっぱり、お姉さんじゃなかったのかもねえ……」

 「ねえ、リョウコ。これから、どうするの?」次の料理が運ばれてくると、ママが話題を変えた。「そうねぇ……」マダムが顎に手を当て小首を傾げる。「先ずは、Saeさんのところに馬上杯が到着してからね。だいたい1カ月くらいかかるみたいだから。その後、主人に頼んで、インターネットを専門にしている中国の会社を使って拡散してもらう」ぼくが「ウォンテッド、みたいなやつですか?」と訊くとマダムは顔をしかめた。「やだぁ、それじゃあ、指名手配みたいじゃない」「すみません」ぼくは頭の後ろを掻く。「でもまあ、そんなところね。地道にできることは全部やる。そのうち世の中にSNSが普及すれば、きっとどこかで繋がると思うわ」ママがテーブルに手をつき身を乗り出した。「あたしも、ウーさんの知ってるマスコミ使って、早速、やってみる!」「うん、ナツコ。お願い」マダムの顔が上気した。「よぉーし、あたし、頑張るからねえ!」ママが両こぶしを握ったところで、テーブルの上にまた料理が置かれた。皿の上にビーフジャーキーのような塊りが載っている。何ですか、これ、と言ってぼくが箸を大きく開いて小皿に取ろうとすると、「だめ、そんなにいっぺんに取ったら!」とママが手で制した。「これはね、ものすごく、しょっぱいから。少しずつ、食べないと」「何ですか?」「さっきの白菜スープのだし、よ。金華ハム」「へえぇ、さっきの美味しかったやつの?」「そう。食べてみな」ママにそう言われ箸でつまんで口に入れる。濃厚な塩辛さが口のなかを覆う。「んっ、確かに。しょっぱいや。でも、うまっ、これ!」「ハハハ、うまいか。あたし、これ、残ったら、あとで持って帰るわ。朝のお粥に入れると、うまいのよお~」ママは両手を頬のあたりで小さく合わせると、その光景を楽しそうに眺めているマダムに笑みを合わせた。

 

 

 10日ぶりに東京に帰ってきたぼくは、いくつかの品物を携えて宋丸さんの店へ向かった。Reiのお茶も久しぶりだ。ぼくは風呂敷包みを解いて、先ずはLioの店で買った鉅鹿を取り出し、紫の袱紗の上に置いた。どぎつい染みの入った白無地の鉢である。「おい、おい、おい、困ったもんが、出てきたなあ」宋丸さんは目を丸め身体をのけぞったあと、すぐに前かがみになって鉢を手に取った。眼鏡をずらし高台を丹念に見てから「かあぁー」と声を上げると天井を仰ぎ見た。「まいったなあ」宋丸さんはそう言いながら袱紗の上に戻し、笑みで顔をしかめると眉の下を搔いた。「こんなものが、まだあったんだなあ。ああ、ぼくはまだまだ赤ん坊だ。ははは」Reiが床にしゃがんだまま両手で鉢の下を支えるように持ち、目を凝らす。「すごい染み。こんなのあるんですね。まるでモダン・アートみたい」Reiの感想は的を射ていた。この鉢は、まさにZ氏のいうところの「新骨董」といえる。泥濘に浸かった八百年の染みの織り成す模様は、抽象的であり前衛的であるのだ。

 「おい。いったい、これはどこから出て来たんだよ」宋丸さんが目を細め尋ねた。「はい。買ったのは香港ですが、もとはフランス人の有名な蒐集家が持っていたらしいです」ぼくの答えに宋丸さんはお茶を一口飲んでから、なるほどというように膝頭を軽く一つ叩いた。「フランス人というのは、好奇心が旺盛だから、いろんなタイプのモノが行ったんだなあ、当時。日本には来なかったタイプだ」鉅鹿は1920年代に発掘され市場に流れた。このとき日本人向き、欧米人向きというように、当時の骨董商たちが選り分けそれぞれの国にもたらしたのだ。この鮮烈な染み模様は、あまりにも強烈過ぎたのか、当時の日本人には受け入れられなかったのだろう。「いやあ、いいモノだ」宋丸さんはお茶を含みながら、満足げな面持ちでしばらく眺めていた。

 Reiがお茶の差し替えから戻って来るタイミングで、ぼくは風呂敷を再び開いた。「実は、もう一つ仕入れたモノがありまして」と、袱紗の上に二枚の小皿を並べる。これは、Saeが手に持って帰国したのだが、今日のために借りてきたのである。是非宋丸さんに見て欲しいと思ったのだ。宋丸さんは「ほお……」と小さく唸り腕組みをすると、「K君、きみぃ。また、とんでもないモノを持ってきたなあ」と言ってカカカと笑った。宋丸さんは、手に取らずともわかるといった感じで体勢を変えず、遠目に眺めるようにしながら、ゆっくりとお茶を口に運んでいる。そしていきなり、じろりとこちらを睨んだ。「たしかこれは、英国にあったんじゃなかったのか」「はい」「どうしたんだよ」「だから、イギリスで買ってきたんです」「きみがか?」「はあ、まあ……」ほんとうはSaeではあったが、みつけたのはぼくであり――。「ロンドンのディーラーの店で」「これは、バーネットさんのものだろう」宋丸さんは眼鏡の奥から鋭い視線を投げた。「よくご存知で」驚いたぼくの反応を無視するように、宋丸さんは再び天井を見上げた。「ああ、まいった。よく、売ってもらえたなぁ」「はあ、幸運なことに」ギルの丸い背中と柔和な顔が目に浮かぶ。「売ってくれた方は、これは世に一組しかないと言っていました」「ああ、そうだ。知っている」「でも、最初は一枚だけで、あとからもう一枚出てきて二枚揃ったそうです」「ははあ、そうだったのかい」

 ぼくは、二枚が一緒になったバーネット夫妻の逸話を宋丸さんに聞かせた。その間宋丸さんは緩やかな笑みを浮かべ、お茶をなめるように何度も口に入れながらじっとぼくをみつめていた。ぼくの話が終わると、「そりゃあ、いい話だなぁ」と宋丸さんは口を開いた。ぼくは話しを進めた。「はい。もともと二枚で一つとしてつくられたこの皿は、このたび、エリタージュにおさまることになりました」そこでぼくはお茶を一口飲んで言った。「一対で」ぼくは、この一対を強調するような言い方をした。「エリタージュにかぁ。それは、良いことをした」「はい」とぼくはこくりとうなずいた。

 ここからが、本題だった。ぼくはいったん息を呑んでから、瞬きをしないように宋丸さんをみつめて言った。表情のかすかな変化も見落としてはならない。「馬上杯なんですが――」宋丸さんもこちらから目を離さない。「結局、ぼくと一緒にオークションに参加していたエリタージュのお嬢さんが買いました」「ほお、エリタージュが買ったか」宋丸さんは一瞬眉を上げたが、表情に大きな変化はない。ぼくはセールのときの状況をこと細かに説明した。宋丸さんを睨むようなまなざしで。

 「実は、馬上杯をどうしても手に入れたい方と一緒で、そのひとがずっと競っていたんです。でも、途中からずっと降りない電話ビッドがありまして。それが、本当に降りないんですよ」ぼくの眼は宋丸さんの顔を捉えたままだ。そして鎌をかけた。「そのまったく降りない電話が、日本人だったんです」「……」宋丸さんは皺ひとつ動かさずに、じっとぼくを見据えたままだ。数秒の沈黙のあと口が開かれた。「それで、買えたのかよ?」ぼくも見据えた。「それが……、その方が諦めて駄目だと思ったときに、隣に座っていたエリタージュのお嬢さんがパドルをあげたんです。そうしたら……」ぼくは唇をなめた。宋丸さんは同じ顔を崩さない。「突如電話ビッドが競るのをやめたんです。それまで、絶対に降りないって競り方をしていた電話が、なぜか急に」再び沈黙がおとずれたが、宋丸さんの表情に変化はなかった。やがて宋丸さんの口端の皺が、ふっと動いた。「それで、買えたのかよ。エリタージュのお嬢さんが」ぼくが「はい」と答えると、宋丸さんは部屋に響きわたるほどの大きな声を出して笑った。「あははは、そうか。やったなあ。よかったなあ」無垢な笑みに向かい、ぼくは冷静に話を続けた。「買ったあとに、B社の倉庫で馬上杯の箱をみせてもらったんです。そうしたら、それは古いシナ箱で、なんと、二つ入る箱になっていたんです。つまり、もともと一対でつくられたモノだったんです」「なるほどな」宋丸さんは顎に手をあて、また真剣な顔つきに戻った。「だから、一つは宋丸さんが扱ってエリタージュにおさめたモノ。そして、もう一つが、今回出てきたモノだったんです」そこまで言うと、ぼくは急いた気を落ち着かせるように、いったんお茶を口に含んだ。「電話で競った日本人は、その重要性を知っていたひと。そして、馬上杯に並々ならぬ執着を持っていたひと、ではないかと――」ぼくは再び唇をなめた。「日本時間で午後8時。金額は約5千万円」ぼくは宋丸さんの瞳に全神経を集中して言った。「電話ビッドは――、宋丸さんだったのではありませんか?」しんとした間が数秒過ぎたあと、先ほどよりさらに大きな笑い声が部屋に轟いた。「あっははは。おい、その電話で競ったのが、ぼくだって言うのかい?」その表情やしぐさは、宋丸さんの老獪さを念頭に置いて勘ぐったとしても、いたって自然なそれであった。「はあ……、なんとなく」ぼくの答えに、宋丸さんはにやにやとしながら「熱いの、おかわり」とReiに告げると、少しだけ身を屈めて覗き込むような目線でぼくに訊いた。「それは、なにか? 馬上杯が一対だとわかったから、ぼくが競ったと思ったのかい?」「はい。馬上杯にこだわっている宋丸さんなら、今回のが以前エリタージュにおさめたモノの連れだと察知して、それならなんとしても一緒にしようと考えて、踏み値の5千万まで競ったのではないかと――」ぼくはそう言ったところでぐっと身を乗り出した。「だって、あの馬上杯をそこまで競るひとは、他に考えられません!」そこにReiが静かに茶托を置いた。宋丸さんはゆったりとした動作で筒茶碗を口に運ぶと、ズズッと短い音を立てて啜り、また同じリズムでもって茶托に戻した。そしてまた、じろりとぼくに眼を向けた。

 「今、そこに置いてある二枚の皿は、どっちが良いかい?」「えっ?」思わぬ質問に一瞬反応が遅れたが、すぐにぼくは袱紗の上に端然と並ぶ二枚の小皿に目を落とした。両方とも素晴らしいと思ったが、どちらかというと右側の方が優れているように思え、首を傾げながら指をさした。「こっちかなあ」そう大きな差はないと思えたが、どちらかを選ぶとしたら、こちらだと感じたのだ。宋丸さんは深くうなずいた。「そうだ。そっちの方が良い。バーネット夫人がみつけ出した方だ」まさにそれは、ミセス・バーネットが執念で探し出した方の皿だった。だからどうした、という思いが湧いたが、素直に宋丸さんの言葉に耳を傾けた。

 「一見すると同じようにみえるが、一対でも優劣はある。格段ではないにしろ、一段くらいは違うものだ。不思議なもので、一対とは、得てしてそういうものだ。むしろ敢えて、一段差をつけつくりあげられているように、ぼくは思うね……」そう言ってにやりと笑うと、宋丸さんは確(しか)とぼくに眼を合わせた。「馬上杯は、エリタージュの方が上だ」

 

 だんだんと日が伸びてはいたが、午後7時半の東京はすでに暗くなっていた。この時間だとロンドンはまだ明るかったなと、ぼくは銀座通りを歩きながら思った。途中、「MATSUZAKAYA」の文字が縦に並んでいる看板が目に入ると、ボンドストリートを賑やかに飾る名店のフラッグを思い出した。ローマ字が上から下へ配列されたフラッグが、結構あったからである。それまで無言でぼくの隣りを歩いていたReiが口を開いた。

「わたし、その電話ビッドは、宋丸さんじゃないと思う」そう言って、Reiはぼくの方を振り向いた。「宋丸さん、仕事のことで、必要以上のことはいっさいわたしに話さないけど、三年も働いていると、わかるわ。宋丸さんじゃない」「うん」とぼくは答えた。「それに……」と言って彼女はまた前を向いた。「相手の電話がどうであれ、馬上杯を買えたんだから、それでいいじゃないかしら」まったくその通りだった。「うん、そうなんだ。でも、その電話ビッドがなんだか気になって。終わってからずっともやもやしてたものだから、ちょっと訊いてみたくなったんだ」ぼくは、あの二つの馬上杯は美的に甲乙つけがたいように感じたが、宋丸さんにしてみれば、その差は一段ではなく格段だったということなのだろう。そして、その僅かな差を感じ取ることが、一流の骨董商なのかもしれない、とぼくは思っていた。「ぼくはまだ赤ん坊にもなってない……」ふと口を衝いた言葉にReiがくすりと笑みをみせた。「なに、それ。宋丸さんのまね?」「うん、まあ……」とぼくは口元を緩めた。そのとき、携帯電話が振動した。Saeの表示を見て、ぼくは「あっ、電話だ」と言いながら、Reiから距離を取った。

 「もしもし。Kさん?」「はい」銀座通りの喧騒のなかであるが、Saeの声はしっかりと聞こえた。「あのね、さっきXiaさんから連絡があって。再来週に馬上杯がこちらに届くことになったのよ」「えっ、そんなに早く。1カ月くらいかかるって言ってたのに」ぼくは少々驚いた。「そうなのよ。特別に急いで進めてくれたみたい」「ほおぉ。さすが、エリタージュの力だな」ぼくは感心する。「それでね。到着する日にXiaさんが東京に来るんですって」「へえぇ、ロンドンから」「うん。でね、そのときに、マダムにも会いたいって言ってるの」「マダムに?」「そのように伝えてほしいって、Xiaさんが」「そうなんだ」「なんだか、あちらは三人で来るみたい」「三人?」「そう。たぶん、チェアマンとロンドンの担当者が一緒に来るんだと思う」ぼくの頭に、Xiaがキャリアと言っていたヴァイスプレジデントの精悍な顔が浮かんだ。「すげえな。わざわざ上層部のお出ましとは。本当に、さすが、エリタージュだな」「だから、そのときKさんも来てほしいの」「――ぼくが?」ぼくは躊躇いつつ、「マダムは、強く競っていたからまだしも、ぼくはあんまし、関係ないと思うけど……」と言うと、Saeが少し語気を強めた。「だって、馬上杯が並ぶのよ。わたし、一緒に見たいの。だから、是非きてほしいの」もともと一対でうまれたモノが、百年の時を経てついに巡り会う。その瞬間に立ち会えるなんてこの上ないとぼくは思った。「いいの、いっても?」「もちろん!」「わかった。それじゃあ、伺わせてもらうよ」

 様々な色が交差する銀座の雑踏のなかに菫色のジャケットをみつけ出すと、ぼくは笑みを浮かべながらReiのもとへと戻っていった。

 

 (第48話につづく 10月31日更新予定です)

 

 

官窯青磁下蕪形瓶 宋時代

緑褐釉臥人俑 漢時代

 

 

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骨董商Kの放浪(46)

 それから一時間ほどして全ロットが終了した。と同時に、緊張から解かれた人びとの話し声が方々からどっと耳に入ってきた。面白い映画か手に汗握るスポーツを観戦したあとの満足気な表情が、彼らの顔に漂っている。今日のセールが織りなしたドラマがそうさせているのだろう。中国古陶磁のレコード・プライス達成に、会場に詰めていた国内外のマスコミが早速チェアマンのもとへと群がっていった。主役の壺の撮影をお願いしているのか、いったい誰が購入したのか、どこから出てきたものなのか、などなどいろいろと情報を得ようとしているのだろう。チェアマンは笑顔で応じながら、マスコミを引き連れオフィスへとさがっていった。その光景をぼんやりと眺めていると、「コングラチュレーション!」と白く細い手がぼくの方へ伸びてきた。目を向けるとLioが笑っている。ぼくがその手を握ると、「ナイス・ファイト」とLioが力を込めた。「今度日本へ行ったとき、もう一度みせてください」Lioの満面の笑みに、ぼくは「シュア(Sure)」と大きくうなずいた。その後ろから、「ブラボー、ブラボー!」と力強く手を叩きながら近づいてくるDの姿がみえた。「すごいなあ! 初めて見たよ。ウーさんに勝ったひと! いやー、すげえや、やるねえ、きみぃ!」Dはえらくご機嫌だ。「快挙だよ、快挙!」Dの拍手に反応したひとたちが、笑顔で手を叩きながらぼくらの側を通っていった。

 ――「さあ、行きましょうか」マダムの言葉でSaeも一緒に立ち上がった。二人の顔はほころんでいたが、疲労は隠せなかった。ある意味死闘を繰り広げたのだから、当然のことだろう。安堵とともにやってくる言い知れぬ疲れが、同様にぼくを襲っていた。パドルを返しに受付に向かうところで、Xiaが足早に駆け寄ってきて頭を下げた。「このたびは、どうもありがとうございました」黒い綺麗な短髪がさっと揺れた。ぼくは訊きたかった。誰が競っていたのか、なぜ途中で止まったのか――。しかしそれは、ここではすぐに尋ね辛いことであった。また、訊いても容易に答えてくれないであろう。

 マダムもSaeも、Xiaに手を差し伸べた。「Xiaさん、本当にありがとう」「いえいえ」Xiaは首を左右に振ると、「お疲れのところ申し訳ございませんが、品物の最終チェックをしていただけませんか」と言って、もう一度頭を下げた。「はい」とマダムが答える。Xiaは二人の顔をみながら、「明日以降でも構わないのですが、大事な作品ですので、確認が終わり次第弊社の金庫に移し保管いたしたいので」と言うと、セール会場の左奥へとぼくらを先導した。

 そこは、本日のセールで落札された作品が置かれている部屋であり、いくつものテーブルが並べられていた。カードで決済し、その場で品を受け取っているひとたちの姿がみえた。その一つのテーブルに案内され「こちらで少々お待ちください」と言うと、Xiaはカーテンで仕切られた奥へといったん姿を消した。ぼくらが座って待っていると、Xiaは馬上杯を持って現れ、白いテーブルクロスの上に置いた。それをみて、Saeがぼくに顔を向け合図する。「じゃあ、Kさん、チェックをお願い」「うん」ぼくは馬上杯を手に取ると、丹念に器を回しながら新しく生じたキズがないかを確認した。当然ないとは思うが、万が一後から付いたキズがあったら事である。コンディション・レポートに記載のないキズがあった場合は、オークションハウスが責任を取らなくてはならない。また、ここで現状を確認しておけば、仮に輸送中で生じた損傷に対しては保険が適用されることになっている。これは、その現状確認の作業であった。

 「大丈夫ですね」確認が終わると、杯を左にいるマダムの前にそっと動かした。ぼくが買ったわけではないが、自分たちのものになるとなんだか一気に親近感がわき上がり、モノが何倍も美しくみえてくるような気がした。マダムが高い脚部に両手の指を添えてじっと目を閉じた。そして胸いっぱいに息を吸い込み「はあぁー」と思いきり吐くと、静かにうつむいた。「夢をみてるみたいだわ。また、こうして手許にくるなんて。Saeさんのものだけれど――」「ううん。マダムのものよ」Saeが慈しむような眼をマダムと杯に注いだ。その様子をみてXiaが「よろしいでしょうか?」と目を向ける。ぼくらが「はい」と答えると、Xiaは「これに付いていた元の箱がございますので、今お持ちいたします」と言った。「箱?」ぼくが訊く。「はい」「箱が付いているんですか?」ぼくは少々驚いた。てっきり裸で――何もない素の状態で出てきたものと思っていたからである。「はい。とても古い良い箱が付いています」Xiaはそう言うと、また奥へと下がった。

 「へえぇ、箱が付いていたのか……」ぼくのつぶやきに、Saeが「箱はあるものじゃないの?」と不思議そうな目をして尋ねた。「いや。日本は箱をつくってそこに入れて保管するけど、他の国ではたいてい裸だよ。特に欧米は。飾りっぱなしで、箱に入れるっていう習慣がないから」「そうなの?」「うん」ぼくたちのやり取りに、マダムは考え込むように首を傾げていた。

 やがて、Xiaが戻ってきた。随分と横に長い大きな箱を抱えている。見ると中国製の、いわゆる「シナ(支那)箱」と呼ばれるものだった。シナ箱の素材は硬質な厚紙であり、その上を布切れで覆っている。布地は紺とか白とか単色の粗い目をした裂が一般的であるが、これは深い緑の地に金糸で繊細な丸い花文様が全体に施されている。ところどころが切れたり剥がれたりしているが、絹のような上等な素地が使われているのが判った。確かに古い良い箱であった。しかし――、この馬上杯の寸法からしたら、やたらと大きい。ぼくは言った。「Xiaさん、これ、たぶん違う箱だと思いますが……」それに対し、Xiaはかぶりを振った。「――これですよ」「えっ?」「――はい」「こんなに大きいんですか?」「――はい」と言ってXiaは箱の上部に手をかけた。差し蓋になっているようで、Xiaはその上の窪みに指をかけるとゆっくりと引きあげた。それが眼に入るや、ぼくは「あっ!」と声を張りあげ愕然とした。「こ、これは………!」

 内部は、シナ箱特有の造りをしていた。全体に綿を入れた橙色の布地が貼ってあるが、馬上杯がしまわれる場所は、杯の形に窪められている。日本の箱と違いシナ箱は、内部が綿入りのクッションとなっているので、しまうときはモノの形にくり抜かれている部分に押し込むだけである。そのシナ箱であることは一目でわかったのだが、これは横長の箱の中央が仕切られており、馬上杯の器形にかたどられた箇所が、なんと左右に二つあったのである――。ぼくは声を失った。そのとき、ギルの言葉が脳裏をよぎった。――「中国陶磁の場合、特別なものに関しては、たいてい対をなしてつくられるものでございます」――なるほど。一対だったのか……。ということは……。ぼくはSaeに目を注いだ。大きな黒い瞳がさざ波のように揺れている。

 ぼくはXiaに訊いた。「これが、オリジナルの箱ですか?」Xiaはこくりとうなずいた。ぼくはすぐにマダムをみつめる。「これだったんですか?」マダムは「う~ん」と唸ると首をひねり腕組をした。「わたしは、まだ小さかったから覚えてないけど……。そんな気もするわ……」Xiaが右手を箱の上面にそっと置いた。「――もともとは、ペアだったようですね」Saeは目を潤ませながら「そう……」と言うと、箱を両手で抱きかかえるようにして自分の目の前に引き寄せた。「そうだったんだ……」Saeは馬上杯を手に取ると、箱の左側にそれを押し入れた。くり抜かれた器の形に高い脚部をもった杯がすっぽりとはまった。右側の失われたスペースには、おそらくSaeのところにある杯が入っていたのだろう。片方だけ入っている馬上杯の箱を、Saeは感慨深げにしばらくみつめていた。やがて、揺れていたSaeの眼(まなこ)から涙が一筋流れ、頬を伝うのがみえた。「この子たち、やっと、巡り会えたのね……」そう言って眼を閉じると、マダムが声をかけるまで、Saeはつかんだ両手を箱から離さなかった。

 

 その日の晩は、Saeの父、ファーザーのよく知っているフレンチレストランで、Sae曰く「祝宴」を三人でおこなった。Saeはこれまでの重圧から解放されたせいか、異常なほどの歓声をたびたびあげて、高級そうなワインをどんどん注文していた。マダムも陽気に飲んでいたが、「ねえ、Saeさん。わたし、心配なんだけど……。あなた、お父さまに了解もなくあんなに高い美術品を買ってしまって……」と、事あるごとに不安気な顔をSaeに向けたが、その度にSaeはうっちゃるように、「なに言ってんのよ、マダム。そんなこと! 平気、平気。さあ、飲みましょう! 今日は飲むわ!」と言って、まったく受けつけない。Saeが赤い顔をぼくに向け、「さあ、Kさんも! 全然進んでないじゃあない、ねえ!」と言って無理やりグラスを合わせてきた。「かんぱーい!」Saeが、あはははと大仰に笑い声を立てる。――今日何回乾杯するんだよ、中国人かよ、と思ったが、ついに念願かなって馬上杯を買えたのだ。とにかくめでたいと思い、ぼくも空になると瞬く間に注がれていくワイングラスを何べんも口に運んだ。しかし……、本当に大丈夫なのだろうか。オークションハウスのオファーに、ファーザーが「もう一つは要らない」と断った馬上杯を買ってしまって……。Saeはあとでひどく怒られはしないかとぼくも心配になってきた。そんな二人の懸念をよそに、Saeはボトルが空くと開いた手を高くあげ、また次のワインをオーダーした。

 

 「あーっ、もう! 今日は、最高だわぁ!」白ワインと赤ワインを交互に飲んではしゃぐSaeをみて、「Saeさん、もう、そのへんにしましょう。結構、酔ってるみたいだから」マダムが椅子から立ち上がりSaeの方へ近寄る。「大丈夫よ。全然、ぜんぜーん、酔ってないって!」Saeは片手をあげてそれを制する。「わかった、わかった」肩にそっと手をあてるマダムの顔をみつめると、Saeは「マダム、わたし、嬉しいのよ!」と言って、バンとテーブルを叩いた。「うん、うん。わたしも、とても、嬉しいわ」マダムはうなずきながらSaeの肩をさすっている。その光景をみて、これは完全に酔っぱらいの介抱だなと思ったぼくは、「Saeさん、今日は、そろそろお開きとして、部屋に帰った方がいいよ」と言った。するとSaeは、「なにっ!」と指をさし、すわった目でぼくを睨んだ。「あなた、酔っぱらって、ないね」少々ろれつが回っていないようなその言い方が、片言の日本語を喋る香港人の発音に似ていたので、――なんだよ、中国人かよ、とまた思ったが、「まあ、まあ。きみもマダムも今日は疲れただろうし」ぼくの言葉に「そうそう。部屋までおくるから」とマダムが優しく賛同する。それを聞いたSaeはいきなり上半身をテーブルにうつ伏すと、しばらく動かなくなった。やばい……寝たか……と思ったら、両腕にうずめた顔のなかから、「だってぇ、だってぇ……」と声が聞こえてきた。するとがばっと顔をあげると、「ずっと、離れ離れになっていたのが、ようやく巡り会えたのよ。やっと、ふたりが一つになれたのよ。こんな嬉しいことなんて、ないじゃあない!」Saeは高らかに笑うと、「さあ、最後に、もう一回、乾杯しましょ!」と言ってグラスを高く掲げた。しかたなく、ぼくもマダムもグラスを手にしそれに応えた。差しあげたグラスをみて、ぼくはふと思い出しマダムに顔を向けた。

 「そういえば、マダムが最後にパドルを、えいってあげたとき、なんかひと声、中国語で叫んだように聞こえたんですが、なんて言ったんですか?」「ああ、あれ……」マダムはふっと笑みを口元に滲ませた。「あれが本当に、最後のビッドだと思ったから……、中国語で、神様、お願い、って叫んだのよ。馬上杯に向かって。でも、相手はびくともしなかった……。そのとき、わたしは天を恨んだわ」そう言うと、酩酊しているSaeを見やった。「そうしたら、Saeさんがパドルをあげているじゃない。びっくりしたわ。でも……あのワン・ビッドで、流れが変わったっていうか……。電話の相手も、わたしたちのしつこさに、根負けしたのかもしれないわね。要するに、Saeさんの気迫が奇蹟を起こしたんだと思う」たしかにそうかもしれなかったが、それまでのマダムの精魂込めたビッドがあったからこそ、その奇蹟がうまれたことに相違ない。「Saeさんには、感謝しかないわ……」ワインの残りを一気に飲み干し口端をあげ微笑むSaeの顔に、マダムは両手を合わせると、笑顔で天を仰いだ。

 

 ぼくはホテルの部屋に帰ると、ルームサービスでウイスキーオンザロックを頼み、一緒に付いてきたナッツをつまみながら、ちびりちびりと飲んでいた。先ほどまでかなりワインを飲んでいたが、今度は独りでゆっくりと喜びを噛みしめたく、今日の出来事を思い返しながら酒を飲みたくなったのだ。

 あのあとSaeは、マダムに抱きかかえられるようにして部屋へと戻っていった。エリタージュの個室でロンドン行きを決めたとき、Saeは、わたしもマダムの力になりたい――と言っていた。きっと馬上杯が競りにかけられている最中も、満腔(まんこう)の思いで彼女がビッドをする姿をみていたにちがいない。だからマダムがあきらめたとき、矢も楯もたまらずパドルを掲げたのだろう。ぼくの眼裏(まなうら)に、このときのパドルを握るSaeの右手が浮かんだ。それはかすかに震えていた。彼女にとっても計算外の出来事だったのだろう。そしてそのワン・ビッドでまさか落札されるとは、自分でも思わなかったのではないか――。今晩の彼女の奇異ともとれるハイテンションは、今日の出来事をまだ実感として消化しきれていない、不安定な心のあらわれなのかもしれない。しかし――――、それに比べてぼくはなんて無力なのだろうとつくづく思った。何の役にも立っていないではないか――。

 このとき、先日の公園でのSaeとの会話を思い出した。Saeはこう言っていた。――「Kさんは、生きているって眼をしているけど、わたしは生きていないっていうか……」ぼくはグラスを片手にしばらく目を閉じた。ぼくは本当にそんな眼をしているのだろうか――。実はSaeの方が生きていて、ぼくは生きていないのかもしれない――。自分の力がとてもはかないものであることを改めて知ると、ぼくは首筋の後ろをぱんと一つ叩き、ひと息にぐいっとグラスを傾けた。からんという氷の音とともに、濃いウイスキーが喉の奥につっと染み渡った。

 それから、再び馬上杯の競りを振り返った。最も不思議でありいまだに解せないのは、あれだけ躊躇なくパドルをあげ続けていたXiaの電話が、あのとき何故突然降りたのか――であった。特に気にかかったのは、マダムが諦めSaeがパドルをあげ200,000と値を吊り上げたときの反応だった。それまで一貫してオークショニアに正対していたXiaの姿勢が崩れ、いきなりぼくらの方へ顔を向けたのである。そしてXiaはしばらくぼくらに目を向けたまま、電話口の顧客にしゃべり続けていた。いったい何を話していたのか――それについてはまだわからないが、SaeによるビッドがXiaの電話に大きく影響を及ぼしたことは否めない。競りの間Xiaは右手で受話器を持っていたので、こちら側からだと話しをしているのがわかるくらいで、それ以上のことは察知できなかった。しかし、ぼくらの方に顔を移したとき、ようやく彼女の口の動きが見てとることができたのだ。それをじっとみていて、ぼくは「ん?」と思った。元染付の壺を競っていたときは、Xiaは左手で受話器を持っていたため、彼女の口の動きは否応なくぼくの目に入ってきた。それをみていたので、ぼくはこのとき、その口の動きとはなにか違うなと感じたのである。中国語ではないような……。しかし、英語でもないような……。ひょっとして……、日本語? それを隠すために右手で受話器を持っていたのか……? なぜ、Saeがパドルをあげたと同時に、競りをやめたのか……? つまりそれは、Saeのことを知っている人物――。そのひとは、Saeがきたら勝てないだろうと思ってやめたとも考えられる。つまり、エリタージュのコレクションの強さを知っているひと――。

 このとき、ぼくの頭に一昨日のReiとの電話のやりとりがよみがえった。――「変なのよ、宋丸さん……」――「毎日ね、『馬上杯は、いつだよ、いつだよ』って、訊いてくるの」――「昨日もね、『いつだよ』って言うから、明後日です、って答えたら、『何時だよ』って、時間を訊いてくるの。だから、イギリス時間で午前10時開始だから、馬上杯の順番までは2時間くらいかなあと思って、日本時間で、だいたい午後8時くらいじゃないですかって答えたのよ」

 えっ!? 宋丸さんか――? ぼくは思わずウイスキーをごくりと一口流し込んだ。そして思い出す。宋丸さんの言葉を。――「5千万円、出してもらえよ」ぼくは即座に計算した。落札額は、200,000ポンド。手数料を含めた金額は、日本円で……49,700,000。約5000万円であった。馬上杯を5000万まで踏んで、競ったのか――? 5000万までは無条件で競り続け、そして相手があまりにも降りないので、誰が競っているのかをXiaに尋ねたところ、それがSaeとわかったので、降りた――。もしくは、この馬上杯が安く――「失礼な」値段にならないように、競りあげたとも考えられる。モノの格調を重視する宋丸さんなら、やりかねない。しかし――、この馬上杯は、あらかじめぼくの方で競ることを伝えてあったのだ。それを知っていながら、何も言わずに闘ってくるだろうか――。たしかに、エリタージュのお嬢さんが一緒であることは言ってはいなかったが――。しかし、宋丸さんが、そんな卑怯な手というか、ぼくらを邪魔するようなことをするだろうか――。いや、しかし、そこはプロの商人だ。有り得ることではある――。

 そして、今回ぼくの心を占めた思いもよらぬ出来事を頭に浮かべた。あの馬上杯がエリタージュのものと一対だったことである。これも今回の競りに関係しているのかと、ぼくは繋げて考えてみた。Xiaに見せられたシナ箱は、間違いなく元の箱だろう。三代目の中国陶磁の流通に関する話によると、官窯と呼ぶ皇帝の器は明清(みんしん)代の皇帝の住まう紫禁城内に置かれていたが、それらのなかには、1911年の辛亥革命前後の混乱期に宮中から流出し海外へと渡ったものがあるということだった。この馬上杯もそうしたなかの一つであり、それがいつの日か離れてしまい、一点が日本へ渡り、それを宋丸さんの勤めていた店の主人が取扱った。このとき日本製の箱にしたためられ、それがまた動いて昭和45年に今度は宋丸さんの手によりSaeの祖父におさまった。そしてもう一点が、オリジナルの箱をともなった状態で清末の高官からマダムの祖父のもとへきて、文革のときに奪われたのち中国国内の誰かの手に渡り、この度ロンドンのオークションに出品されたということである。

 自分が世に一点しかないと思っていた馬上杯が、もう一点あった――。宋丸さんは不思議に感じたに違いない。そして、察したのだ。これはもともと一対でつくられたのではではないかと。つまり世にこの二点しかないのではないかと。Reiの言葉が再びよぎった。――「ここのところ、一日中カタログの写真とエリタージュのものが出ている展覧会図録の写真を横に並べて。見比べるようにして、真剣な眼をしてみてるの」

 一対だとわかれば、宋丸さんとしては、これは当然一緒にしなければならないと思うだろう。このときギルによるバーネット夫人の話しが脳裏に浮かんだ。ぼくが買った万暦染付の小皿の経緯(いきさつ)である。夫人は血眼になって連れを探し出し一緒にしたのだ。馬上杯は、宋丸さんにしてみれば、修業先の主人が扱いそして自分が扱った思い入れのある品である。二つで一つとして生まれたものであるなら、本来の姿に返すのが本望と考えるにちがいない。だから自分で手に入れエリタージュにおさめ元に戻す。他のひとの手に渡り、またバラバラにされることは本意ではない。何とかして避けたい。だから競りに参加した。しかし、どうしても降りないひとがいる。値段も5000万になった。そこで電話で誰が競っているのか尋ねたところ、エリタージュのお嬢さんだということを聞いて、宋丸さんは降りた。たぶん、安心したのかもしれない。だったら自分は買う必要はないと。やはりXiaは、あのとき日本語で会話をしていたのだ。――そう考えると、つじつまが合うような気がしてきた。

 しかし――、本当にそうだろうか。宋丸さんが海外オークションで仕入れたという話は聞いたことがない。昔はあったのかもしれないが、少なくともここ数年はないし、オークションにはあまり関心がないように感じる。オークション会社との繋がりもないだろう。最初宋丸さんに馬上杯の話しを持ちかけたとき、カタログの写真を見るなりエリタージュの方が上だとまったく相手にしなかった。ぼくは両者とも素晴らしいと感じたが、あの目利きにはそうは映らなかったのだ。作品のクオリティにこだわる宋丸さんが、いくら一対だからといって本気で競りに参加するだろうか……。

 う~む……。ぼくは腕を組み、目を閉じ深く息を吸った。先ほどからずっと飲んでいるので、だんだん思考がおぼつかなくなってきている。腕時計に目を落とす。午後11時を過ぎていた。日本は朝7時か。ここは、Reiに電話をして様子を訊こう。宋丸さんが電話ビッドをしていたとしても、おそらく真相はReiには明かされていないだろうが、何か手がかりになる情報が得られるかもしれない。それにReiだって今日の結果が気になっていることだろう。ぼくが携帯を取りだそうと、上着のポケットに手を入れたときであった。ドアが、トントンとノックされた。ルームサービスは頼んでいないが、ひょっとしたら、もう済んだと思われ片づけに来たのかもしれない。まだ飲み切っていないのに。ぼくは最後の一口を飲み干し、大儀そうに椅子から立ち上がると木目の強い部屋の扉に向かった。ドアノブに手をかけ「Did you need something(何か用ですか)?」と言って扉をあけたとたん、「あっ」と小さな声をあげた。

 そこに、いつものクラブチェックの上着に身を包んだSaeの姿があったからである。しゅんとうつむいたまま立ちすくんでいたが、ぼくの顔をみるとSaeは何も言わず眼を潤ませ、いきなりぼくの首に手を回して抱きついてきた。豊かな黒髪が一瞬ふわりと揺れるとぼくの頬をかすめ、巻きつくように顔を覆った。かぐわしいSaeの香りがぼくを包む。Saeの匂いだった。「えっ、ちょっと……、さ、さえ……」ぼくの左肩に顔をうずめていたSaeの両腕に力が入ったかと思ったら、「うっ、うっ……」というかすかなうめき声が耳に入ってきた。それにともない、Saeの両肩が小刻みにふるえた。Saeは泣いていた。その声が大きくなるにつれ、Saeの柔らかな身体がぼくにゆだねられ、その重みをぼくは上半身で感じていた。Saeは小さな呼気をつきながら、やや顔を上げると額をぼくの頬にくっつけた。その瞬間ぼくの眼に、流した涙の痕が映った。薄暗がりの廊下で艶やかな輝きを放つ光の筋が、ぼくの胸を千々に乱した。ぼくはそっとなでるように長い髪に手をあてると、もう片方の手を彼女の背中に回して引き寄せた。上着の格子柄の紋様が、まどろみゆく意識のなかで、波うつように揺れ動きながら遠ざかっていった。そのあいだ中、ポケットのなかにある携帯電話が鈍い音を立て振動を繰り返していた。

 

(第47話につづく 6月4日更新予定です)



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