2022-01-01から1年間の記事一覧

骨董商Kの放浪(30)

翌日の午後、ぼくは宋丸さんの店に向かった。今日の目的は二つ。先ずは、今回仕入れたモノを見てもらうこと。定窯白磁碗と黒釉碗の二点。そして、Saeのところの万暦豆彩馬上杯について訊くこと、である。扉を開けると、Reiが笑顔で出迎えた。 「よかったです…

骨董商Kの放浪(29)

帰国して翌日、ぼくは仕入れた品物を部屋のテーブルの上に飾った。葉(イエ)氏のところで買った定窯白磁の碗。現地で見るより一段と輝いて見えるのは気のせいであろうか。いや、気のせいではない。やっぱり良いモノなのだと、ぼくは再確認する。それと、ママ…

骨董商Kの放浪(28)

「本当に……日本にあるの?」マダムは身を乗り出すと、顔を震わせそう尋ねた。 その眼力(めぢから)に一瞬怯(ひる)むと同時に、ぼくはそのまま口を閉ざしてしまった。マダムの魂の込められた話しの流れに乗せられ、ふとそう発したが、まだはっきりした答えがで…

骨董商Kの放浪(27)

10万で買ったモノが900万で売れたのだから、ぼくらは、はしゃがずにはいられなかった。オークション会場では、極力抑えていたものが、ホテルに帰ると爆発した。狭い部屋のなかで、何と枕投げが始まったのである。 「ぎゃっ、はっ、はっ! やったぜー!」「愛…

骨董商Kの放浪(26)

食事が始まり、三皿目の料理が出されたあたりから、閑散としていた広間のテーブルはいつのまにか人で埋められ、周りの声が賑やかに耳に入り出した。芝エビか何かだろうか、小さなむきエビを茶葉で炒めたこの料理の優しい味つけに、ぼくと才介は前のめりにな…

骨董商Kの放浪(25)

文武(もんぶ)廟(びょう)から東へ歩いて5分のところにある3階建ての大きなビルディングの前に僕らは立った。三代目が入り口の扉を開け、勝手知ったるというふうに、そのまま階段を上っていく。僕もあたりに目を凝らしながら後についていく。各階には、その…

骨董商Kの放浪(24)

昨日の大騒動をよそに、僕らは充分な睡眠をとって快適に目覚めた。「あー、寝た、寝た」才介は大きな伸びをしたあと、「おい、K。朝飯食いに行こう」と跳ね起きた。「おまえ、昨日あれだけ食ったのに。起きた途端、飯かよ」 昨晩は、ママが中環(セントラル…

骨董商Kの放浪(23)

出発前日の夜、ぼくは自分の部屋で荷物の整理をしていた。今回は初の香港出張ということもあり、諸々を再度確認する。先ずはパスポートと航空券。現金と香港ママへの届けモノ。これは、ブンさんの知り合いの同業者から頼まれた品物。箱に入ったモノもあれば…

骨董商Kの放浪(22)

僕はその夜まっすぐに帰る気力を失い、時折り夜空に浮かぶ満月を見上げながら、あてもなくふらふらとし、そして最後に犬山得二の家に辿り着いた。犬山は机で書きものをしている最中であったが、僕の遅い訪問に特段驚きもせず、無造作に伸ばした髪をかき上げ…

「骨董商Kの放浪」(21)

僕は、玩博堂(がんぱくどう)の出している土偶の写真を指し、三代目に訊いた。「これって、やっぱり贋物(がんぶつ)ですか?」それに対し「これの本物は、もちろんある。中国の紀元前3~4世紀くらいの黒陶の俑(よう)。ただ、非常に少ない。もっと造形がシンプ…

「骨董商Kの放浪」(20)

展示作品の最後を飾ったのが、清時代につくられた「粉彩(ふんさい)」という色絵で、牡丹を描いた一対(いっつい)の碗であった。これが粉彩かと思い、僕は凝視した。三代目の授業で、中国陶磁の最高位と解説していたのを思い出す。官窯のなかの官窯。まさに皇…

「骨董商Kの放浪」(19)

濃紺に白い小さなドット柄のワンピース姿が目の前にあった。立った襟がクラシカルな雰囲気を醸し出している。彼女は、いったん赤絵の皿に目を向けたあと、ゆっくりと僕の顔を見た。「とても気に入ったので、これをいただけますか?」唖然としていた僕は我に…

「骨董商Kの放浪」(18)

師匠が飛んだことに関して、ブンさん曰く、先々代から繋がっていた右翼団体の、当代の親玉が亡くなったことが最大の要因だという。親分の父子関係が一触即発の状態だったようで、先代と友好的だった師匠に対し、若は相当な嫌悪感を抱いていたらしい。それま…

「骨董商Kの放浪」(17)

その年の5月の上旬、僕は才介に連れられて、東京郊外の或る寺で行われる市(いち)に参加していた。ここは、俗に「禿寺(はげでら)市」と呼ばれている。「何で禿寺なの?」僕の質問に、「住職が禿だからだ」と才介。「だって、普通住職は禿だろ?」さらなる素朴…

「骨董商Kの放浪」(16)

N婦人の一件があったあと、僕はしばらく家に引き籠っていた。婦人との出来事もあったが、あの李朝(りちょう)白磁を見極められなかったショックもあったわけで。あんなに、東博や民藝館や、大阪まで行って数多くの李朝白磁を見てきたはずなのに。「やっぱり…

「骨董商Kの放浪」(15)

僕は再び椅子に座り、長い年月をかけて磨き上げられ、艶光りしている重厚な木製のテーブルの上に両手を置いた。そこへN婦人が、古い箱を持って現れた。そして中身を取り出して卓の上にのせた。 それは、李朝(りちょう)白磁の角瓶だった。18~19世紀くらいか…

「骨董商Kの放浪」(14)

皆の雑談がおさまった頃、いきなり司会役のあの贋物(がんぶつ)爺さんが立ち上がって挨拶。この手の爺さんはこういうときに必ずしゃしゃり出る。三代目に感謝の意を込めてのやや長めのスピーチ。僕は仕方なく聞きながら周りを見る。参加者のほとんどが女性だ…

「骨董商Kの放浪」(13)

3月の初旬の或る日の午後、三代目の次の講義に向けて予習をしていた僕は、気がつくと、うたたねをしていた。その心地よい眠りを、携帯の着信音が妨げる。見ると才介からだ。僕は少々ムッとしながら「何だよ」と出ると、才介は大きな声で「寝てたのか?おい、…

「骨董商Kの放浪」(12)

師匠は、軸を箱に戻すとそれを手にし、土蔵の入口に立っている当主のところへ行き頭を下げた。「どうか、これを譲ってください」当主はあきれたように、「さっきも言ったじゃない。何ひとつ売るつもりはありゃせんよ!」中肉中背の50代半ばの当主は、毛皮の…

「骨董商Kの放浪」(11)

ひと月前に、才介から言われた「あんた、中国美術を学んでくれよ」の提案を受けて、僕はそれを実行に移そうと考えていた。日曜日になると余計に届くチラシのなかから、或る文化講座のお知らせをみつけたのが、先月の中旬である。『中国陶磁勉強会』と題した…

「骨董商Kの放浪」(10)

才介は、帰りの車のなかで、終始不機嫌そうだった。しばらく続く一本道を片手ハンドルで進めながら、「あのジジイ、ろくな仕事もってこない上に、手当も少ねえ、いっつもだ」才介はちらっと助手席の僕に目をやったあと、「あんたも、そのつもりでやるんだな…

「骨董商Kの放浪」(9)

この秋、東京国立博物館で開催されている『中国国宝展』に出向いた。この展覧会には、仏教彫刻を中心に、近年中国本土で出土した国宝級の文物が出品されている。なかでも、僕の目を惹いたのは、むき出しに展示されている、3メートルを超える巨大な如来三尊…

「骨董商Kの放浪」(8)

昨年同様、10月開催の骨董イベントに、ネエさんの店は出展した。三日間、僕はその手伝いで参加。この一年で知り合いもずいぶんと増えた。先だっての骨董フェスティバルに出ていた面々もいる。初日の飾り付け終了後、僕はぶらぶらと敵情視察。何かないだろう…

「骨董商Kの放浪」(7)

僕はその男の前にゆっくりと歩み寄った。僕に気がつくと、男は両膝を抱えたまま振り返り「こんにちは」と抑揚のない声で挨拶をした。「どうも」と僕も返す。40歳くらいだろうか。もじゃもじゃ頭の小太りな男は、上着の黒いジャージのジッパーを首まで上げて…

「骨董商Kの放浪」(6)

この頃、世の中の韓流ブームとは全く無縁と思える宋丸さんの店に、僕はしばしば通っていた。宋丸さんは僕の来店に、Reiの言葉を借りれば「ウエルカム」のようで、僕も宋丸さんに傾倒していた。宋丸さんの話しは、相変わらずつかみどころがなかったが、モノに…

「骨董商Kの放浪」(5)

強烈な印象を放つ白磁の大壺を見つめ「やっぱり、すごいですね」と彼女は言った。僕は胸の鼓動を感じながら「こ、この口の造りも見事でして、ここも見どころです」と学芸員のような解説をした。口縁部の立ち上がりが力強く折れて内側に向かっている。彼女は…

「骨董商Kの放浪」(4)

「びっくりしましたよ。いきなり眼の前にあんなもの出すんだから」先ほど教授の与えた衝撃に、僕のテンションは高まっていた。ネエさんは笑いながら「教授、若い人が好きだから。今度お宅に誘われると思うよ」そう言ったあと「超目利きよ。凄いもの持ってる…

「骨董商Kの放浪」(3)

ネエさんの店の応接間の床(とこ)には、赤色をした、頭の後ろが大きな瘤のように隆起している牛の形をした土器が黒い敷板の上に置かれ、床(とこ)の隅には、胴部に円いスタンプ状の彫り込み文様のある、ほどよい高さの石製の筒瓶があり、そこに女郎花などの草…

「骨董商Kの放浪」(2)

犬山得二の部屋で見たローマンガラスの破片に魅入られた僕は、さっそく彼に教えられた骨董店に向かった。そこにはローマンガラスの完形品があると聞いたからだ。その店は、僕の住んでいるところから二駅隣りにあった。案外近くにあるんだなと、もちろん来た…

「骨董商Kの放浪」(1)

僕が骨董商になったのは、西暦2000年を数年過ぎたあたりの頃だっただろうか。ずいぶん前のことである。1年浪人して、さして有名でない私立大学の理工学部に入学し、ここで1年の留年を経て都合5年を過ごし、21世紀初頭の就職氷河期の真っ只中に、或るシス…